人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード16

ユリアと獣(3)

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「壊れたって…どういう……」

 セシルは口元を手で覆うと、しゃくり上げながら言葉を続けた。

「ユリアを……っ、ね、眠らせたんだ……
 今度は、前よりも……うんと、深く……
 アイツとっ……約束……」

「眠らせた?」

 セシルの言葉に沸々と怒りが湧いてくる。

「お前、また……っ!」

「ごめん。ごめんなさい……!!」

 思わず胸ぐらを掴みそうになって、オレは咄嗟に拳を握り耐えた。
 今は、何故、セシルがこんなことをしたのかを問い詰めている場合じゃない。

 ユリアが壊れたとは、どういう意味なのか。
 あの化け物は一体なんなのか。

「ユリアは何処だよ」

 セシルが震える指先を持ち上げる。

 その先――今まさにヴィンセントとやり合う相手に目をやって、
 オレはゴクリと喉を鳴らした。

 嘘だろ。そんなわけがない。
 あの化け物が……

「あれが……ユリアなのか……?」

 オレはセシルを見た。
 セシルは視線から逃げるように俯くと、小さく頷いた。

「そんな……」

 あんな姿、見たこともない。

「お前、何をしたんだよ!?
 眠らせただけで、ああはならないだろ!?」

「ぼ、ボクだって、分かんないよ!
 ただ、意識を押さえ込んだせいで、力が暴走しているのかも……しれない」

「意識を押さえたって、ユリアの方をだろ……?
 獣はどうしたんだ!」

「アイツの意識もなくなっちゃったんだと、思う」

「はあ!?」

「獣もユリアの一部だったんだよ。
 前は、そこまで深く眠らせるつもりはなかったから……獣の意識は残ってて……」

 何度目かの轟音が響き、大地に亀裂が入った。

「よく分かんねえ……。よく分かんねえけど、状況は理解した。
 それで、どうやったらユリアは起こせるんだ?
 その指輪で何とかできないのか?」

「この指輪は、眠らせることしか……できない」

「自然に起きるのを待つしかないってことかよ……!」

「待っても……無理だと、思う……」

 セシルは、眠りが深すぎるから、と消え入りそうな声で続けた。

「……クソ」

 オレは激しくやり合うヴィンセントと……ユリアを見た。
 一目で、ヴィンセントの消耗度合いが酷いことが分かる。
 彼でなければ、今頃八つ裂きにされているだろうし、
 オレたちだって無事ではないだろう。

(一体、どうすれば……)

 地面を雨の雫が跳ねている。
 雷鳴に激しい剣戟の音が重なる。
 稲光が光って、遅れて雷鳴が轟いた。
 同時に、ヴィンセントの巨躯が勢いよくコチラに吹っ飛んできた。

「ぐっ……!」

「ヴィンセント!」

 彼は泥の上を転がり、片膝をついて立ち上がる。
 彼は暴走状態のユリアを睨みつけながら、口を開いた。

「……隙を見て、逃げろ。俺ではヤツを倒せない」

「それはできねぇ。……止めねぇと」

「なに?」

「アイツは……アイツが、ユリアなんだ」

 ヴィンセントがオレを振り返った。

「ユリアだと?」

 あんな状態で街に下りるようなことになれば、
 被害は甚大なものになる。
 教会は本腰を入れてユリアを討伐にやってくるだろうし、
 なにより、アイツ自身が自分を許さないだろう。

 ヴィンセントは表情を険しくすると、低く唸った。

「……しかし、俺たちで彼を止めることは不可能だ」

「分かってる。だが、だからってーー」

 周囲を見渡していたユリアが、コチラを見た。
 地面を蹴る。
 雨の膜を破って、黒い影が踊りかかってくる。

 咄嗟にオレはヴィンセントの前に体を滑り込ませた。
 ただ、これ以上、ユリアに誰かを傷つけて欲しくない一心だった。

 一瞬で、距離がゼロになる。
 コマ送りのように、そいつは腕を振り上げ、オレを横殴りした。

「……ッ!」

 骨が軋んで、折れて、皮膚を突き破る。
 痛みに声すら出ず、ひゅっと浅く空気を吸い込む。
 そのままオレの体は瓦礫に叩きつけられた。
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