人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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番外編2

セシルくんは素直になりたい。(10)

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* * *

 眠れない時間を過ごしていると、
 隣のベッドでヴィンセントが、起き上がった気配がした。

 彼は手早く着替えると、音を立てないように忍び足で部屋を出ていく。
 ボクはうっすらと瞼を持ち上げて、
 彼が戻って来ないのを確認すると体を起こした。

 まだ、夕方だ。
 ヴィンセントが仕事に行くには、だいぶ早い。
 しかも、ボクに何も言わないで出て行くなんて、
 怪しいこと、この上なかった。
 絶対、ボクに後ろめたいことをしている。

「……黙って行くなんて、今までなかったのに」

 ボクはカーテンの閉まった窓に目を向けた。
 耳をすませば雨音がした。
 恐る恐るカーテンを抓み上げれば、
 幸いなことに外は雨で、暗かった。

 これくらいなら、きちんと準備をすれば一瞬で灰になるようなことはない……はず。
 ボクは入念に日光対策をすると、街へとヴィンセントを捜しに出た。

* * *

 ボクは乗り合い馬車に乗り込んで街外れの歓楽街に向かった。

 雨はどんどん激しくなって、土砂降りになった。
 雨粒が石畳の上で跳ねて、
 まるで白いカーテンが引かれたように視界がぼやけている。

 空気は重苦しく、
 行き交う人々の表情もどことなく暗く見えた。

 ボクは必死でヴィンセントを捜し回った。
 彼を雇った店の名前をボクは忘れていて、
 この時ばかりは、ヴィンセントの話を適当に聞いていた自分に、ホントに腹が立った。

 街は雨と時間のせいもあってか、人の姿はあまりなかった。
 お陰で、なんとかヴィンセントを見つけることが出来たのだけれど……

「ふふ、早く来て。次はあの店よ」

 小さな傘に身を押し込むようにして、ヴィンセントは女の人と歩いていた。
 女の人は彼の腕に親しげに腕を絡め、
 近くのお店に――少し高そうな装飾品を売っているお店に入っていった。

 ボクは立ち尽くした。

 誰? 今の女の人。
 なんであんな、くっついてるの。

「……う、嘘だよね」

 そうだ。ボクの見間違いだ。
 あれは、たぶんヴィンセントじゃない。
 背格好が似ていただけだ。

 ヴィンセントを捜さないと。

 そう思いながらも、ボクの足はフラフラと2人が消えたお店に向かっていた。
 ガラス越しに店の中を覗き込んで、ボクは奥歯を噛み締める。

 ……分かってた。
 ボクがヴィンセントを見間違えるわけないんだ。

 ヴィンセントは、女の人が指さす髪飾りやらネックレスやらを手に取って、
 真剣に悩んでいる様子だった。

「なに、してんの」

 傘を握る手に力を込める。
 しばらくして、ヴィンセントは店員に何かを手渡した。
 ボクはそれ以上見ていられなくて目線を落とした。

 自分の泥だらけの靴が目に入る。
 酷く惨めだった。

「……ヴィンセント」

 こんな店、お前は興味ないだろ。
 なんで……誰だよ、その女。

 ボクが髪飾りとかを『可愛いね』って言うと、
『分からん』って言うクセに。
 その人とは、こういうお店に入るんだ。
 入って、一生懸命、選んだりするんだ。

 鼻の奥がツンとした。
 目に雨の滴が入って、視界が潤んだ。
 ……傘に穴が開いてたみたいだ。

「…………ぅ」

 ボクは。
 ボクは……たぶん、ヴィンセントのことがスキなんだ。

 スキだから、彼と一緒にいたいし、
 ボク以外の誰かと仲良くしてるのを見て、傷ついてる。

 スキだから、彼に抱いて欲しかったし、
 彼にもスキでいて欲しくて、抱きたいって思わせたくて。

「……はは、なんだそれ」

 好きなら、好きなりの態度があるよね。
 ボクは今までのことに思いを馳せて、うっと呻いた。

 ボクは全然ヴィンセントを大事にして来なかった。
 いつも欲しがって、甘えるばかりで。
 ボクは、ボクは、一つもヴィンセントに好かれる努力をしなかった。

 いつも自分のことばかり。
 こんなボクを、誰が好きになってくれるって言うんだ?

『お前と生きたいと思うのは、俺も一緒だ』

 ユリアの屋敷からの帰り、
 ヴィンセントは馬車の中で、そう言ってくれた。

 あれってどういう意味だったのかな。
 あの時は、少なくとも一緒に生きたいとは思ってくれてた。

 でも、今は……?

 考えたら指先がビクリと震えた。
 ここ数日、ヴィンセントはボクを見て、本当に苦しそうな顔をしてた。
 ……苦痛だったんだ。ボクのする、何もかもが。

 ああ。
 ボクはホントにバカだ。

 ヴィンセントたちが、お店から出てきた。
 彼に寄り添う女の人は、とても綺麗な人だった。

 ボクは泣いた。
 唐突に、ヴィンセントにはヴィンセントの人生があるのだと理解したからだ。

 彼は人で、生きていて。
 ボクは死んでいて、屍で。
 彼には彼の幸せがあって。

 ボクは、この20数年、彼を消費し続けてきた。

 ヴィンセントがスキだ。その彼を、ボクが、ボク自身が――

 その時、チリリと左腕に焼けるような痛みが走って、
 ボクはハッとした。
 気が付けば、雨は止んでいて、
 西の方の暗雲に、夕日が透けている。

「っ……!」

 次の瞬間、全身を痛みが貫いた。
 ボクは咄嗟にその場に座り込んだ。

 早く、日陰に移動しなければと思うのに、
 傘からはみ出た部分が焦げ付くのを思うと、一歩も動けなくなる。

 ボクはヴィンセントが去っていく方向へ、意識を向けた。

 助けて。

 そう叫べば、彼は気付いてくれるだろう。
 一緒にいる女の人よりも、ボクを優先してくれて、
 走ってきてマントでボクを包んでくれる。
 宿屋に戻ったら怒られるだろうけど、
 それでも、明日からはまたいつも通りの日々が続いて……

「ヴィ…………」

 声がうまく出なかった。

 このままボクがいなくなれば、
 ヴィンセントは自由になれる、
 そう思うと、声なんて出せなかった。

「大丈夫かい?」と、親切そうな声が聞こえた。
 男物の革靴が目に飛び込んでくる。

「どこか悪いなら、病院に……」

 その人は、しゃがみ込むとボクの傘に手をかけた。

「やっ……」

 止めて。
 傘を退かさないで。
 そんなことしたら……ああ、でも、それで、いいのか。

 終わりというのは、自分の想像以上に呆気ないものなのかもしれない。

「セシルッ!?」
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