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エピソード22
キャラメル・ショコラ(4)
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* * *
宿で夕食をとり、
ユリアに続いて汗を流し、ベッドへ戻れば、
彼は横になって、手の中でカンパニュラを弄っていた。
青と金の2つの球が擦れ合い、
不思議と透き通った音を響かせている。
オレが浴室に行く前から、彼はそうしていた。
「まだ、それ弄ってるのか」
「うん。だって、凄く綺麗な音色だから。
それに、これがバンさんの気持ちだと思うと、
ずっと聴いていられます」
「……ったく。本人がココにいるっつーのに、
そんなもんで確認してんなよ」
オレは苦笑を洩らすと、ベッドに腰掛けた。
それから、まだ少し湿ったユリア髪に触れる。
「愛してるよ、ユリア」
「うん……」
頬を染めて、嬉しそうに微笑みながら体を起こした彼を、
オレは抱きしめた。
屋敷を出てから、ユリアはたくさん笑った。
驚いていたし、喜んでいたし、感動もしていた。
そんな彼だから、手を引けば喜んでオレに付いてくると思ってた。
でも彼は躊躇した。
一瞬でも『生きる』ことを、恐れた。
それが、オレには気になって仕方なかった。
「……なあ、ユリア」
「……ねえ、バンさん」
声が重なる。
オレたちは顔を見合わせて肩をすくめた。
「先にどーぞ」
「ん……バンさん。僕ね、ずっと屋敷に1人だったから、
こうして外に出られて、本当に楽しいんですよ」
甘えるように、こちらの首筋に顔を埋めて、
ポツリと呟く。
それに、オレは彼のこめかみに唇を押しつけて応えると、
思い切って口を開いた。
「なあ……ずっとってさ、
いつからあの屋敷に1人でいたんだ?」
「え……どうして?」
「今まで、お互いのことそんな話したことなかったなって思ってさ」
ユリアは困ったように眉尻を下げる。
それから、記憶を探るように視線をさまよわせた。
「僕は……6歳の頃には……
あの屋敷にいたと、思います」
「思う?」
「はい。小さい頃のことは、あんまりよく覚えてないんです。
気が付いたら僕は1人でしたから」
「そうか。親は……」
「亡くなりました。病気で」
やけにハッキリと告げられた言葉に、
オレは目を瞬いた。
「病気……」
「ええ。そう聞きました。
……僕自身は、覚えていないんです」
「……そうか」
オレは悲しげにするユリアを見つめる。
確かユリアの親は人狼とヴァンパイアだ。
病気になんて、なるのだろうか?
とはいえ、覚えていないことをユリアに追求したってどうしようもない。
今夜、獣が現れたら尋ねてみよう。
アイツが素直に教えてくれるかは分からないけれど、
きっと、何かのきっかけは得られるはず――
「ねえ、バンさん。……バンさんの家族は?
妹と弟さんがいるんですよね?」
そんなことを考えていると、
ユリアが少し楽しそうにしてオレの顔を覗き込んできた。
「弟が3人と妹が2人いるよ」
「へえ。賑やかそうですね」
「そうだな。いつもワチャワチャしてた。
まあ、金はなかったけどさ」
「あなたが僕の世話係になったのは、家族のため?」
「そうだよ」
「叔父さんとは、どうやって知り合ったんですか?」
「オレの働いてた店にハルがやって来て……」
「お店? 前はどんな仕事をしてたんですか?」
ーーきた。
オレはゴクリと唾を飲み込んだ。
いや、こうなることは分かっていたし、
元から隠すつもりはなかった。
「それは……」
彼の過去に触れたいと思うなら、
オレだけ隠して話を進めるのは、不誠実なことだ。
でも、やっぱり緊張する。
オレはユリアのシャツを握りしめた。
それから、床に落としていた目線を上げて、彼を見た。
「……男娼だよ」
宿で夕食をとり、
ユリアに続いて汗を流し、ベッドへ戻れば、
彼は横になって、手の中でカンパニュラを弄っていた。
青と金の2つの球が擦れ合い、
不思議と透き通った音を響かせている。
オレが浴室に行く前から、彼はそうしていた。
「まだ、それ弄ってるのか」
「うん。だって、凄く綺麗な音色だから。
それに、これがバンさんの気持ちだと思うと、
ずっと聴いていられます」
「……ったく。本人がココにいるっつーのに、
そんなもんで確認してんなよ」
オレは苦笑を洩らすと、ベッドに腰掛けた。
それから、まだ少し湿ったユリア髪に触れる。
「愛してるよ、ユリア」
「うん……」
頬を染めて、嬉しそうに微笑みながら体を起こした彼を、
オレは抱きしめた。
屋敷を出てから、ユリアはたくさん笑った。
驚いていたし、喜んでいたし、感動もしていた。
そんな彼だから、手を引けば喜んでオレに付いてくると思ってた。
でも彼は躊躇した。
一瞬でも『生きる』ことを、恐れた。
それが、オレには気になって仕方なかった。
「……なあ、ユリア」
「……ねえ、バンさん」
声が重なる。
オレたちは顔を見合わせて肩をすくめた。
「先にどーぞ」
「ん……バンさん。僕ね、ずっと屋敷に1人だったから、
こうして外に出られて、本当に楽しいんですよ」
甘えるように、こちらの首筋に顔を埋めて、
ポツリと呟く。
それに、オレは彼のこめかみに唇を押しつけて応えると、
思い切って口を開いた。
「なあ……ずっとってさ、
いつからあの屋敷に1人でいたんだ?」
「え……どうして?」
「今まで、お互いのことそんな話したことなかったなって思ってさ」
ユリアは困ったように眉尻を下げる。
それから、記憶を探るように視線をさまよわせた。
「僕は……6歳の頃には……
あの屋敷にいたと、思います」
「思う?」
「はい。小さい頃のことは、あんまりよく覚えてないんです。
気が付いたら僕は1人でしたから」
「そうか。親は……」
「亡くなりました。病気で」
やけにハッキリと告げられた言葉に、
オレは目を瞬いた。
「病気……」
「ええ。そう聞きました。
……僕自身は、覚えていないんです」
「……そうか」
オレは悲しげにするユリアを見つめる。
確かユリアの親は人狼とヴァンパイアだ。
病気になんて、なるのだろうか?
とはいえ、覚えていないことをユリアに追求したってどうしようもない。
今夜、獣が現れたら尋ねてみよう。
アイツが素直に教えてくれるかは分からないけれど、
きっと、何かのきっかけは得られるはず――
「ねえ、バンさん。……バンさんの家族は?
妹と弟さんがいるんですよね?」
そんなことを考えていると、
ユリアが少し楽しそうにしてオレの顔を覗き込んできた。
「弟が3人と妹が2人いるよ」
「へえ。賑やかそうですね」
「そうだな。いつもワチャワチャしてた。
まあ、金はなかったけどさ」
「あなたが僕の世話係になったのは、家族のため?」
「そうだよ」
「叔父さんとは、どうやって知り合ったんですか?」
「オレの働いてた店にハルがやって来て……」
「お店? 前はどんな仕事をしてたんですか?」
ーーきた。
オレはゴクリと唾を飲み込んだ。
いや、こうなることは分かっていたし、
元から隠すつもりはなかった。
「それは……」
彼の過去に触れたいと思うなら、
オレだけ隠して話を進めるのは、不誠実なことだ。
でも、やっぱり緊張する。
オレはユリアのシャツを握りしめた。
それから、床に落としていた目線を上げて、彼を見た。
「……男娼だよ」
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