人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード16

ユリアと獣(2)

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* * *

 雨はどんどん激しさを増し、殴りつけるようだった。

 馬を借りて街を出たオレとヴィンセントは、
 白い雨の膜の向こうに、屋敷を中心に森の大部分が吹き飛ばされているのを目にした。
 木々が粉々に砕かれ、剥き出しになった大地が深く抉られている。

「アイツ、何してんだよ……!」

 こんなことをするのは、ヤツしかいない。

 オレたちは、ぬかるんだ道を慎重に進んだ。
 途中で馬たちが怯えて一歩も動かなくなってしまい、
 徒歩で行かざるを得なかった。

 耳をつんざくほどの、雷鳴が轟く。
 森全体の空気が重かった。呼吸するのも困難に感じるほどだ。

 やがて、辿り着いた先の屋敷は半壊していた。

「なっ……! ユリア!?」

「待て」

 駆け出そうとしたオレを、ヴィンセントが止める。
 はっとして、彼の目線の先を見やれば、
 もとはユリアの部屋であっただろう場所に、一つのシルエットが立っていた。

 黒い。
 闇よりもなお暗いナニカが凝っている。

 怨念のようなソレは、
 まるで大地から沸き上がったかのように立っていた。

 大きさはオレの身長の倍くらい。
 体の輪郭は、闇に溶けてぼやけていたが、
 背には、コウモリを思わせる皮膜のような翼があるのが見て取れる。
 頭部の辺りで禍々しく輝く赤い光は、目だろうか。

 『化け物』

 そんな言葉が脳裏を過る、凶悪なものだった。

「ヴィンセント。なんなんだよ、あれは……」

「分からん。だが、アイツが森を吹き飛ばしたんだろう」

 何故、あんなものが屋敷にいる?
 ユリアは無事か? セシルは……

 化け物はゆっくりと周囲を見渡すと、苛立たしげに手を振るった。
 その瞬間、近くの木々が幹ごと折れる。
 余りに呆気なく吹き飛ばされて、劇場の舞台装置みたいだった。

「ガアアアアア!」

 ソレは何かが気に食わないのか、咆哮と共に何度も何度も腕を振るい、
 破壊の限りを尽くした。
 その度に、轟音が響き渡り大地が割れた。

「俺がアイツをおびき出す。お前は屋敷に行ってくれ」

 ヴィンセントが化け物から目を逸らさずに言った。

「おびき出すって、何するんだよ」

「とにかく、時間を稼ぐ。
 その間にセシルとユリアを探せ。
 2人が居るとすれば、奴の足元か残った屋敷の中しか考えられない」

 そう言い置くと、彼は背負っていた大剣を引き抜いて、屋敷に向かった。
 オレは足を忍ばせると迂回する。

 チラリと化け物を振り返れば、ヤツの姿がかき消えていた。
 ヴィンセントに気付いたのだ。

 重く、鈍い音がたって、空気が振動した。
 突撃する化け物をヴィンセントが大剣で受け止めていた。

 刹那、彼はオレに行けと目で告げると、
 地面に向けていた刃先を上へと反転させる。
 化け物は素早く退き、またすぐ地を蹴ってヴィンセントに躍りかかった。

 オレは一息に、崩れ落ちた屋敷まで走った。
 瓦礫を退かして中に潜り込み、オレは微かな声でユリアを呼んだ。

「ユリア! 何処だ、ユリア……!」

 瓦礫の山を掻き分ける。
 爪が割れて指先に血が滲んだが、気にしている場合ではない。
 手当たり次第に壁や床の残骸を退かしていく。

 すると、真っ白な手が見えた。

 小さい手だ。血に濡れている。
 息を飲めば、その色を失った指先がピクリと動いた。

 オレは急いで、その上に重なる大きな石材を退かし、手を引っ張った。
 瓦礫に埋まっていた人物が、露わになる。

「う……」

 ――セシルだ。

「セシル」

 オレは見るも無惨な様子のセシルを、そっと抱き起こした。
 死徒である彼には、自然治癒の力があると分かってはいても、
 思わず目を背けたくなる惨状だ。

「セシル。おい。起きろ。何があった?」

 根気よく声をかけ続けると、
 セシルは薄く瞼を持ち上げた。

「あ――」

 その時、後ろの方で再び轟音が響き渡って大地が揺れた。
 セシルはハッと我に返るやいなや、ガタガタと震え出す。

「ボ、ボクは言われた通りにしただけだ。
 ユリアが、ユリアが、聞いてくれたなら、ボクだってアイツの言うことなんて――」

 大きな目に涙をいっぱいに溜めて、しゃがれた声を絞り出す。

「ユリアがなんだって?」

 問いには答えず、彼は両耳を手で塞いで体を丸めた。
 酷いパニック状態のようで、彼は首を振り続ける。

 そんなセシルの腕を、オレは強めに引っ張った。

「……っ!」

「落ち着けよ。
 ここで何があったのか、お前しか分からないんだ」

 虚ろな瞳が次第に理性の色を取り戻していく。
 彼は荒い呼吸を繰り返しながら、ポロポロと涙を流して、
 それから顔をくしゃりとさせた。

「あ……ぁ…………ど、どうしよう。
 ユリアが――壊れちゃった」
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