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番外編2
セシルくんは素直になりたい。(11)
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傘が退かされそうになった瞬間、バサリと体の上から厚手のマントが被された。
――ヴィンセントのだ。
「すまない。俺の連れだ。……体が弱くてな」
ヴィンセントは、声をかけてくれた人にそう言うと、
力強い腕でボクを抱き上げた。
「あら。もうデートは、おしまい?」
すぐ近くで、女の人の声がした。
「悪いな。急用が出来た」
「せっかく休みに連れ出せたって言うのに。残念ねえ。
まあ、いいわ。今度は店に遊びに来てよ。
たっぶりサービスしてあげるから」
「それは……」
「ふふっ、そんなに困った顔されると凹むじゃないの。
冗談よ、冗談。それじゃあね」
軽い足音が遠ざかる。
やがて、ヴィンセントも歩き出した。
ボクはマント越しに彼にしがみつくと、キツく目を閉じた。
* * *
泥を踏みつける音が耳に届く。
真っ暗闇でも、ボクはちょっとも不安にならなかった。
マント越しに、感じるヴィンセントのぬくもり……
それだけで、泣きたいくらいに胸が温かくなる。
馬車に揺られる気配に続いて、聞き覚えのある喧騒が聞こえた。
宿屋に戻ってきたのだろう。
階段を軋ませて2階へと向かったヴィンセントは、
扉を乱暴に押し開けると、ボクを床に放った。
「お前は何を考えているんだ」
いつもよりも、うんと低い声だった。
恐る恐るマントを取り払い、ヴィンセントを見上げれば、
彼は……彼は、とても、怒っていた。
「外には絶対に出るなと言っただろう」
「…………でも、雨降ってたし」
「だから何だ。
俺があの場にいなかったら、今頃死んでいたんだぞ!?」
「死んでたって……もともとボクは死んでるじゃん。
というか、なんでお前、怒ってるわけ?
ボクがどうなろうが、お前には関係ないでしょ」
そう言った次の瞬間、右頬が鳴った。
一拍おいて、じんと痺れが広がる。
ヴィンセントに引っ叩かれたのだと理解して、ボクは唇を震わせた。
「な、殴ったな!? なんでっ……酷いよっ!」
初めてだった。
全然痛くはなかったけれど、
その事実はボクを打ちのめすのには、充分だった。
「関係ない、なんて言うな」
「お前も、言ったじゃないか! ボクには関係ないって!!」
「あれは……そういう意味じゃない」
ヴィンセントはハッとしてから、目を逸らした。
衝動が胸に込み上げてきて、ボクは彼に掴みかかると、声を荒げる。
「じゃあ、どういう意味だよ!?」
「セシル……」
「ボクのこと、いらないならそう言えよ!」
ああ……言った。言ってしまった。
こんなことが言いたいんじゃないのに。
ヴィンセントが大きく目を見開いた。
「いらないだなんて思ったことはない。
俺はただ、お前を心配して――」
「なんで、そんな嘘つくの。
本当のこと、言えばいいじゃないか。
ボクなんて、いらないって思ってるんだろ!?」
『さっき助けてくれて、ありがとう』
まずは、そう言って、
それから、今までのことを謝って、
もうお前は自由なんだよって。
ボクは1人でも大丈夫だから、って。
言いたいのに。言わなくちゃ、ならないのに。
全然、思ってもいないことばかりが口を突いて出ていく。
ヴィンセントに嫌われたくないのに、
嫌われるようなことばかり言ってしまう。
「うぇ……」
ボクは口を両手で覆った。
もうイヤだ。もう黙れよ。
言葉の代わりに、ボロボロと涙がこぼれた。
うまく呼吸ができなくて、ボクはしゃくりあげる。
「お前は、ボクを殺さなかったことに……責任感じてるだけじゃないか」
「そんなことはない。
俺には、お前が必要だ」
「嘘だよ……」
「嘘じゃない。
言ったはずだ、お前と一緒に生きたいと」
「なんで? ボクがいて、お前、いいことあった?
ボクはお前のこと、全然、大事にしてない。
甘えてばっかりで、お前のこと傷付けてばっかりで……」
「甘えさせているのは、俺だ。
それに、俺だって……お前に甘えている」
「へ……?」
鼻をすすってから顔を上げれば、
ヴィンセントは、ボクと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「甘えているのは、お互い様だ」
――ヴィンセントのだ。
「すまない。俺の連れだ。……体が弱くてな」
ヴィンセントは、声をかけてくれた人にそう言うと、
力強い腕でボクを抱き上げた。
「あら。もうデートは、おしまい?」
すぐ近くで、女の人の声がした。
「悪いな。急用が出来た」
「せっかく休みに連れ出せたって言うのに。残念ねえ。
まあ、いいわ。今度は店に遊びに来てよ。
たっぶりサービスしてあげるから」
「それは……」
「ふふっ、そんなに困った顔されると凹むじゃないの。
冗談よ、冗談。それじゃあね」
軽い足音が遠ざかる。
やがて、ヴィンセントも歩き出した。
ボクはマント越しに彼にしがみつくと、キツく目を閉じた。
* * *
泥を踏みつける音が耳に届く。
真っ暗闇でも、ボクはちょっとも不安にならなかった。
マント越しに、感じるヴィンセントのぬくもり……
それだけで、泣きたいくらいに胸が温かくなる。
馬車に揺られる気配に続いて、聞き覚えのある喧騒が聞こえた。
宿屋に戻ってきたのだろう。
階段を軋ませて2階へと向かったヴィンセントは、
扉を乱暴に押し開けると、ボクを床に放った。
「お前は何を考えているんだ」
いつもよりも、うんと低い声だった。
恐る恐るマントを取り払い、ヴィンセントを見上げれば、
彼は……彼は、とても、怒っていた。
「外には絶対に出るなと言っただろう」
「…………でも、雨降ってたし」
「だから何だ。
俺があの場にいなかったら、今頃死んでいたんだぞ!?」
「死んでたって……もともとボクは死んでるじゃん。
というか、なんでお前、怒ってるわけ?
ボクがどうなろうが、お前には関係ないでしょ」
そう言った次の瞬間、右頬が鳴った。
一拍おいて、じんと痺れが広がる。
ヴィンセントに引っ叩かれたのだと理解して、ボクは唇を震わせた。
「な、殴ったな!? なんでっ……酷いよっ!」
初めてだった。
全然痛くはなかったけれど、
その事実はボクを打ちのめすのには、充分だった。
「関係ない、なんて言うな」
「お前も、言ったじゃないか! ボクには関係ないって!!」
「あれは……そういう意味じゃない」
ヴィンセントはハッとしてから、目を逸らした。
衝動が胸に込み上げてきて、ボクは彼に掴みかかると、声を荒げる。
「じゃあ、どういう意味だよ!?」
「セシル……」
「ボクのこと、いらないならそう言えよ!」
ああ……言った。言ってしまった。
こんなことが言いたいんじゃないのに。
ヴィンセントが大きく目を見開いた。
「いらないだなんて思ったことはない。
俺はただ、お前を心配して――」
「なんで、そんな嘘つくの。
本当のこと、言えばいいじゃないか。
ボクなんて、いらないって思ってるんだろ!?」
『さっき助けてくれて、ありがとう』
まずは、そう言って、
それから、今までのことを謝って、
もうお前は自由なんだよって。
ボクは1人でも大丈夫だから、って。
言いたいのに。言わなくちゃ、ならないのに。
全然、思ってもいないことばかりが口を突いて出ていく。
ヴィンセントに嫌われたくないのに、
嫌われるようなことばかり言ってしまう。
「うぇ……」
ボクは口を両手で覆った。
もうイヤだ。もう黙れよ。
言葉の代わりに、ボロボロと涙がこぼれた。
うまく呼吸ができなくて、ボクはしゃくりあげる。
「お前は、ボクを殺さなかったことに……責任感じてるだけじゃないか」
「そんなことはない。
俺には、お前が必要だ」
「嘘だよ……」
「嘘じゃない。
言ったはずだ、お前と一緒に生きたいと」
「なんで? ボクがいて、お前、いいことあった?
ボクはお前のこと、全然、大事にしてない。
甘えてばっかりで、お前のこと傷付けてばっかりで……」
「甘えさせているのは、俺だ。
それに、俺だって……お前に甘えている」
「へ……?」
鼻をすすってから顔を上げれば、
ヴィンセントは、ボクと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「甘えているのは、お互い様だ」
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