64 / 224
エピソード16
ユリアと獣(2)
しおりを挟む
* * *
雨はどんどん激しさを増し、殴りつけるようだった。
馬を借りて街を出たオレとヴィンセントは、
白い雨の膜の向こうに、屋敷を中心に森の大部分が吹き飛ばされているのを目にした。
木々が粉々に砕かれ、剥き出しになった大地が深く抉られている。
「アイツ、何してんだよ……!」
こんなことをするのは、ヤツしかいない。
オレたちは、ぬかるんだ道を慎重に進んだ。
途中で馬たちが怯えて一歩も動かなくなってしまい、
徒歩で行かざるを得なかった。
耳をつんざくほどの、雷鳴が轟く。
森全体の空気が重かった。呼吸するのも困難に感じるほどだ。
やがて、辿り着いた先の屋敷は半壊していた。
「なっ……! ユリア!?」
「待て」
駆け出そうとしたオレを、ヴィンセントが止める。
はっとして、彼の目線の先を見やれば、
もとはユリアの部屋であっただろう場所に、一つのシルエットが立っていた。
黒い。
闇よりもなお暗いナニカが凝っている。
怨念のようなソレは、
まるで大地から沸き上がったかのように立っていた。
大きさはオレの身長の倍くらい。
体の輪郭は、闇に溶けてぼやけていたが、
背には、コウモリを思わせる皮膜のような翼があるのが見て取れる。
頭部の辺りで禍々しく輝く赤い光は、目だろうか。
『化け物』
そんな言葉が脳裏を過る、凶悪なものだった。
「ヴィンセント。なんなんだよ、あれは……」
「分からん。だが、アイツが森を吹き飛ばしたんだろう」
何故、あんなものが屋敷にいる?
ユリアは無事か? セシルは……
化け物はゆっくりと周囲を見渡すと、苛立たしげに手を振るった。
その瞬間、近くの木々が幹ごと折れる。
余りに呆気なく吹き飛ばされて、劇場の舞台装置みたいだった。
「ガアアアアア!」
ソレは何かが気に食わないのか、咆哮と共に何度も何度も腕を振るい、
破壊の限りを尽くした。
その度に、轟音が響き渡り大地が割れた。
「俺がアイツをおびき出す。お前は屋敷に行ってくれ」
ヴィンセントが化け物から目を逸らさずに言った。
「おびき出すって、何するんだよ」
「とにかく、時間を稼ぐ。
その間にセシルとユリアを探せ。
2人が居るとすれば、奴の足元か残った屋敷の中しか考えられない」
そう言い置くと、彼は背負っていた大剣を引き抜いて、屋敷に向かった。
オレは足を忍ばせると迂回する。
チラリと化け物を振り返れば、ヤツの姿がかき消えていた。
ヴィンセントに気付いたのだ。
重く、鈍い音がたって、空気が振動した。
突撃する化け物をヴィンセントが大剣で受け止めていた。
刹那、彼はオレに行けと目で告げると、
地面に向けていた刃先を上へと反転させる。
化け物は素早く退き、またすぐ地を蹴ってヴィンセントに躍りかかった。
オレは一息に、崩れ落ちた屋敷まで走った。
瓦礫を退かして中に潜り込み、オレは微かな声でユリアを呼んだ。
「ユリア! 何処だ、ユリア……!」
瓦礫の山を掻き分ける。
爪が割れて指先に血が滲んだが、気にしている場合ではない。
手当たり次第に壁や床の残骸を退かしていく。
すると、真っ白な手が見えた。
小さい手だ。血に濡れている。
息を飲めば、その色を失った指先がピクリと動いた。
オレは急いで、その上に重なる大きな石材を退かし、手を引っ張った。
瓦礫に埋まっていた人物が、露わになる。
「う……」
――セシルだ。
「セシル」
オレは見るも無惨な様子のセシルを、そっと抱き起こした。
死徒である彼には、自然治癒の力があると分かってはいても、
思わず目を背けたくなる惨状だ。
「セシル。おい。起きろ。何があった?」
根気よく声をかけ続けると、
セシルは薄く瞼を持ち上げた。
「あ――」
その時、後ろの方で再び轟音が響き渡って大地が揺れた。
セシルはハッと我に返るやいなや、ガタガタと震え出す。
「ボ、ボクは言われた通りにしただけだ。
ユリアが、ユリアが、聞いてくれたなら、ボクだってアイツの言うことなんて――」
大きな目に涙をいっぱいに溜めて、しゃがれた声を絞り出す。
「ユリアがなんだって?」
問いには答えず、彼は両耳を手で塞いで体を丸めた。
酷いパニック状態のようで、彼は首を振り続ける。
そんなセシルの腕を、オレは強めに引っ張った。
「……っ!」
「落ち着けよ。
ここで何があったのか、お前しか分からないんだ」
虚ろな瞳が次第に理性の色を取り戻していく。
彼は荒い呼吸を繰り返しながら、ポロポロと涙を流して、
それから顔をくしゃりとさせた。
「あ……ぁ…………ど、どうしよう。
ユリアが――壊れちゃった」
雨はどんどん激しさを増し、殴りつけるようだった。
馬を借りて街を出たオレとヴィンセントは、
白い雨の膜の向こうに、屋敷を中心に森の大部分が吹き飛ばされているのを目にした。
木々が粉々に砕かれ、剥き出しになった大地が深く抉られている。
「アイツ、何してんだよ……!」
こんなことをするのは、ヤツしかいない。
オレたちは、ぬかるんだ道を慎重に進んだ。
途中で馬たちが怯えて一歩も動かなくなってしまい、
徒歩で行かざるを得なかった。
耳をつんざくほどの、雷鳴が轟く。
森全体の空気が重かった。呼吸するのも困難に感じるほどだ。
やがて、辿り着いた先の屋敷は半壊していた。
「なっ……! ユリア!?」
「待て」
駆け出そうとしたオレを、ヴィンセントが止める。
はっとして、彼の目線の先を見やれば、
もとはユリアの部屋であっただろう場所に、一つのシルエットが立っていた。
黒い。
闇よりもなお暗いナニカが凝っている。
怨念のようなソレは、
まるで大地から沸き上がったかのように立っていた。
大きさはオレの身長の倍くらい。
体の輪郭は、闇に溶けてぼやけていたが、
背には、コウモリを思わせる皮膜のような翼があるのが見て取れる。
頭部の辺りで禍々しく輝く赤い光は、目だろうか。
『化け物』
そんな言葉が脳裏を過る、凶悪なものだった。
「ヴィンセント。なんなんだよ、あれは……」
「分からん。だが、アイツが森を吹き飛ばしたんだろう」
何故、あんなものが屋敷にいる?
ユリアは無事か? セシルは……
化け物はゆっくりと周囲を見渡すと、苛立たしげに手を振るった。
その瞬間、近くの木々が幹ごと折れる。
余りに呆気なく吹き飛ばされて、劇場の舞台装置みたいだった。
「ガアアアアア!」
ソレは何かが気に食わないのか、咆哮と共に何度も何度も腕を振るい、
破壊の限りを尽くした。
その度に、轟音が響き渡り大地が割れた。
「俺がアイツをおびき出す。お前は屋敷に行ってくれ」
ヴィンセントが化け物から目を逸らさずに言った。
「おびき出すって、何するんだよ」
「とにかく、時間を稼ぐ。
その間にセシルとユリアを探せ。
2人が居るとすれば、奴の足元か残った屋敷の中しか考えられない」
そう言い置くと、彼は背負っていた大剣を引き抜いて、屋敷に向かった。
オレは足を忍ばせると迂回する。
チラリと化け物を振り返れば、ヤツの姿がかき消えていた。
ヴィンセントに気付いたのだ。
重く、鈍い音がたって、空気が振動した。
突撃する化け物をヴィンセントが大剣で受け止めていた。
刹那、彼はオレに行けと目で告げると、
地面に向けていた刃先を上へと反転させる。
化け物は素早く退き、またすぐ地を蹴ってヴィンセントに躍りかかった。
オレは一息に、崩れ落ちた屋敷まで走った。
瓦礫を退かして中に潜り込み、オレは微かな声でユリアを呼んだ。
「ユリア! 何処だ、ユリア……!」
瓦礫の山を掻き分ける。
爪が割れて指先に血が滲んだが、気にしている場合ではない。
手当たり次第に壁や床の残骸を退かしていく。
すると、真っ白な手が見えた。
小さい手だ。血に濡れている。
息を飲めば、その色を失った指先がピクリと動いた。
オレは急いで、その上に重なる大きな石材を退かし、手を引っ張った。
瓦礫に埋まっていた人物が、露わになる。
「う……」
――セシルだ。
「セシル」
オレは見るも無惨な様子のセシルを、そっと抱き起こした。
死徒である彼には、自然治癒の力があると分かってはいても、
思わず目を背けたくなる惨状だ。
「セシル。おい。起きろ。何があった?」
根気よく声をかけ続けると、
セシルは薄く瞼を持ち上げた。
「あ――」
その時、後ろの方で再び轟音が響き渡って大地が揺れた。
セシルはハッと我に返るやいなや、ガタガタと震え出す。
「ボ、ボクは言われた通りにしただけだ。
ユリアが、ユリアが、聞いてくれたなら、ボクだってアイツの言うことなんて――」
大きな目に涙をいっぱいに溜めて、しゃがれた声を絞り出す。
「ユリアがなんだって?」
問いには答えず、彼は両耳を手で塞いで体を丸めた。
酷いパニック状態のようで、彼は首を振り続ける。
そんなセシルの腕を、オレは強めに引っ張った。
「……っ!」
「落ち着けよ。
ここで何があったのか、お前しか分からないんだ」
虚ろな瞳が次第に理性の色を取り戻していく。
彼は荒い呼吸を繰り返しながら、ポロポロと涙を流して、
それから顔をくしゃりとさせた。
「あ……ぁ…………ど、どうしよう。
ユリアが――壊れちゃった」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,047
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる