135 / 224
エピソード23
眠れる、熱い毒(5)
しおりを挟む
「すみません、バンさん。でも、こうするしか……」
ユリアは耐えるように拳を握り締め、そう続ける。
それを、鎧の男たちは鼻で笑った。
「我々が化け物の提案を素直に飲むと思っているのか」
「もし受け入れてくれないのなら……ここで暴れます」
ユリアの言葉に辺りがざわりと色めき立つ。
「あなたたちは、僕が何者なのか理解しているのでしょう?
だったら、選択肢はないはずです」
鎧の男は逡巡するようにしばらく無言を貫き、
やがて溜息と共に言葉を吐き出した。
「……わかった、お前の提案を飲もう」
そう言いながらも、男の後ろや屋根の上にいる連中は警戒を解こうとはしない。
何か妙な動きをすれば、すぐにでも臨戦態勢へと移るつもりなのだろう。
やはり、奴らは信用できない。
いや、それ以上に──
「ダメだ、ユリア」
「大丈夫ですよ。僕は死なないから」
「……そうじゃねえ。そういう問題じゃねぇ」
オレは苛立ちのまま、ユリアの肩を掴みこちらを振り向かせた。
「お前、奴らが何するつもりか分かってるのか?」
正確に何をするつもりかなんてオレにも分かりはしないが、
ヴァンパイアを生きて捕らえようとしているのだ。
ロクなことであるはずがない。
「ええ。たぶん……」
「たぶんって……分かってるなら、なんでそんなこと言えるんだよ!?」
「戦ったら誰かの血が流れます。それは、とても哀しいから」
「だから、自分が傷つけられるって?
意味分かんねぇ!」
敵のど真ん中にいるということも忘れて、オレは感情のままに声を荒げた。
「いいか、ユリア。オレたちは何も悪いことなんてしてないだろ。
向こうが勝手に突っかかってきてんだよ!
それなのに、なんで大人しく好き勝手されようとする?
そんなの……そんなの、オレは認めねぇぞ!」
暴力を否定する彼の姿は、
オレにはただの自傷行為にしか見えなかった。
「彼が決めたことだ。なぜ、お前が否定をする」
鎧の男があざ笑う。
オレはキッとヤツらを睨み付けた。
「うるせぇ、オレはこの坊ちゃんの世話係だ。
お前らの好きになんかさせてたまるかよ!」
頭の中で、たがが外れる音が聞こえた。
そうだ、最初から考えるまでもなかったじゃないか。
スヴェンをかばってユリアが表に出た時点で、選択肢はもうなかった。
「ここを突破してやる……
お前らを全員ぶっ飛ばして、壁を越えてやる!」
「バンさん!?」
「彼は誰かの血が流れることを望んでいないようだが?」
今からオレがすることを、ユリアは許さないかもしれない。
もう2度と、あの穏やかで優しい時間は戻ってこないかもしれない。
でも、それでも、オレは……ユリアが傷つくのはイヤだ。
「ごめんな、ユリア」
オレはユリアが反応するよりも早く、彼の鳩尾へと拳を埋めた。
「うっ……」
崩れ落ちる彼を、オレは抱きしめる。
「おい、貴様! 何をしている!?」
男の問いには答えず、オレはスヴェンに言った。
「スヴェン。これから、この辺りは大騒ぎになる。
その混乱に乗じて、なんとかこの街から逃げ出せ」
「それって、どういう……」
「説明してる暇はねぇ。
正直、お前にはかなりムカついてるけど、
どうしても欲しいもんのために足掻く気持ちはよく分かるよ。
だから、これでお別れだ」
オレの言葉が言い終わるか終わらないかのタイミングで、
ユリアの身体に変化が訪れた。
筋肉が盛り上がり、衣類がミシミシと軋む。
飴色の髪から色が抜け、
細く長い指の爪は凶悪な鉤爪へと変わった。
「コイツ……!?
撃て! 人狼化させるなッ!」
矢が一斉に放たれ、その隙間を縫うようにして鎧の男たちが剣を振りかぶる。
しかし、それらがユリアに辿り着くよりも速く、
シャツが破れ飛び、中から白銀の狼が現れた。
「オオオオオオオオ!」
月のない空を仰ぐと、奴は雄叫びと共に腕を振るった。
その鋭い爪が、全ての弓をごみクズへと変え、鎧の男たちの足を止める。
「最悪な目覚めだ……」
「説明が必要か?」
「いらん。皆殺しにすればいいんだろう?」
「違ぇよ。あの壁を乗り越えて、街から出るんだ」
「つまらんことで起こしてくれる。
それをしたら、俺に何のメリットがある?」
「無事に切り抜けられたのなら、何だってしてやるよ」
「フッ……その言葉、忘れるなよ」
オレの返答を待つことなく、人狼は無造作にオレの首根っこを掴んだ。
「おわっ!?」
「さて、目覚ましがてら運動でもするとしようか」
次の瞬間――
オレは人狼によって高々とぶん投げられていた。
ユリアは耐えるように拳を握り締め、そう続ける。
それを、鎧の男たちは鼻で笑った。
「我々が化け物の提案を素直に飲むと思っているのか」
「もし受け入れてくれないのなら……ここで暴れます」
ユリアの言葉に辺りがざわりと色めき立つ。
「あなたたちは、僕が何者なのか理解しているのでしょう?
だったら、選択肢はないはずです」
鎧の男は逡巡するようにしばらく無言を貫き、
やがて溜息と共に言葉を吐き出した。
「……わかった、お前の提案を飲もう」
そう言いながらも、男の後ろや屋根の上にいる連中は警戒を解こうとはしない。
何か妙な動きをすれば、すぐにでも臨戦態勢へと移るつもりなのだろう。
やはり、奴らは信用できない。
いや、それ以上に──
「ダメだ、ユリア」
「大丈夫ですよ。僕は死なないから」
「……そうじゃねえ。そういう問題じゃねぇ」
オレは苛立ちのまま、ユリアの肩を掴みこちらを振り向かせた。
「お前、奴らが何するつもりか分かってるのか?」
正確に何をするつもりかなんてオレにも分かりはしないが、
ヴァンパイアを生きて捕らえようとしているのだ。
ロクなことであるはずがない。
「ええ。たぶん……」
「たぶんって……分かってるなら、なんでそんなこと言えるんだよ!?」
「戦ったら誰かの血が流れます。それは、とても哀しいから」
「だから、自分が傷つけられるって?
意味分かんねぇ!」
敵のど真ん中にいるということも忘れて、オレは感情のままに声を荒げた。
「いいか、ユリア。オレたちは何も悪いことなんてしてないだろ。
向こうが勝手に突っかかってきてんだよ!
それなのに、なんで大人しく好き勝手されようとする?
そんなの……そんなの、オレは認めねぇぞ!」
暴力を否定する彼の姿は、
オレにはただの自傷行為にしか見えなかった。
「彼が決めたことだ。なぜ、お前が否定をする」
鎧の男があざ笑う。
オレはキッとヤツらを睨み付けた。
「うるせぇ、オレはこの坊ちゃんの世話係だ。
お前らの好きになんかさせてたまるかよ!」
頭の中で、たがが外れる音が聞こえた。
そうだ、最初から考えるまでもなかったじゃないか。
スヴェンをかばってユリアが表に出た時点で、選択肢はもうなかった。
「ここを突破してやる……
お前らを全員ぶっ飛ばして、壁を越えてやる!」
「バンさん!?」
「彼は誰かの血が流れることを望んでいないようだが?」
今からオレがすることを、ユリアは許さないかもしれない。
もう2度と、あの穏やかで優しい時間は戻ってこないかもしれない。
でも、それでも、オレは……ユリアが傷つくのはイヤだ。
「ごめんな、ユリア」
オレはユリアが反応するよりも早く、彼の鳩尾へと拳を埋めた。
「うっ……」
崩れ落ちる彼を、オレは抱きしめる。
「おい、貴様! 何をしている!?」
男の問いには答えず、オレはスヴェンに言った。
「スヴェン。これから、この辺りは大騒ぎになる。
その混乱に乗じて、なんとかこの街から逃げ出せ」
「それって、どういう……」
「説明してる暇はねぇ。
正直、お前にはかなりムカついてるけど、
どうしても欲しいもんのために足掻く気持ちはよく分かるよ。
だから、これでお別れだ」
オレの言葉が言い終わるか終わらないかのタイミングで、
ユリアの身体に変化が訪れた。
筋肉が盛り上がり、衣類がミシミシと軋む。
飴色の髪から色が抜け、
細く長い指の爪は凶悪な鉤爪へと変わった。
「コイツ……!?
撃て! 人狼化させるなッ!」
矢が一斉に放たれ、その隙間を縫うようにして鎧の男たちが剣を振りかぶる。
しかし、それらがユリアに辿り着くよりも速く、
シャツが破れ飛び、中から白銀の狼が現れた。
「オオオオオオオオ!」
月のない空を仰ぐと、奴は雄叫びと共に腕を振るった。
その鋭い爪が、全ての弓をごみクズへと変え、鎧の男たちの足を止める。
「最悪な目覚めだ……」
「説明が必要か?」
「いらん。皆殺しにすればいいんだろう?」
「違ぇよ。あの壁を乗り越えて、街から出るんだ」
「つまらんことで起こしてくれる。
それをしたら、俺に何のメリットがある?」
「無事に切り抜けられたのなら、何だってしてやるよ」
「フッ……その言葉、忘れるなよ」
オレの返答を待つことなく、人狼は無造作にオレの首根っこを掴んだ。
「おわっ!?」
「さて、目覚ましがてら運動でもするとしようか」
次の瞬間――
オレは人狼によって高々とぶん投げられていた。
0
お気に入りに追加
1,047
あなたにおすすめの小説
生涯の伴侶
希紫瑠音
BL
■古強者は恋慕う
騎士×騎士(二人ともおっさん)
・宗とクレイグは五十近いベテランの騎士。ある日、クレイグが宗へ伴侶になって欲しいと婚姻を申し込む。
■王子は船乗りに恋をする
第三王子(家事が得意/世話好き/意外と一途)と船長(口が悪い/つれない)
■騎士隊長×第六王子
はじめは第六王子を嫌っていたが、のちに溺愛していく。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
僕を抱いて下さい
秋元智也
BL
自慰行為をする青年。
いつもの行為に物足りなさを感じてある日
ネットで出会った人とホテルで会う約束をする。
しかし、どうしても見ず知らずの人を受け入れる
のが怖くなってしまい、自分に目隠しをすることにする。
相手には『僕を犯して下さい』とだけメッセージを添えた。
枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。
カミヤルイ
BL
*和風ファンタジーBL*
弱小芸能事務所で俳優を目覚す鏑木悠理(19)は、初オファー先での枕営業から逃げ真冬の川に飛び込んだ。
目覚めたらそこはなんと江戸時代の陰間茶屋!
陰間茶屋とは歌舞伎座の女形を目指しながら体を売る芸子達の美少年版遊郭(男娼サロン)だと言う。
悠理は過去と向き合いながら「百合」として陰間茶屋でNo.1を目指す事を決意し、多くの人達との出会いと別れ、恋を経験して成長して行く。
本タイトル 大華繚乱─陰間茶屋記─
表紙は琴吹かなこ様
https://www.pixiv.net/users/60870820
*江戸時代の陰間茶屋について下調べはしていますが、作品を円滑に進めるに当たり史実と異なる部分は多数あり、場所や年号も空想の物となっています。
異世界ファンタジー物としてお楽しみ下さいますようお願い致します。
史実をアドバイス下さるのは大歓迎です。出来る範囲で後直し致します。
無敵な女王様
慧野翔
BL
R-18【わんこ系×強気・幼馴染み】聖都学園の生徒会長は、何人もの男を手玉にとっていると言われている別名『学園の女王様』。
だが、真の女王様がいることを学園内の誰も知らなかった。
彼の名前は……八神和彦。
女王様シリーズ、第2弾!
・R18には※をつけています。
・「BLove」にも掲載中です。
かなり前の作品になるので、広い心でお読みください。
表紙画は雛愛ちゃんに以前描いてもらいました。
┌(┌^o^)┐ の箱庭
シュンコウ
BL
男と魔物しかいない異世界に、イケメンを閉じこめてみた。
条件をクリアして脱出するのが先か、ホモエロセックスに溺れるのが先か。
同志には経過を観察する許可を与えよう。
*(まだ)健全
友情以上BL未満。CPが成立していない(当社比)のでエロや地雷CPを回避したい同志にオススメ。
*バディズミッション
性質が正反対なイケメンをバディとして組ませ、探索や討伐などのさまざまなミッションを与える。バディ=メインCPとする他、ミッションによってはモブや異種によるエロも発生するため、注意事項の確認を推奨する。また、同志の希望に応じてバディの交換なども行う。
*┌(┌^o^)┐
あんあんらめらめパコハメドログチャホモエロセックスをさせてみた。ストーリー性皆無、エロ重視。CPやシチュエーションが無節操なので必ず注意事項を確認するように。同志からのお好みの要望も受け付けている。
*スレッド一覧
男たちがスレッドを立てたようだ。イベントや有名なイケメンについてなど、多種多様に語っているらしい。不定期に書きこまれているようなので、気軽に覗いてみるといいだろう。
【BL】メンヘラ男と不良少年の歪んだ恋愛について
猫足02
BL
不良グループ【S】のリーダーである天田リュウは、大勢で群れる一方で、人知れず孤独感に苛まれていた。そんな日常にに嫌気がさしたある日、黒瀬という謎の男に声をかけられる。
「俺が、孤独な君を拾ってあげる。愛してあげる。もう何も寂しいことはないよ」
歪んでいる。
狂っている。
でも愛している。
依存し合っている二人の不安定な物語。
ワーカホリックな彼の秘密
RU
BL
半陰陽体の柊一は、ふとしたきっかけで部下の神巫にその秘密を知られ、付き合う事になった。
◎注意1◎
半陰陽ネタですが、オメガバースではありません。
妊娠とか出産もしませんので、そちらがお好みの方には期待ハズレな内容です。
◎注意2◎
こちらの作品は'04〜'12まで運営していた、個人サイト「Teddy Boy」にて公開していたものです。
時代背景などが当時の物なので、内容が時代錯誤だったり、常識が昭和だったりします。
同一内容の作品を複数のサイトに投稿しています。
◎注意3◎
当方の作品は(登場人物の姓名を考えるのが面倒という雑な理由により)スターシステムを採用しています。
同姓同名の人物が他作品(無印に掲載中の「MAESTRO-K!」など)にも登場しますが、シリーズや特別な説明が無い限り全くの別人として扱っています。
上記、あしからずご了承の上で本文をお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる