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エピソード12
来訪者(5)
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『他の人と、あっ、あんなことをするだなんて、容認できません!』
水で体を清めた後、ズボンだけ穿いた格好で、オレは自室の鏡の前に立った。
顔を真っ赤にして、ちょっと怒った様子だったユリアを思うと、
なんだかモヤモヤしてくる。
彼の価値観は、オレにはよくわからなかった。
『鍋の底』では、それで生計を立てる人間が多かったし、そういうヤツの方が
良識的だった。母親も例に漏れず娼婦だったし。
オレにとって、体を重ねることは特別なことじゃない。
金が稼げる。気持ちが良い。暇潰しにもなる。
あと、話すよりもずっと相手に気持ちが伝わりやすい。そんなツールだ。
オレは鏡に手を伸ばした。
灯りに照らされた肌に浮かび上がる傷痕に、戦場を駆けた過去の記憶が蘇る。
初めて男に抱かれたのは、年端もいかない頃――傭兵に入ってすぐのことだった。
新しいメンバーを求めて、ある多国籍の傭兵組織が街にやって来た。
その時はちょうど母親が臨月で、生活はかなり厳しく、
とにかく金が欲しかったオレは、知人の勧めで組織の世話になることを決めた。
そこは、オレと同じ年の10歳の少年兵から、70歳までの老兵で組織されていた。
トップは年若い男で、組織の平均年齢は46、7くらい。
陽気なおっさんたちは各地を回っているだけあって、
面白い話をたくさん持っていたし、みんな入ったばかりのオレによくしてくれた。
加えて、腹がいっぱいになるほどの飯に、清潔な服、寝床もある。
命をかけること、利他的に人を殺すことは、これほどの対価を得られるのだと、
当時のオレは随分と感動した。
そんな浮かれた気持ちも、
初日――オモチャみたいな粗悪な剣が支給された夜までだった。
年少組のテントにやってきた仲間に、オレは輪された。
大人複数人に、ガキが抵抗なんてできるわけがない。
最悪な初体験だった。痛いし汚いし臭いし。
だけどそれは、組織内における自分の立場を理解するのには十分な出来事だった。
女を戦場に連れ回すわけにはいかないから、
組織の中で最も弱いものが性欲の捌け口になる。
事後、皮膚がめくれるほど体を洗いながら、オレは「そりゃそーだ」と思った。
傭兵組織は慈善事業じゃない。
剣も使えないガキに、飯や寝床を提供する理由を考えれば自ずと答えは出る。
幸いだったのは、おっさんたちが悪いヤツばかりじゃなかったことと、
オレに剣の使い方を教えてくれたことだ。
オレは夢中になって剣術を学んだ。
傭兵としての仕事をこなせばこなすほど、夜の相手をすることも減り、
襲ってきたヤツをぶっ飛ばすことも出来るようになった。
だから、男娼になろうと決めた時、大して悩むこともなかった。
給料は減ったが、命の危険はほぼないし、客は清潔な方だし、
家族から離れる必要もない。良いこと尽くめだと思ったくらいだ。
……アイツはオレの過去を知ったら、どんな顔をするんだろう。
ふと、そんな疑惑が脳裏に去来した。
頭を振ると、濡れた髪の先から水滴が飛ぶ。
鏡の表面の水を指で拭えば、ふいに鏡の中の自分と目が合ってドキリとした。
「あれ……?」
瞳の色が以前と違う気がする。
『バンの瞳は緑だから、お父さんはきっとあの人ね』
笑って告げる母を思い出す。……そう、オレの瞳は緑だったはずだ。
それなのに今、鏡の中の男は、金に近い色の瞳をしている。
「なんで……」
その時、部屋の扉が鳴った。
このノックの仕方は、ユリアだ。
「……どうした? 眠れな――」
扉を開けた途端、抱きしめられた。
「良かった。部屋にいた」
「何処に行くっていうんだよ」
「……セシルさんのとことか?」
「まだそんなこと言ってんのか」
呆れれば、ユリアはクスッと小さく笑う。
「冗談ですよ。……あなたのこと、抱きしめて眠りたくて。いい?」
頬に手を添えて、上向かせられる。
「許可がいるのか? オレ、お前の恋人なんだろ?」
オレはニッと口の端を持ち上げると、唇を寄せた。
水で体を清めた後、ズボンだけ穿いた格好で、オレは自室の鏡の前に立った。
顔を真っ赤にして、ちょっと怒った様子だったユリアを思うと、
なんだかモヤモヤしてくる。
彼の価値観は、オレにはよくわからなかった。
『鍋の底』では、それで生計を立てる人間が多かったし、そういうヤツの方が
良識的だった。母親も例に漏れず娼婦だったし。
オレにとって、体を重ねることは特別なことじゃない。
金が稼げる。気持ちが良い。暇潰しにもなる。
あと、話すよりもずっと相手に気持ちが伝わりやすい。そんなツールだ。
オレは鏡に手を伸ばした。
灯りに照らされた肌に浮かび上がる傷痕に、戦場を駆けた過去の記憶が蘇る。
初めて男に抱かれたのは、年端もいかない頃――傭兵に入ってすぐのことだった。
新しいメンバーを求めて、ある多国籍の傭兵組織が街にやって来た。
その時はちょうど母親が臨月で、生活はかなり厳しく、
とにかく金が欲しかったオレは、知人の勧めで組織の世話になることを決めた。
そこは、オレと同じ年の10歳の少年兵から、70歳までの老兵で組織されていた。
トップは年若い男で、組織の平均年齢は46、7くらい。
陽気なおっさんたちは各地を回っているだけあって、
面白い話をたくさん持っていたし、みんな入ったばかりのオレによくしてくれた。
加えて、腹がいっぱいになるほどの飯に、清潔な服、寝床もある。
命をかけること、利他的に人を殺すことは、これほどの対価を得られるのだと、
当時のオレは随分と感動した。
そんな浮かれた気持ちも、
初日――オモチャみたいな粗悪な剣が支給された夜までだった。
年少組のテントにやってきた仲間に、オレは輪された。
大人複数人に、ガキが抵抗なんてできるわけがない。
最悪な初体験だった。痛いし汚いし臭いし。
だけどそれは、組織内における自分の立場を理解するのには十分な出来事だった。
女を戦場に連れ回すわけにはいかないから、
組織の中で最も弱いものが性欲の捌け口になる。
事後、皮膚がめくれるほど体を洗いながら、オレは「そりゃそーだ」と思った。
傭兵組織は慈善事業じゃない。
剣も使えないガキに、飯や寝床を提供する理由を考えれば自ずと答えは出る。
幸いだったのは、おっさんたちが悪いヤツばかりじゃなかったことと、
オレに剣の使い方を教えてくれたことだ。
オレは夢中になって剣術を学んだ。
傭兵としての仕事をこなせばこなすほど、夜の相手をすることも減り、
襲ってきたヤツをぶっ飛ばすことも出来るようになった。
だから、男娼になろうと決めた時、大して悩むこともなかった。
給料は減ったが、命の危険はほぼないし、客は清潔な方だし、
家族から離れる必要もない。良いこと尽くめだと思ったくらいだ。
……アイツはオレの過去を知ったら、どんな顔をするんだろう。
ふと、そんな疑惑が脳裏に去来した。
頭を振ると、濡れた髪の先から水滴が飛ぶ。
鏡の表面の水を指で拭えば、ふいに鏡の中の自分と目が合ってドキリとした。
「あれ……?」
瞳の色が以前と違う気がする。
『バンの瞳は緑だから、お父さんはきっとあの人ね』
笑って告げる母を思い出す。……そう、オレの瞳は緑だったはずだ。
それなのに今、鏡の中の男は、金に近い色の瞳をしている。
「なんで……」
その時、部屋の扉が鳴った。
このノックの仕方は、ユリアだ。
「……どうした? 眠れな――」
扉を開けた途端、抱きしめられた。
「良かった。部屋にいた」
「何処に行くっていうんだよ」
「……セシルさんのとことか?」
「まだそんなこと言ってんのか」
呆れれば、ユリアはクスッと小さく笑う。
「冗談ですよ。……あなたのこと、抱きしめて眠りたくて。いい?」
頬に手を添えて、上向かせられる。
「許可がいるのか? オレ、お前の恋人なんだろ?」
オレはニッと口の端を持ち上げると、唇を寄せた。
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