人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード20

陽だまりと地図(2)

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 脳裏を去来した疑問を口にすれば、
 ヤツは感情の見えない表情で、オレを見下ろした。

「それを聞いてどうする?」

 オレは真っ直ぐ獣を見つめ返した。

 こうして、コイツと普通に『会話』をするのは初めてかもしれない。
 いつもは極力、出会わないように避けてきたのだ。

 しかし、今、逃げ損ねたお陰で、腹が据わった気がする。

「……なあ。お前は、何者なんだよ?」

 オレは問いを重ねた。

「何者? 貴様の問いは具体性に欠けるな」

「ずっと疑問に思ってたんだ。お前と、ユリアの関係……
 ユリアは自分の力は人格を持っている、って言ってた。
 だけど、力は……人格なんて持っていない。そうだろう?」

 3ヶ月前――屋敷を半壊させた、黒い異形を思い出す。
 原因を作ったセシルは、『ユリアの人格を深く眠らせた』と言っていた。
 なのに、コイツは現れず、力が暴走した。

 あの時はセシルが何かしらの失敗をしたのだろうと思っていたが、
 しかし、あれは失敗なんかではなく、
 『ユリアの人格を眠らせると、人狼の人格をも眠ってしまう』のだとしたら?

 1つの体に2つの人格があるのではなく、
 ユリアと人狼の人格が同じ――表裏一体の関係にあるのだとしたら。

「なあ。お前は、いつからユリアの中にいるんだ?」

 話しぶりから、多分、獣はユリアと記憶を共有している。

 しかし、ユリアは――今まで話を聞く限り――
 コイツの記憶を勝手に見ることはできない。
 表裏一体だとしても、人格には上下があるのかもしれない。

「貴様は何か勘違いしているようだな。
 あの臆病者の中に、俺がいるのではない。
 俺の中にアイツがいる。
 俺の体を、アイツに貸してやっているのだ」

「貸してる……?」

 オレはユリアと獣の関係を、何か勘違いしているのかもしれない。
 そもそも、ユリアの中に獣が入っているなんて話は……

 思案を巡らせていると、
 再び鉤爪がオレ頭を掴み、上向かせられた。

「……なんだよ?」

「また、俺を消す算段でもしているのだろう?
 俺は貴様が思うより寛大ではないぞ」

「だとしたら、どうする?
 お前はオレのことを殺せないだろ」

「はっ……相手の立場を分からせるのに、殺すなど詮無いことだ。
 それ以上の苦しみを与える方法は、腐るほどある」

「へえ。自分の身を危うくしてまで、
 オレのことを痛めつけようだなんて、いい趣味してるな」

「これだから下等生物は。想像力が貧相だ」

 獣は苛立たしげに鼻に皺を寄せ――
 次の瞬間、オレをデスクに叩きつけた。

「ぐっ……っの、やろっ……何し――」

「また貴様を陵辱したら、アイツはどう思うだろうな?」

「ああっ!? おっ前、またっ……っ!?」

 額を押し付けられたデスクが、ミシミシと悲鳴を上げる。
 喉奥で笑って、獣は続けた。

「もちろん、前回とは趣向を変えるがな。
 ヤツが泣いて悔しがるくらい、とろかして……
 ヤツではイけない体にしてやる」

 背後に獣が回る。
 オレは全力で体を起こそうと、もがいた。

「離せ!」

「ははは、震えている。なんだ、怖いのか」

「オレに、触るんじゃねえ!」

「貴様がどれほど拒絶をしても、チャームには敵わない。
 すぐに自分から腰を振るようになる。分かっているだろう?」

 髪を引っ張られ、広々としたデスクの上に放られた。
 逃げる間もなく、巨躯がのし掛かってくる。

「クソ……離せ……っ!」

「俺の目を見ろ」

 咄嗟に目を閉じる。
 しかし、鉤爪に無理やり瞼をこじ開けられた。
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