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エピソード22
キャラメル・ショコラ(2)
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* * *
手洗い場で、脂と砂糖のベタ付きを落としてから、
オレたちは引き続き色んな店を巡った。
遥か東の国の美しい絨毯とか、タバコとか、絵画とか……
「バンさん、これは? 何のお店ですか?」
「……っ! お前には、まだ早い!」
「早い?」
少し道を逸れると、やらしいものや、違法な品物が売っていた。
夕闇が近づくにつれて、子供たちの姿が消え、
道端には客引きの娼婦や男娼が立ち始める。
殴り合いのケンカも見かけた。
教会の領土といっても、
裏通りの治安は、他の街とそれほど変わらないらしい。
外者のオレたちは、素直に宿へ戻った方が良さそうだ。
「ユリア。日も暮れてきたし、そろそろ宿に戻るか」
「もうそんな時間なんですね」
少し寂しそうにユリアが肩を竦める。
「結構、いろいろ見て回ったからな。
夕飯は宿の食堂で取るか」
「はい……」
その時、シャランと澄んだ音色が耳に届いた。
振り返れば、色艶やかな美しい球を並べた店がある。
入口の軒下で連なった球が風に揺れ、
シャラシャラと音を立てていた。
「バンさん、あれは何ですか?」
「カンパニュラだな」
「なんです? それ」
「厄除けだよ」
オレはユリアを連れて、店に歩み寄った。
店の内部は、左右に箱がうず高く積み重ねられていて、
奥の方で椅子に座って居眠りしている老婆が見えた。
オレは店先のテーブルに並べられたカンパニュラのうち、
オーソドックスな1つを手に取ってみる。
なんの飾りもない、銀色の球だ。
大きさは、手のひらで握りしめると少し小さいほど。
そっと揺らすと、先ほどとは違う音が鳴った。
「わあ……奇麗な音ですね」
「暖炉の上に飾ったり、
いくつも繋げて、窓際とか扉に下げたりするんだ。
そうすると、悪いモノが家の中に入って来ないって言われてる」
「へえ……」
「安いのは真鍮、高いのだと銀とか金とか、鉱石とか、
木で出来てるのもあったな」
オレは手にしていた球を置くと、
また別のを取って、ユリアの耳に近づけた。
「1つ1つ、音が違うんだ。
さっきのは鈴の音色だったけど、これとかは……
ほら、風の音がする。海辺の風の音」
「海辺は、風の音が違うんですか?」
「違うよ」
目を閉じて、真剣にカンパニュラの音色に
耳を澄ませたユリアは、少し困った顔をした。
たぶん、彼は海を知らないから、
想像が出来なかったのかもしれない。
「海、見てみたいな」
「んじゃ、この街を出たら行ってみるか」
「えっ……」
「なんだよ? 行きたいんだろ?」
「で、でも、いいのかな」
「少し足伸ばすくらいだし、
ちゃんと屋敷に連絡入れれば大丈夫だろ」
ユリアが目を瞬いてオレを見る。
「なんだよ?」
「バンさんって、フットワーク軽いですよね」
「悩んでる時間がもったいねえじゃん」
「それはそうなんですけど……」
そんな話をしていた時だ。
「旅の人かい。
道中のお守りに、1つどうかね」
奥で寝こけていた老婆が、
店先に顔を出した。
ユリアはチラリとオレの方を見てから、頷いた。
「それじゃあ、2つお願いします」
「え、オレはいらねぇよ?」
「せっかくですし、思い出にお揃いで持ちましょうよ」
「……まあ、お前がそう言うなら」
オレはちょっとワクワクした。
今までは金に余裕がなかったというのもあるし、
傭兵業で各地を回るのに荷物は邪魔だったから、
消耗品以外を買うという考えがなかったから。
「2つだね。分かったよ。
これはねぇ、カンパニュラと言って……」
さっきオレが言ったようなことを老婆が説明する。
ユリアはいちいち頷きながら、彼女が薦める球を手に取って眺めた。
「厄除けの他にはね、これは好きな人の心変わりを
教えてくれると言われているんだよ」
「そうなんですか?」
「なんだそりゃ」
「こう、手で握りしめるだろう?
それから、気持ちを知りたい相手を強く願って、揺らすと……」
シャランと澄んだ音色が鳴る。
「お兄さん、随分と愛されてるねえ」
ユリアの顔が赤く染まった。
それから彼はまたオレの方をチラリと振り返ってから、
すぐに老婆に向き直った。
「凄くロマンチックなものなんですね」
鼻息荒く言って、先ほどよりも気合いを込めて選び始める。
オレはそんな恋人に肩を竦めた。
カンパニュラにそんな意味があるなんて聞いたことはない。
この地方独特のものか、あるいは……
厄除けと言って売るより、
好きな人の気持ちが分かると伝えた方が、
若い客には売れそうだな、なんて思った。
「うーん、どうしよう……」
「瞳の色に合わせてみたらどうだい?
ちょっと待ってな」
老婆が奥から桐箱を持ってくる。
皺だらけの手が取り出したのは、金色と蒼のカンパニュラだ。
「わあ、綺麗ですね!」
金は、金だろう。
蒼は、たぶんラピスラズリ。世界一高価な顔料の元となる――
「ちょっと待て、ユリア。それは、ちょっと……」
「これにします!」
「まいど!!」
老婆らしからぬ素早い合いの手に、
オレの制止の声は掻き消された。
* * *
丁寧に包まれた箱を手に、ユリアはホクホク顔だった。
「大切にします」
「良かったな……」
結局、店で最も高価なものを掴まされたのだが、
まあ、ユリアが幸せならそれが1番いいだろう。
まあ、懐は意外とすぐに寂しくなるかもしれないが。
余裕を持って旅に出たつもりだったが、
金銭感覚がそもそも違うのだ。
「バンさん。凄く、楽しかったね」
宿へと戻る道すがら、ユリアはしんみりと言った。
「そうだな」
頷くと、ふいにユリアが歩みを止める。
振り返れば、彼はどこか寂しそうに小首を傾げた。
「本当に?
バンさんはさ、僕と一緒にいて退屈じゃない?」
手洗い場で、脂と砂糖のベタ付きを落としてから、
オレたちは引き続き色んな店を巡った。
遥か東の国の美しい絨毯とか、タバコとか、絵画とか……
「バンさん、これは? 何のお店ですか?」
「……っ! お前には、まだ早い!」
「早い?」
少し道を逸れると、やらしいものや、違法な品物が売っていた。
夕闇が近づくにつれて、子供たちの姿が消え、
道端には客引きの娼婦や男娼が立ち始める。
殴り合いのケンカも見かけた。
教会の領土といっても、
裏通りの治安は、他の街とそれほど変わらないらしい。
外者のオレたちは、素直に宿へ戻った方が良さそうだ。
「ユリア。日も暮れてきたし、そろそろ宿に戻るか」
「もうそんな時間なんですね」
少し寂しそうにユリアが肩を竦める。
「結構、いろいろ見て回ったからな。
夕飯は宿の食堂で取るか」
「はい……」
その時、シャランと澄んだ音色が耳に届いた。
振り返れば、色艶やかな美しい球を並べた店がある。
入口の軒下で連なった球が風に揺れ、
シャラシャラと音を立てていた。
「バンさん、あれは何ですか?」
「カンパニュラだな」
「なんです? それ」
「厄除けだよ」
オレはユリアを連れて、店に歩み寄った。
店の内部は、左右に箱がうず高く積み重ねられていて、
奥の方で椅子に座って居眠りしている老婆が見えた。
オレは店先のテーブルに並べられたカンパニュラのうち、
オーソドックスな1つを手に取ってみる。
なんの飾りもない、銀色の球だ。
大きさは、手のひらで握りしめると少し小さいほど。
そっと揺らすと、先ほどとは違う音が鳴った。
「わあ……奇麗な音ですね」
「暖炉の上に飾ったり、
いくつも繋げて、窓際とか扉に下げたりするんだ。
そうすると、悪いモノが家の中に入って来ないって言われてる」
「へえ……」
「安いのは真鍮、高いのだと銀とか金とか、鉱石とか、
木で出来てるのもあったな」
オレは手にしていた球を置くと、
また別のを取って、ユリアの耳に近づけた。
「1つ1つ、音が違うんだ。
さっきのは鈴の音色だったけど、これとかは……
ほら、風の音がする。海辺の風の音」
「海辺は、風の音が違うんですか?」
「違うよ」
目を閉じて、真剣にカンパニュラの音色に
耳を澄ませたユリアは、少し困った顔をした。
たぶん、彼は海を知らないから、
想像が出来なかったのかもしれない。
「海、見てみたいな」
「んじゃ、この街を出たら行ってみるか」
「えっ……」
「なんだよ? 行きたいんだろ?」
「で、でも、いいのかな」
「少し足伸ばすくらいだし、
ちゃんと屋敷に連絡入れれば大丈夫だろ」
ユリアが目を瞬いてオレを見る。
「なんだよ?」
「バンさんって、フットワーク軽いですよね」
「悩んでる時間がもったいねえじゃん」
「それはそうなんですけど……」
そんな話をしていた時だ。
「旅の人かい。
道中のお守りに、1つどうかね」
奥で寝こけていた老婆が、
店先に顔を出した。
ユリアはチラリとオレの方を見てから、頷いた。
「それじゃあ、2つお願いします」
「え、オレはいらねぇよ?」
「せっかくですし、思い出にお揃いで持ちましょうよ」
「……まあ、お前がそう言うなら」
オレはちょっとワクワクした。
今までは金に余裕がなかったというのもあるし、
傭兵業で各地を回るのに荷物は邪魔だったから、
消耗品以外を買うという考えがなかったから。
「2つだね。分かったよ。
これはねぇ、カンパニュラと言って……」
さっきオレが言ったようなことを老婆が説明する。
ユリアはいちいち頷きながら、彼女が薦める球を手に取って眺めた。
「厄除けの他にはね、これは好きな人の心変わりを
教えてくれると言われているんだよ」
「そうなんですか?」
「なんだそりゃ」
「こう、手で握りしめるだろう?
それから、気持ちを知りたい相手を強く願って、揺らすと……」
シャランと澄んだ音色が鳴る。
「お兄さん、随分と愛されてるねえ」
ユリアの顔が赤く染まった。
それから彼はまたオレの方をチラリと振り返ってから、
すぐに老婆に向き直った。
「凄くロマンチックなものなんですね」
鼻息荒く言って、先ほどよりも気合いを込めて選び始める。
オレはそんな恋人に肩を竦めた。
カンパニュラにそんな意味があるなんて聞いたことはない。
この地方独特のものか、あるいは……
厄除けと言って売るより、
好きな人の気持ちが分かると伝えた方が、
若い客には売れそうだな、なんて思った。
「うーん、どうしよう……」
「瞳の色に合わせてみたらどうだい?
ちょっと待ってな」
老婆が奥から桐箱を持ってくる。
皺だらけの手が取り出したのは、金色と蒼のカンパニュラだ。
「わあ、綺麗ですね!」
金は、金だろう。
蒼は、たぶんラピスラズリ。世界一高価な顔料の元となる――
「ちょっと待て、ユリア。それは、ちょっと……」
「これにします!」
「まいど!!」
老婆らしからぬ素早い合いの手に、
オレの制止の声は掻き消された。
* * *
丁寧に包まれた箱を手に、ユリアはホクホク顔だった。
「大切にします」
「良かったな……」
結局、店で最も高価なものを掴まされたのだが、
まあ、ユリアが幸せならそれが1番いいだろう。
まあ、懐は意外とすぐに寂しくなるかもしれないが。
余裕を持って旅に出たつもりだったが、
金銭感覚がそもそも違うのだ。
「バンさん。凄く、楽しかったね」
宿へと戻る道すがら、ユリアはしんみりと言った。
「そうだな」
頷くと、ふいにユリアが歩みを止める。
振り返れば、彼はどこか寂しそうに小首を傾げた。
「本当に?
バンさんはさ、僕と一緒にいて退屈じゃない?」
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