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エピソード16
ユリアと獣(5)
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* * *
「ヴィンセント!! バンが怪我を……!!」
「余計なこと言うな。大したことねぇよ」
そう言って、オレは自身の腕の傷を見下ろした。
心臓の鼓動に合わせて、ドプドプと赤がこぼれ落ちる。
しかし、それはゆっくりと、けれど確実に量が減り……やがて止まった。
縫うほどの傷だったのにも関わらず、塞がったのだ。
こんなこと、あるわけがない。
いつからオレは――人間じゃなくなっていた?
俺は小さく首を振る。
答えなんて考えるまでもなかった。
あの夜、オレは獣に殺された。
そして、なんらかの理由で、人ではなくなった。
ユリアが助けてくれたのだろう。
これが別の時に気付いたのならば混乱もするだろうが、
今気付けたのは僥倖という他にない。
死なない体ならば、無茶がきく。
オレは声を張り上げた。
「ヴィンセント。オレ、人間じゃなかったみたいなんだ。だから」
ユリアを止めるために、オレにも出来ることがあるかもしれない。
全てを言い終わる前に、ヴィンセントは口を開いた。
「ああ、知っている。
だが、お前たちがやるべきことは何も変わらない。
すぐに、ここから離れろ。
もしもお前に、何かあったら……ユリアも助けることができなくなる」
何もかも見通しているかのような答えだった。
俺は眉根を寄せる。
「なに……? どういうことだ?」
問いには答えず、ヴィンセントは目だけでユリアを見た。
「……見えるか? ユリアの傷が」
「傷? 右腕の傷がどうし――――」
言いかけて、オレははたとする。
彼は、オレと同じ場所をケガしているように見える。
ヴィンセントは小さく俺に頷いた。
「お前とユリアは繋がっている。
正確には、お前がユリアの心臓を持っている」
「ユリアの心臓……?」
「ああ。ヴァンパイアにとって、心臓は命の要だ。
それによって人知を超えた回復力を得るが、
逆に破壊されれば、二度と体を再生出来ない。
それだけ、彼らにとって大切な器官だ」
口早に告げられた言葉は、オレの想像を遙かに超えていた。
ユリアの心臓がオレの中にある。
……そうか。
アイツはそんな真似をしてまで、オレのことを助けてくれたのか。
「器であるお前がケガをすれば、その、ダメージは直接的にユリアに届く。
それがどういうことか、分かるだろう?」
「……分かる。分かる、けど」
オレが死ねば、ユリアが死ぬ。
獣はそれを知っていたから、屋敷に戻ってきたオレを殺せなかった。
しかし、今のユリアにはそんなことは理解出来ていない。
「早く行け」
ヴィンセントが繰り返す。
彼の言うことは最もだった。
だが……逃げて、それから? ヴィンセントはどうなる?
「お前はどうするつもりだ。勝てないって言ってたじゃねぇか」
「ユリアを殺す。
時間はかかるだろうが、バン、お前さえ生きていれば回復はできる」
「殺すって……!」
「……ダメだ」と、 固い声が落ちた。セシルだった。
今まで黙って俺とヴィンセントのやりとりを見ていたセシルは、
唸るように続けた。
「お前、呪いを開放するつもりだろ」
「……」
「ふざけるな。そんなことボクは認めないぞ」
「呪いの開放ってなんだよ」
「ヴィンセントは死ぬつもりなんだよ!」
「なっ……!?」
「だが、これしか方法はない」
「待てよ。死ぬしか方法がないなんて、そんなわけねえだろ!」
「事実だ」
ようやく傷が塞がったのか、ユリアは見つめていた右腕から視線を外すと、
再びヴィンセントに襲い掛かってきた。
「ぐッ!?」
重い一撃に、ヴィンセントの足が地面に沈む。
「時間がない、急げ……!」
「イヤだ!」
セシルのいう通りだ。
彼が死ぬと分かっていながら、そんな提案を飲み込むことはできない。
考えろ。何でもいい。
ユリアに誰も殺させない方法を。なんとかして……
心臓。
右腕のケガ。
オレと、ユリアは……繋がっている。
ユリアが腕を振るうたびに、ヴィンセントの剣が悲鳴を上げた。
最早、彼も武器も限界だった。
早く……早く、ユリアを止めねぇと……!
──その瞬間、俺は……降って湧いた考えに従って、自身の右腕を瓦礫に叩きつけた。
「……っ!」
破片が突き刺さり、血が散る。
骨が砕けて、肉を貫いた。
「ぐ、ぅううう……っ!」
「バン!? 何してッ……」
痛みに奥歯を噛みしめる。その時、
「ガアアアアッ!」
空気を震わせる咆哮が響き渡った。
今にもヴィンセントを押し潰さんとしていたユリアが、
雷に打たれたように飛び退る。
「……誰も、殺させねぇぞ」
手応えを覚えて、オレは口の端を持ち上げた。
ユリアはオレと同じ痛みを感じている。
それならば。
「……っ、ヴィンセント!」
オレは振り絞るようにして声を張り上げた。
「俺が、ユリアの動きを止める。
だから、頼む。ユリアを……叩き起こしてくれ!!」
「ヴィンセント!! バンが怪我を……!!」
「余計なこと言うな。大したことねぇよ」
そう言って、オレは自身の腕の傷を見下ろした。
心臓の鼓動に合わせて、ドプドプと赤がこぼれ落ちる。
しかし、それはゆっくりと、けれど確実に量が減り……やがて止まった。
縫うほどの傷だったのにも関わらず、塞がったのだ。
こんなこと、あるわけがない。
いつからオレは――人間じゃなくなっていた?
俺は小さく首を振る。
答えなんて考えるまでもなかった。
あの夜、オレは獣に殺された。
そして、なんらかの理由で、人ではなくなった。
ユリアが助けてくれたのだろう。
これが別の時に気付いたのならば混乱もするだろうが、
今気付けたのは僥倖という他にない。
死なない体ならば、無茶がきく。
オレは声を張り上げた。
「ヴィンセント。オレ、人間じゃなかったみたいなんだ。だから」
ユリアを止めるために、オレにも出来ることがあるかもしれない。
全てを言い終わる前に、ヴィンセントは口を開いた。
「ああ、知っている。
だが、お前たちがやるべきことは何も変わらない。
すぐに、ここから離れろ。
もしもお前に、何かあったら……ユリアも助けることができなくなる」
何もかも見通しているかのような答えだった。
俺は眉根を寄せる。
「なに……? どういうことだ?」
問いには答えず、ヴィンセントは目だけでユリアを見た。
「……見えるか? ユリアの傷が」
「傷? 右腕の傷がどうし――――」
言いかけて、オレははたとする。
彼は、オレと同じ場所をケガしているように見える。
ヴィンセントは小さく俺に頷いた。
「お前とユリアは繋がっている。
正確には、お前がユリアの心臓を持っている」
「ユリアの心臓……?」
「ああ。ヴァンパイアにとって、心臓は命の要だ。
それによって人知を超えた回復力を得るが、
逆に破壊されれば、二度と体を再生出来ない。
それだけ、彼らにとって大切な器官だ」
口早に告げられた言葉は、オレの想像を遙かに超えていた。
ユリアの心臓がオレの中にある。
……そうか。
アイツはそんな真似をしてまで、オレのことを助けてくれたのか。
「器であるお前がケガをすれば、その、ダメージは直接的にユリアに届く。
それがどういうことか、分かるだろう?」
「……分かる。分かる、けど」
オレが死ねば、ユリアが死ぬ。
獣はそれを知っていたから、屋敷に戻ってきたオレを殺せなかった。
しかし、今のユリアにはそんなことは理解出来ていない。
「早く行け」
ヴィンセントが繰り返す。
彼の言うことは最もだった。
だが……逃げて、それから? ヴィンセントはどうなる?
「お前はどうするつもりだ。勝てないって言ってたじゃねぇか」
「ユリアを殺す。
時間はかかるだろうが、バン、お前さえ生きていれば回復はできる」
「殺すって……!」
「……ダメだ」と、 固い声が落ちた。セシルだった。
今まで黙って俺とヴィンセントのやりとりを見ていたセシルは、
唸るように続けた。
「お前、呪いを開放するつもりだろ」
「……」
「ふざけるな。そんなことボクは認めないぞ」
「呪いの開放ってなんだよ」
「ヴィンセントは死ぬつもりなんだよ!」
「なっ……!?」
「だが、これしか方法はない」
「待てよ。死ぬしか方法がないなんて、そんなわけねえだろ!」
「事実だ」
ようやく傷が塞がったのか、ユリアは見つめていた右腕から視線を外すと、
再びヴィンセントに襲い掛かってきた。
「ぐッ!?」
重い一撃に、ヴィンセントの足が地面に沈む。
「時間がない、急げ……!」
「イヤだ!」
セシルのいう通りだ。
彼が死ぬと分かっていながら、そんな提案を飲み込むことはできない。
考えろ。何でもいい。
ユリアに誰も殺させない方法を。なんとかして……
心臓。
右腕のケガ。
オレと、ユリアは……繋がっている。
ユリアが腕を振るうたびに、ヴィンセントの剣が悲鳴を上げた。
最早、彼も武器も限界だった。
早く……早く、ユリアを止めねぇと……!
──その瞬間、俺は……降って湧いた考えに従って、自身の右腕を瓦礫に叩きつけた。
「……っ!」
破片が突き刺さり、血が散る。
骨が砕けて、肉を貫いた。
「ぐ、ぅううう……っ!」
「バン!? 何してッ……」
痛みに奥歯を噛みしめる。その時、
「ガアアアアッ!」
空気を震わせる咆哮が響き渡った。
今にもヴィンセントを押し潰さんとしていたユリアが、
雷に打たれたように飛び退る。
「……誰も、殺させねぇぞ」
手応えを覚えて、オレは口の端を持ち上げた。
ユリアはオレと同じ痛みを感じている。
それならば。
「……っ、ヴィンセント!」
オレは振り絞るようにして声を張り上げた。
「俺が、ユリアの動きを止める。
だから、頼む。ユリアを……叩き起こしてくれ!!」
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