97 / 224
エピソード19:3部スタート
うたかたの(1)
しおりを挟む
ジルベール・アヴェリンは、目を見張るほど美しい男だ。
真白の僧服を身に纏った姿は神々しく、
教会で人々のために祈りを捧げる彼を一目見れば、
男も女も瞬く間に心を奪われる。
ジルベールの肌は、透き通るように白く滑らかだ。
瞳は凪いだ海を思わせる、澄んだ青色をしている。
彼の目を縁取る白銀の睫は長く影を落とし、
同色の髪は真っ直ぐと腰まで流れ、
肩口でゆるやかに編んでいる。
年の頃は、分からない。
一見、十代の青年のようにも見えるが、
彼の穏やかな話ぶりは、長い時間を生きた老人のようでもあり、
一方で、彼の学問に対する姿勢は、壮年の力強さに溢れている。
「みなさん、私の手元が見えますか?」
研究室に処刑官の候補生たちを招き入れたジルベールは、
慈愛の微笑みを浮かべて、振り返った。
緊張に強張っていた生徒たちの頬が、
彼の美しさを前に、知れず上気する。
彼は生徒ひとりひとりとアイコンタクトを取ってから、
優美な手付きで、処置台に拘束された男の
開かれた胸部に目線を落とした。
「ここが、心臓――ヴァンパイア、及び、その眷属の弱点です」
ジルベールは穏やかに告げると、
近くに並べられていた幾つもの道具のうち、大型の鉄槌を手に持った。
処置台の上で、男が目を大きく見開く。
ふぅふぅと荒い呼吸が猿ぐつわの合間から漏れ出し、
しんと静まり返る部屋に響く。
「ですが、ここを、このハンマーで潰したとしても――
あまり意味がありません」
言葉が終わると同時に、彼は振り上げた腕を躊躇なく下ろした。
ぐちゃっと音が立ち、赤い肉片が勢い良く飛び散る。
台の上で、男が激しく痙攣した。
「1、2、3、4……」
ジルベールは正確な速度で、カウントを始める。
すると粉々に潰れた肉塊が、まるで生きているかのように動きだし、
集まって、盛り上がり……
「……9、10」
やがて、心臓は元の形に戻った。
白磁の肌をべたりと赤く染めたジルベールは、
先ほどと同じ表情で、生徒を振り返る。
「このように平均10秒で自己治癒をしてしまう。
ところが、銀製のもので同じことをした場合、」
ジルベールは鉄槌を台に置くと、代わりに銀のナイフを手にして、
台に向き直った。
男は喉奥で絶叫して暴れようと試みるが、
拘束は強固で、ガタガタと台座が音を立てるだけだ。
ジルベールは気にせず、同じ箇所をナイフで突き刺した。
その瞬間、男は石化したように動きを止めた。
「ほら、よく見てご覧なさい。
いつまで経っても治癒が始まらないでしょう?
これが、貴方たちが銀の武器を使っている理由です」
勢い良く赤が噴き上がり続ける。
ジルベールはナイフから手を離すと、
懐から手巾を取り出し、頬や手を濡らした血を拭った。
「銀は、ヴァンパイアやその眷属にとって猛毒に他なりません。
彼らは、銀が体内に入り込むことによって、その異端の力を失うのです」
ついで、生徒に変わらない聖母の微笑みを向けた。
「それでは、今日の講義はここまで。
慈悲深き神に感謝し、本日も健やかに過ごしましょう」
彼は手巾で汚れたナイフの柄をくるむと引き抜いた。
男の体は1度大きく跳ねると、
やがて……灰になった。
* * *
――怒らないということは、優しさとイコールではない。
「ええと、なになに……
『月の満ち欠けにしたがい、人が狼に変身することがある。
彼の人物は大罪人であり、神の裁きを受けたなれの果てであり』……」
ある日の午後。
オレは屋敷の書斎で、本を読み漁っていた。
ユリアの人狼化を封じる手立てを見つけるためだ。
だけど、ぶっちゃけ、オレは彼から力を取り上げていいものかどうか、
迷い続けていた。
ユリアは人を傷つけない。
傷つけることを、恐れている。
それは、彼の持つ強大な力ゆえと思ってはいたけれど、
それにしても極端だった。
病的と言ってもいい。
――1年ほど前、屋敷に異端処刑官が強襲してきた。
彼らが去った後に残っていた血痕は、
ほとんどユリアのものだった。
彼は抵抗せずに切り刻まれていた。
あの時は、人狼の意識が顕在して処刑官たちを追い払うことが出来たけれど、
もしも力を封じてしまったら、今度こそ彼は……火の粉を振り払う術を持たない。
ユリアはそれでいいと思っている。
だが、オレは嫌だ。
「…………この本は、ちょっと違うな」
オレは穏やかならぬ気持ちに蓋をして、読んでいた本を閉じた。
続いて、デスクに山と積んでいた別の本を上から取り、開く。
目をすがめ、オレは引き続き指で文字列を追いながら、
読み進めていく。
「ぐ……なんだこの単語。見たことねぇぞ。
辞書、辞書……
………………
……だあああ、載ってねえ!」
屋敷に来てからというもの、ユリアに読み書きを教えて貰ってはきたが、
付け焼き刃で読めるほど、この書斎にある本は簡単でなかった。
なんせゴリゴリの学術書ばかりなのだ。
ああ、あとガチガチの恋愛小説が棚3つ分あったが。
……どういうチョイスだ。
「バンさん! 此処にいたんですね。捜しちゃいました」
書斎の扉が開いたかと思うと、
足取り軽く、ユリアがやってきた。
真白の僧服を身に纏った姿は神々しく、
教会で人々のために祈りを捧げる彼を一目見れば、
男も女も瞬く間に心を奪われる。
ジルベールの肌は、透き通るように白く滑らかだ。
瞳は凪いだ海を思わせる、澄んだ青色をしている。
彼の目を縁取る白銀の睫は長く影を落とし、
同色の髪は真っ直ぐと腰まで流れ、
肩口でゆるやかに編んでいる。
年の頃は、分からない。
一見、十代の青年のようにも見えるが、
彼の穏やかな話ぶりは、長い時間を生きた老人のようでもあり、
一方で、彼の学問に対する姿勢は、壮年の力強さに溢れている。
「みなさん、私の手元が見えますか?」
研究室に処刑官の候補生たちを招き入れたジルベールは、
慈愛の微笑みを浮かべて、振り返った。
緊張に強張っていた生徒たちの頬が、
彼の美しさを前に、知れず上気する。
彼は生徒ひとりひとりとアイコンタクトを取ってから、
優美な手付きで、処置台に拘束された男の
開かれた胸部に目線を落とした。
「ここが、心臓――ヴァンパイア、及び、その眷属の弱点です」
ジルベールは穏やかに告げると、
近くに並べられていた幾つもの道具のうち、大型の鉄槌を手に持った。
処置台の上で、男が目を大きく見開く。
ふぅふぅと荒い呼吸が猿ぐつわの合間から漏れ出し、
しんと静まり返る部屋に響く。
「ですが、ここを、このハンマーで潰したとしても――
あまり意味がありません」
言葉が終わると同時に、彼は振り上げた腕を躊躇なく下ろした。
ぐちゃっと音が立ち、赤い肉片が勢い良く飛び散る。
台の上で、男が激しく痙攣した。
「1、2、3、4……」
ジルベールは正確な速度で、カウントを始める。
すると粉々に潰れた肉塊が、まるで生きているかのように動きだし、
集まって、盛り上がり……
「……9、10」
やがて、心臓は元の形に戻った。
白磁の肌をべたりと赤く染めたジルベールは、
先ほどと同じ表情で、生徒を振り返る。
「このように平均10秒で自己治癒をしてしまう。
ところが、銀製のもので同じことをした場合、」
ジルベールは鉄槌を台に置くと、代わりに銀のナイフを手にして、
台に向き直った。
男は喉奥で絶叫して暴れようと試みるが、
拘束は強固で、ガタガタと台座が音を立てるだけだ。
ジルベールは気にせず、同じ箇所をナイフで突き刺した。
その瞬間、男は石化したように動きを止めた。
「ほら、よく見てご覧なさい。
いつまで経っても治癒が始まらないでしょう?
これが、貴方たちが銀の武器を使っている理由です」
勢い良く赤が噴き上がり続ける。
ジルベールはナイフから手を離すと、
懐から手巾を取り出し、頬や手を濡らした血を拭った。
「銀は、ヴァンパイアやその眷属にとって猛毒に他なりません。
彼らは、銀が体内に入り込むことによって、その異端の力を失うのです」
ついで、生徒に変わらない聖母の微笑みを向けた。
「それでは、今日の講義はここまで。
慈悲深き神に感謝し、本日も健やかに過ごしましょう」
彼は手巾で汚れたナイフの柄をくるむと引き抜いた。
男の体は1度大きく跳ねると、
やがて……灰になった。
* * *
――怒らないということは、優しさとイコールではない。
「ええと、なになに……
『月の満ち欠けにしたがい、人が狼に変身することがある。
彼の人物は大罪人であり、神の裁きを受けたなれの果てであり』……」
ある日の午後。
オレは屋敷の書斎で、本を読み漁っていた。
ユリアの人狼化を封じる手立てを見つけるためだ。
だけど、ぶっちゃけ、オレは彼から力を取り上げていいものかどうか、
迷い続けていた。
ユリアは人を傷つけない。
傷つけることを、恐れている。
それは、彼の持つ強大な力ゆえと思ってはいたけれど、
それにしても極端だった。
病的と言ってもいい。
――1年ほど前、屋敷に異端処刑官が強襲してきた。
彼らが去った後に残っていた血痕は、
ほとんどユリアのものだった。
彼は抵抗せずに切り刻まれていた。
あの時は、人狼の意識が顕在して処刑官たちを追い払うことが出来たけれど、
もしも力を封じてしまったら、今度こそ彼は……火の粉を振り払う術を持たない。
ユリアはそれでいいと思っている。
だが、オレは嫌だ。
「…………この本は、ちょっと違うな」
オレは穏やかならぬ気持ちに蓋をして、読んでいた本を閉じた。
続いて、デスクに山と積んでいた別の本を上から取り、開く。
目をすがめ、オレは引き続き指で文字列を追いながら、
読み進めていく。
「ぐ……なんだこの単語。見たことねぇぞ。
辞書、辞書……
………………
……だあああ、載ってねえ!」
屋敷に来てからというもの、ユリアに読み書きを教えて貰ってはきたが、
付け焼き刃で読めるほど、この書斎にある本は簡単でなかった。
なんせゴリゴリの学術書ばかりなのだ。
ああ、あとガチガチの恋愛小説が棚3つ分あったが。
……どういうチョイスだ。
「バンさん! 此処にいたんですね。捜しちゃいました」
書斎の扉が開いたかと思うと、
足取り軽く、ユリアがやってきた。
0
お気に入りに追加
1,049
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
病み男子
迷空哀路
BL
〈病み男子〉
無気力系主人公『光太郎』と、4つのタイプの病み男子達の日常
病み男子No.1
社会を恨み、自分も恨む。唯一心の支えは主人公だが、簡単に素直にもなれない。誰よりも寂しがり。
病み男子No.2
可愛いものとキラキラしたものしか目に入らない。溺れたら一直線で、死ぬまで溺れ続ける。邪魔するものは許せない。
病み男子No.3
細かい部分まで全て知っていたい。把握することが何よりの幸せ。失敗すると立ち直るまでの時間が長い。周りには気づかれないようにしてきたが、実は不器用な一面もある。
病み男子No.4
神の導きによって主人公へ辿り着いた。神と同等以上の存在である主を世界で一番尊いものとしている。
蔑まれて当然の存在だと自覚しているので、酷い言葉をかけられると安心する。主人公はサディストではないので頭を悩ませることもあるが、そのことには全く気づいていない。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる