人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード23

眠れる、熱い毒(4)

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「どういうことですか……?」

「……許してください。
 僕は僕の夢のために、どうしても1等市民になりたいんです」

「その夢のために、オレたちを売ったってことか」

 オレが睨め付けると、スヴェンはそっと視線を外した。

「仕方なかったんですよ……」

「そうかよ」

 自然と拳に力がこもる。
 これを怒りに任せて振るうことができたら、どんなに楽だろう。

「バンさん……」

「分かってる、今がどんな時かってことくらい」

「分かっているなら、無駄な抵抗はやめておけ」

 物陰から鎧姿の男たちを覗けば、その内の1人が、低い声で言った。

「そうすれば、痛い目を見ずに済む」

「剣を構えた奴の言葉なんか、信用できると思うか?」

「できるかどうかは関係ない。お前たちに選択権はないのだからな」

 もっともな事を言いやがって……

 とはいえ、このまま連中の好きにされるつもりはない。
 さて、どうやってこの場を切り抜けたものかと考えていると、
 スヴェンが躊躇いがちな足取りで、物陰から出た。

「誰が勝手に動いていいと言った?」

「え……?」

 先頭にいる鎧の男が、スヴェンに剣先を突き付ける。

 彼は戸惑ったように眉根を寄せると、
 周囲を見渡し、困惑したように声を振り絞った。

「ま、待ってください!
 どうして僕にまで武器を向けるんですか!?
 彼らをココまで連れてきたのは僕ですよ!」

「それで、報告を怠った罪が帳消しになるとでも思っているのか?」

 リーダー格だろう、鎧の男が厳しい眼差しをスヴェンに向ける。

「本来ならコイツらを街中に入れることはなかった。
 お前は市民を危険に晒したんだ」

「彼らは一般の人間に危害は与えないと判断したからです。
 生け捕りにするなら、だだっ広い平地では難しい。
 今、彼らをここまで追い詰められたのは僕のお陰じゃないですか」

 話から察するに、彼はオレたちを捕えるべくメティス行きを提案したのだろう。

 しかし、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
 この危機をーー前も後ろも、更には上にも獲物を構えた敵がいるこの状況を、
 どう切り抜けるかが問題だ。

 思案を巡らせていると、スヴェンが拳を握りしめ、震える声で言った。

「ジルベール様は、約束してくれました。
 1等市民にしてくれるって。なのに……」

「農村で生まれた者は、2等市民止まり。
 天地がひっくり返っても覆ることはない。それが秩序というものだ」

「ただ僕は、本が読みたいだけだ。
 世界をより深く知りたいだけだ。
 夢を見るのに、生まれなんて関係ないでしょう……!?」

「関係ならある。お前が下賤な生まれではなければ、
 こうはならなかったのだからな」

 鎧の男が無造作に片手を上げた。

「危ない!」

「えっ……?」

 空気を切り裂く重い音が響いたかと思うと、
 矢が真っ直ぐスヴェンへ向かって飛ぶ。

 ユリアが往来に飛び出したのは、同時だった。

「く、ぅ……っ」

「ユリア!?」

 オレは慌てて物陰から出ると、ユリアを庇うように立った。
 彼の肩口には深々と矢が刺さっている。

「おまっ……何して……!!」

「……あたた」

 ユリアはぎゅっと眉根を引き絞ると、苦笑いの表情でふぅふぅと息を吐いた。
 自己治癒出来るとは言え、痛みが消えるわけではないのに。

「ユリアさん……ど、どうして……
 僕はあなたたちを売ったのに……」

「だって……スヴェンさんは矢なんて受けたら死んでしまうから」

「それは、あなただって――」

 ユリアは自分で矢を抜いた。
 鏃に抉られた傷口から、血が飛び散る。

「なっ、何してるんですか……!」

 狼狽するスヴェンをよそに、傷口からうっすらと白い煙が上がった。
 血はみるみるうちに止まり、
 数秒後には、そこには、シャツに穿たれた穴だけが残る。

 スヴェンが大きく目を見開いた。

「傷が、治った……?」

「化物め……」

 鎧の男が苦々しく吐き捨て、じりじりとこちらへと詰めてくる。
 周りの連中もそれに倣った。
 辺りには殺気がこもり、下手に動けば弓矢で針山にされかねない。

 状況が更に悪くなっちまった。

 思わず舌打ちがこぼれる。
 ここを抜けられれば、あとは見張り塔に登るだけだというのに……。

「ユリア、怪我はどうだ?」

「問題ありません。バンさんの方こそ、大丈夫ですか?」

「オレのは、もうとっくに治ってるよ」

 逃げる分には何の問題もない。
 ただ、その方法がないというだけで。

 考える暇すら与えないとでも言うように、男たちが更に迫ってくる。
 
 ヤツらを倒して先に進めればいいのだが、
 訓練された連中を前にしては、オレの技術など付け焼刃に等しい。

 どう足掻いたところで、
 オレとユリアでは、ここを突破することは出来ないのか……?

「お前たち、奴らの足を狙え。
 身動きが取れなくなったのを確認したら、足を切断する。
 化け物は言うまでもないが、男も縫合しておけば死にはしない」

 随分とひでぇ事を考えやがる。

 足を切り落とされちまえば、回復に時間がかかりすぎる。
 いや、オレに限れば、回復するかどうかも怪しい。

「ま、待ってください!!」

 その時、ユリアが両手を広げて前に出た。

「僕、行きます。
 だから、2人のことは見逃してくれませんか」

「ユリア……っ!?」
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