人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード9

心臓のない王(6)

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 赤い獣の瞳に自分が映っている。

「貴様、臆病風に吹かれて尻をまくって逃げたのではないのか」

「ああそうだ。オレはお前が怖い。
 だが、気付いたんだよ。
 オレは――『お前』を傷つけても、側にいたいって」

「……なに?」

「ユリア」

 オレはゆっくりと息を吐き出すと、口を開いた。

「戻ってこい」

「ふ……残念だったな。奴なら、俺の中で眠っている」

「なら、起こす」

 オレは獣の頬を両手で包み込んだ。

「大丈夫だ。お前は誰も殺してねぇよ。
 教会の男たちは、屋敷を出て行った」

「……うるさい」

 ちらりと部屋の端へ目を向けたオレは、内心で胸を撫で下ろす。

「メイドたちも、平気そうだぞ」

「黙れ」

 使用人たちは不死なのだろう。
 視界の端で、彼らがフラつきながらも体を起こすのが見えた。

「ユリア」

「その名を呼ぶな!」

 獣の鉤爪が首に食い込んで、プツ、と皮膚が破れる音がした。

「ユリア!!」

「……ッ!!」

 獣の手が弾かれるように、オレから離れる。

「何故だ……この、俺が……ヤツのような、腰抜けに……
 ふざけるな、ふざけるなよ、この、体は俺のものだ……
 真の王たる、この、俺のっ……!」

 獣が頭を抱える。やがて、天井を仰ぎ大きな口を開けた。

「おおおおおおおおッ!!」

 鉤爪を壁に突き立て、獣はオレに燃えるように赤い眼差しを向けた。

「貴様のソレは……必ず返してもらう。この、体もそうだ。
 覚えていろ、俺は、必ず……ッ」

 地の底を這うような声で告げ、獣は糸が切れたように地に崩れ落ちる。
 束の間、突き刺すような静寂が落ち、
 彼の白い毛並みがゆっくりと人の皮膚へと変わっていった。

 白髪が緩やかにウェーブをかき、飴色が戻る。

 オレはしゃがみ込むと、生まれたままの姿のユリアに上着を羽織った。
 それからそっと震える指先で彼の髪を撫でた。

「おはよ、ユリア」
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