人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード9

心臓のない王(1)

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 ――森が静まり返っている。


「ユリア様」

 窓の外を眺めていた僕はカーテンを閉めると、メイド長の声に振り返った。

「何者かが森へ侵入したようです」

「うん……音が聞こえる。蹄の音だ。
 相手は、10人かな。教会の人間だと思う」

 招かれざる客がこの森に踏み入れば、半日と迷うよう結界が張られている。
 にも関わらず、真っ直ぐにこの屋敷に向かっていることから、
 彼らはそれなりに力のある人たち――教会の異端処刑官なのだと予想がついた。

 異端処刑官――教会が異端と認定したモノを屠るスペシャリストたちだ。

「いかがなさいますか」

「隠し部屋へ避難しよう。
 痕跡が見つからなければ、彼らも諦めて帰っていくよ。
 だから、すぐに消してくれ」

 僕の言葉に、メイド長は頷くと部屋を出ていく。

「見つからなければ……。
 ううん、絶対に見つからないようにしないと」

 祖父の用意してくれた使用人たちは、夜の眷属だ。陽の光に弱い。
 いくら鬱蒼とした森の中とは言え、
 真昼間から彼女たち全員を連れて外に逃げるのは危険だ。

「大丈夫。うまく隠れられる」

 僕は深呼吸をした。
 見つかるわけにはいかなかった。
 見つかれば、いな、戦闘になったならば、獣が目覚めて、そうして……

 誰も殺したくない。
 次に誰かを殺してしまったら、
 僕はもう僕ではいられなくなってしまう……そう思うから。

 ……自分を手放した方が、楽になれるのかもしれないけれど。

 そんな考えを僕は慌てて振り払う。

 バンさんは、戻って来ると約束してくれた。

 僕はふぅっと息を吹き掛けて、部屋の灯りを消す。

「大丈夫」

 言い聞かせるように繰り返し呟いて、僕は使用人と一緒に隠し部屋へと向かった。

* * *

 鬱蒼とした森の奥深くに、
 ぽつねんと豪奢な屋敷があった。

「……」

 ゲオルグ隊長が目だけで合図を飛ばすと、
 5人の異端処刑官たちは、抜き身の剣を手に玄関から中へと足を踏み入れた。

 屋敷の中はシンと静まり返っていた。
 昼間だと言うのに真っ暗で、一切の気配がない。
 廊下に並ぶ調度品の数々は、元は麗しいものだったのだろうが、今では埃が積み重なって見る影もない。
 まるで屋敷は、高貴な人間の墓のようだった。

「……静かですね」

 部下の一人が呟く。
 人外の相手に、人間の「忍ぶ」など大した意味はない。森に踏み入った時には気付かれている。

 ゲオルグは慎重に進んでいった。

 相手はシーズンズ――夜の眷属12の家柄の一人。
 古代より生き続ける、特別なヴァンパイア。
 更に言うならば、今回の獲物は七月の王と呼ばれる最凶の一人だ。
 こちらの目的も、人数も、装備すら伝わっていると考えた方がいい。

 屋敷は死んだように沈黙している。

 無用な戦いを疎んで、屋敷を捨てる可能性もなくはなかった。
 しかし……

 ゲオルグは壁掛け照明を注意深く見た。
 ロウソクの埃が、微かに焦げている。

 ゲオルグは振り返ると、無言で頷いた。
 それに呼応するように、部下たちが銀の剣を構える。

「――狩りを始めるぞ」

 ゲオルグは口の中で呟いた。
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