人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード16

ユリアと獣(7)

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「ッ!!?」

 目の前に火花が散り、鈍い音が響いた。
 足から先の感覚が鋭く熱くなり、
 ようやく目的を達成出来たようだった。
  
 オレは痛みに抗えず地面に倒れると、
 額を擦り付け体を揺すった。

「……っ、ぅ……う……」

 ケガは治っても、痛みへの恐怖心は拭えない。
 次第に、自傷の勢いは減速していった。心が怯んでいた。

 ユリアは片足を引きずりながらも、
 目前の相手を殺すことを諦めてはいなかった。
 彼が間合いを詰めようとする先を制し、
 ヴィンセントが大きく踏み込む。

 それに驚いたのかユリアは腕を振るうが、
 ヴィンセントの勢いを殺すには至らない。
 彼はその腕の下に潜り込むかのように態勢を低くすると、
 大剣の切っ先で鳩尾を打ち抜いた。

 耳をつんざく咆哮が木々を揺らす。

 ヴィンセントはここが分水嶺だと感じたのか、
 更に攻撃を加えた。
 しかし、ユリアもただでやられるつもりはないらしく、
 必死にその攻撃を潰し続ける。

 黒いシルエットの中で、赤い瞳が怒りに燃えていた。
 確実に彼は弱っていた。
 その証拠に、彼の体からは黒い蒸気が立ち上り、
 ところどころ闇の剥げた部分に、
 血に染まった白い毛が見え隠れしている。

 もう少しだ。

 オレは上半身だけ起こすと、手近な瓦礫を手に取った。
 両足を潰してしまえば、もうユリアは動けない。

 しかし、瓦礫は手から滑り落ちてしまった。

「……もう少しなんだ」

 体が限界だった。
 力が入らない。全力で痛みを拒否している。
 オレは舌打ちすると、セシルを振り返った。

「セシル。やってくれ」

「……や、やるって何を」

「俺の左足、叩き折れって言ってんだよ」

 血の気が引いて青かったセシルの顔が、
 紙よりも白くなった。
 彼は口の端をヒクつかせてから、
 壊れたカラクリ人形みたいに首を振った。

「む……ムリ。ムリムリムリ。
 折るなんて、そんなこと……」

「言ってる、場合かよ……」

 ヴィンセントも限界を超えている。
 そんなことはセシルにも分かっているはずだ。

 大剣は振るう度に重さを欠いていく。
 それでも致命傷を避け続けているのは、
 彼が蓄積してきた戦いに対する勘でしかないように思う。

「急げ……」

 セシルの華奢な喉仏が上下した。
 彼はカタカタと歯を鳴らしながら、
 地面に転がっていた燭台を手に取った。

「いいか、よく見ろ。この、足の……付け根に近いとこヤれ。
 この辺りは、治りが悪いから」

 もう既にオレの右足の傷は塞がっていた。
 ユリアの方が治癒するのも時間の問題だ。
 そうなってしまったら、確実にヴィンセントはトドメを刺される。

 ギィンッと鈍い音が耳に届いた。
 金属が軋む音に、ヴィンセントの呻き声が重なる。

 セシルが燭台を構えた。
 先端が震えて、定まらない。

「や、やるよ……」

「ああ」

「やるからね……」

「ああ」

「本当にやるから……!」

「頼む、セシル」

「……! うあああああああああ!」

悲鳴に近い声を上げて、セシルが勢いよく燭台を振り上げた。
ビュンッと宙を重い音が切り裂き――――
その刹那、ヴィンセントの大剣が真っ二つに折れる音がした。
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