人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード24

命の雫(1)

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 この世界は広大だ。
 何百年も生きてきたけれど、楽しみは尽きない。

 遊び場は夜に限られているが、
 それでも充分、面白おかしいことで満ちていた。

「あー。これ、外れないかなあ」

 俺は今、冷たい石畳に転がされている。

 両の手足は随分前に斬り落とされて、
 切断面を銀で覆われてしまっていた、再生すらさせて貰えない。
 その上、鎖で床に張り付けられ、銀のマスクまではめられている。

 その入念さを思うと、俺はいつも楽しくなって、フフッと笑ってしまうのだ。
 俺はジルベールが大好きだ。
 綺麗で透き通っていて、優しくて、壊れているから。

「ジルベール。ジルベーーール。
 早く帰ってきてよ。アンタがいないと、つまんないよ。
 ――ブッ殺すぞ!!!」

 暗い牢は、物音ひとつしない。
 呼んでも、叫んでも、応えてくれる相手はいない。

「退屈で死ぬって言ってんだろ!?
 おい、誰か聞いてんのかよ!……って、誰もいないのは分かってるんだよねえ。
 あああ、死んじゃうよーー。死んじゃう」

 ジルベールに調べられている時みたいに、
 気絶するほど痛くて絶叫していた方が遙かにマシだ。

「あーあーあー。あーー。あああああ」

 ジルベールに会いたい。
 彼がココに来なくなってから、数日が経過していた。

 外に捜しにいきたいのに、自由にならないこの身が恨めしい。

 彼と離れている時間は、
 瞬く間のようなものなのに、とてつもなくイライラする。

 暴れても、鎖はビクともしない。
 バタつかせる手足もない。

「……はあ、めんど」

 何もかもが急に億劫になった。
 もう死んでしまおう。うん、それがいい。
 当てつけだ。面倒だ。もういいや。

「――って、ヴァンパイアが死ねるかよッ!」

 舌を噛んでから、俺はゲラゲラ笑った。

「自分の血って美味しくないんだよね」

 でも勿体ないから飲む。
 そんなことをしていた時だ。

「……およ?」

 地下へと続く階段を下りてくる、
 3人分の足音が耳に届いた。
 
 男……若手の処刑官だ。
 足音に乱れがある。

「ジルベール様、も、もう少しです!」

 彼らは焦っていた。怯えていた。

 それから、彼らは何かを引き摺っていた。

 血の臭いが鼻をつく。

「しっかりなさってください。地下に到着しましたよ……!」

 震える声で言って、処刑官が部屋に入ってきた。
 しんと静まり返っていた部屋が俄に賑やかになる。

「ジルベール!」

 俺はジルベールを呼んだ。

「どうしたの、なんで死んでるの!?」

「しっ……!?
 き、貴様、ふざけたことを言うな!!」

 処刑官の1人が悲鳴のような声をあげる。

「え、だって、それ死んでるよね? 息してないもの。
 あんたたちが運んでるの、死体でしょ」

「ち、違う。俺たちは……!」

「おい、それ以上近付くな。
 コイツはヴァンパイアだぞ」

 冷静な方が、相方を制止した。
 それから、ゆっくりとジルベールを床に置いた。

「……ジルベール様は、コイツに会わせろと言った。
 何か考えがあってのことだと思ったが、
 こうなっては――」

「嬉しいなあ、ただのオモチャが俺のことをそんなに愛してくれるなんてさあッ!」

「貴様!」

「落ち着け。コイツと話している場合じゃないだろう。
 今はこれからどうするかを考えねば」

 そんなやりとりの中、微かな音がした。
 耳を澄ませば、それはジルベールの喉から漏れる空気の音だった。

「じ、ジルベール様……!?」

 彼は呆然自失の2人の部下を振り払い、床に崩れ落ちた。
 そして、ズルリ、ズルリ、と俺の方へと這いずってくる。

 こちらの顔を覗き込んできた彼は、
 元の顔が思い出せないくらい、ボロボロだった。

 美しい切れ長の目は潰れて淀んでいたし、
 輝くばかりの白い歯も、折れて血で染まり、
 白磁の肌は黒ずんでいた。

「うわーあ、ぐちゃぐちゃじゃん。何があったのさ」

 彼の心臓の音は止まっている。

 どうして彼が動いているのか分からないけれど、
 きっと、物凄い執念で動いているんだろう。

 俺は、彼が俺に会わなければならない理由を考えてみる。

 ああ、もしかしたら……
 彼は俺に噛んで貰いたかったのかも。
 そうしたら、命だけは長らえることが出来るだろうから。

 でも、マスクのせいで彼に噛みつくことは出来ない。

 処刑官たちがこれを外してくれるわけはないし、
 ジルベールにこれを外す気力があるとも思えなかった。

 ……別れはいつだって突然だと思い知る。

「ジルベール。残念だねえ、無念だねえ。今までの苦労も努力も全部パア。
 ははははっ! 笑える、クソ笑うわ、この無能が!」

 彼は俺の身体に覆い被さるようにした。
 俺は瞼を閉じた。

 サヨナラ、ジルベール。
 あんたみたいに、面白いオモチャは他になかった。
 もっとずっと、長く、遊んでいたかったよ。
 
 彼の美しく無駄な人生に、黙祷を捧げる。
 首筋に痛みが走ったのは、そんな時だ。

「およ?」

 目を開ければ、ジルベールが俺の首筋に噛みついていた。
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