人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード20

陽だまりと地図(10)

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* * *

「バンさん。街がいっぱいあるよ」

「そりゃな。人間の数だけ、街はあるって」

 ユリアが地図を持ってくると、
 オレたちはさっそくそれをリビングのテーブルに広々と敷いた。

 身を乗り出して地図を見下ろし、
 まずは現在地に、インクで印を付ける。

「何処に行きましょう?」

 ユリアは目をキラキラさせて、鼻息荒く地図を見下ろしていた。

「ねえ、バンさんは? 何処に行きたい?」

「そうだな、オレは……」

 各地を巡っていた傭兵時代に思いを馳せる。
 飯が美味い街、景色が綺麗な街、後は……

「……本だ。本を買える街に行きたい」

「本?」

 オレの答えに、ユリアはきょとんとした。

「どうして、本なんて……」

「お前も知ってるだろ。オレが最近、読んでるやつ。
 それの5巻を買いたいんだ」

「捜してた本ですね。
 でも、バンさんが読んでいたのって、
 『デュランダルの詩』でしたよね、確か……」

 ユリアは困ったように小首を傾げる。

「なんだよ。ダメか?」

「いえ……
 あれは、街にあるような本屋には売っていないかもと思いまして」

「本屋なのに、本が売ってない?」

「あの本って、凄く古いものなんですよ。
 たぶん、500年とか、ずっと前のものです」

「ごひゃっ……」

 確かに、500年も前の商品まで店に置いたら、
 いくら敷地があっても足りない。

 オレはガクリと肩を落とした。

 売ってないということは、
 もう読むことは、出来ないということだ。

 …………あのクソ野郎、ぶっ殺してやる。

 オレは心の内で、吐き捨てた。

 ブン殴ろうとしても、返り討ちに遭うのが関の山だが、
 ひとまず心の中で、あのケダモノを60回殴り殺す。

「そんなに落ち込まないでください。
 僕も、もう少し探してみますから」

「……いや、たぶんないんだ。この屋敷には」

「ない?」

「ここ数日、隅から隅まで捜したけど、ねぇし。
 たぶん、元からなかったんだと思う」

「元から……」

 ユリアは一瞬、怪訝に眉根を寄せたが、
 すぐに納得したように頷いた。

「そうかもしれません。ここに引越してくる時に、
 どこかへ紛れてしまったのかも。
 ……せっかく、あそこまで読んだのに、
 ごめんね、バンさん」

「お前が謝ることじゃねぇよ。
 大丈夫、別の読むから」

 ないものはない。仕方ない。
 オレは無理やり納得しようと試みる。

 すると、地図に目を戻したユリアがあっと声を上げた。

「待ってください。
 本……図書館になら、あるかも」

「としょかん?」 

「大きい国や街だと、
 出版された本を保存している場所があったりするんです。
 それが、図書館。……と、本で読みました」

「じゃあ、その、としょかんってトコに行けば……」

「ええ。可能性はゼロではないかと」

 ユリアがニコリとする。
 オレもつられて笑った。

「じゃあ、決まりだな」

「はい。図書館のある大きな街に行ってみましょう!」

 オレたちは改めて、地図を見下ろした。
 一番近い大きな街を捜す。

「ココか」

「ここですね」

 そこは、この屋敷から3週間というところだ。

「問題は、僕が人狼化した時ですよね」

「それなら、いつもの拘束具を持ってけば問題ない。
 人狼になりそうな時は、森で野宿すればいいし」

 実際には、初日から人狼化する可能性は高いわけで、
 森ではなく宿屋で大人しくすることになるだろうが……
 それを言うわけにもいかない。

「大丈夫でしょうか……」

「オレは、大丈夫だと思う。
 前にアイツが人間を殺しかけたのだって、
 殺されそうになったからだ。
 人間を見たら、問答無用で襲いかかるってわけじゃない」

「ですが」

「それに、ストッパーならここにいるだろ?」

 オレは親指で自身の胸を差した。

「バカなことをしたらオレの命――自分の心臓が
 危なくなるってことも、ヤツなら理解できる」

 そう告げると、ユリアがまじまじとオレを見た。

「なんだよ?」

「いえ……なんだか、凄く……
 アイツのこと、よく知ってるみたいに感じて」

 オレは大げさに肩を竦めた。

「……よくは、知らねぇよ。
 でも、ほら、何回かは話したことあるし。
 アイツ、いろいろ単調だし。
 まあ、お前が心配っつーなら、
 ムリに旅に行こうとは言わねぇよ。
 近場でも充分、楽しいだろうしさ」

 平静を取り繕い、矛先を変える。
 ユリアは慌てたように首を振った。

「いえ、行きます。行かせてください」

 ……オレは内心、ホッと胸を撫で下ろした。

* * *

 オレたちは用意が整うと、早速、馬を調達して屋敷を出た。
 ユリアの予想通り、結界は破れていて、
 難なく薄暗い森を抜けることが出来た。

 まず、目に飛び込んで来たのは、
 切って身にまといたくなるような、鮮やかな青。
 雲1つ無い晴天の下には、眩い緑色の麦畑が広がっていた。

「わあ……」

 果てしなく続く空を見上げて、ユリアが感嘆の吐息をこぼす。

「行くぞ、ユリア」

「はい……!」

 2頭の馬のを並べ、オレたちは駆けた。

 緑の香りで満ちた風を一身に受けると、
 心が踊る。



 ――だから、想像だにしなかったのだ。
 この旅が、オレたちの当たり前の日常を、
 粉々に壊してしまうだなんて。
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