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エピソード8
異端処刑官(1)
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「意外と、この森って小さかったんだな」
初めて屋敷に来た時、なんて大きな森なんだろうと思ったが、
馬で森を走って見れば、なんてことはない普通の森だ。
抜けるのに、3時間もかからないだろう。
前に来た時は夜だったから、余計に大きく感じたのかもしれない。
森は鬱蒼として暗かったが、ゆったりとした時間が流れる場所だった。時折、野ウサギが前を横切ったり、リスが木の実を食べているのを目撃した。
「ユリア……」
……本当に一人にして、良かったんだろうか。
ふと頭に浮かんだ不安を、オレは慌てて振り払った。
あの夜を乗り越えないまま、ユリアの傍にはいられない。
ユリアのために、オレに出来ることをしよう。
あの力を抑える方法を探し出して、過去を乗り越えて、そうしてまた彼に会いにいこう。
なのに。
心は納得出来ていない。
離れたくない。ユリアの傍にいたい。
気持ちばかりが、空回る。
「……なんだ?」
その時、ふいに森から一切の音が消えた。
先ほどまでいた野ウサギやリスが姿を消し、張り詰めた静寂が落ちる。
オレは少し離れた先に何者かの気配を感じて、道を逸れた。
そのまま森の深くへと馬を進める。
ついで街道から離れすかさず馬から降りたオレは、来た道を戻った。
やがて、馬の蹄の音が近づいてきた。
それも、1頭や2頭ではない。
木陰に身を潜め、息を詰めて気配の元を待てば、
武装した10人ほどの馬に乗った男たちが視界に飛び込んできた。
「こんな場所にヴァンパイアの根城があるなんて……」
「こんな場所、だからこそだろうな」
男たちの声。
見れば腰には見たこともない細身の剣を携えている。
「諜報部の連中がようやく見つけたんだ。失敗は許されんぞ」
「それは分かっています。
ですが、シーズンズの1人が人間を連れていたという情報が気になって……」
「餌にするために連れて行ったのだろう」
「そうかもしれませんが、わざわざ連れて行く理由はなんでしょうか?
どうにもそこが腑に落ちないのです」
「罠だとでも言いたいのか?」
「その可能性が高いかと」
「臆病風にでも吹かれたのか。
化け物を恐れていては、異端処刑官は務まらないぞ?」
「そういうわけでは!」
「あまり虐めてやるな。初めての任務だ、緊張しているのさ」
「すまんな。緊張をほぐしてやろうと思ったんだが、逆効果だったか」
「奴らが何を仕掛けようと、我々がやるべきことは変わらん」
そう言って振り返ったのは、
他の男たちとは明らかに違う鎧をまとった壮年の男だった。
肩口にはいくつもの勲章がぶら下がっているのが見える。
「この機を逃せば、次に近付けるのはいつになるか分からん。
たとえ罠を張っていようが、それを打ち崩し奴の心の臓に杭を打ち込むだけだ」
「はい……」
男たちが立ち去ると、オレは詰めていた息を吐き出した。
……アイツら、教会の人間だ。
男たちが身につけていた鎧の文様には、見覚えがあった。
大地に突き刺さった聖槍を中心に、それを囲む2匹のヤモリが互いの尻尾を噛み合っている。
それは大陸宗教の教会のシンボル。
オレはすぐさま踵を返した。
男たちはユリアが住む屋敷に向かっている。
目的は多分『バケモノ退治』。
話から考えるに、彼らはユリアの叔父を追ってここまで来たようだ。
彼が連れていたという人間は、オレのことに違いない。
「後で迎えに行くから。森から出るなよ」
オレは馬と合流すると轡を取り外してその尻を叩いた。
ついで屋敷に向かって駆け出す。
男たちがユリアと出会ったら?
彼が教会の男たちに何かすることはないだろう。けれど、獣は?
もし、ユリアが意識を失って、獣が表に出てくるようなことがあったら……
ヤツは容赦なく、殺すに違いない。
そうしたら、ユリアは――
「……殺させねぇ。絶対に」
オレは最新の注意を払いながら森を迂回し、屋敷を目指した。
初めて屋敷に来た時、なんて大きな森なんだろうと思ったが、
馬で森を走って見れば、なんてことはない普通の森だ。
抜けるのに、3時間もかからないだろう。
前に来た時は夜だったから、余計に大きく感じたのかもしれない。
森は鬱蒼として暗かったが、ゆったりとした時間が流れる場所だった。時折、野ウサギが前を横切ったり、リスが木の実を食べているのを目撃した。
「ユリア……」
……本当に一人にして、良かったんだろうか。
ふと頭に浮かんだ不安を、オレは慌てて振り払った。
あの夜を乗り越えないまま、ユリアの傍にはいられない。
ユリアのために、オレに出来ることをしよう。
あの力を抑える方法を探し出して、過去を乗り越えて、そうしてまた彼に会いにいこう。
なのに。
心は納得出来ていない。
離れたくない。ユリアの傍にいたい。
気持ちばかりが、空回る。
「……なんだ?」
その時、ふいに森から一切の音が消えた。
先ほどまでいた野ウサギやリスが姿を消し、張り詰めた静寂が落ちる。
オレは少し離れた先に何者かの気配を感じて、道を逸れた。
そのまま森の深くへと馬を進める。
ついで街道から離れすかさず馬から降りたオレは、来た道を戻った。
やがて、馬の蹄の音が近づいてきた。
それも、1頭や2頭ではない。
木陰に身を潜め、息を詰めて気配の元を待てば、
武装した10人ほどの馬に乗った男たちが視界に飛び込んできた。
「こんな場所にヴァンパイアの根城があるなんて……」
「こんな場所、だからこそだろうな」
男たちの声。
見れば腰には見たこともない細身の剣を携えている。
「諜報部の連中がようやく見つけたんだ。失敗は許されんぞ」
「それは分かっています。
ですが、シーズンズの1人が人間を連れていたという情報が気になって……」
「餌にするために連れて行ったのだろう」
「そうかもしれませんが、わざわざ連れて行く理由はなんでしょうか?
どうにもそこが腑に落ちないのです」
「罠だとでも言いたいのか?」
「その可能性が高いかと」
「臆病風にでも吹かれたのか。
化け物を恐れていては、異端処刑官は務まらないぞ?」
「そういうわけでは!」
「あまり虐めてやるな。初めての任務だ、緊張しているのさ」
「すまんな。緊張をほぐしてやろうと思ったんだが、逆効果だったか」
「奴らが何を仕掛けようと、我々がやるべきことは変わらん」
そう言って振り返ったのは、
他の男たちとは明らかに違う鎧をまとった壮年の男だった。
肩口にはいくつもの勲章がぶら下がっているのが見える。
「この機を逃せば、次に近付けるのはいつになるか分からん。
たとえ罠を張っていようが、それを打ち崩し奴の心の臓に杭を打ち込むだけだ」
「はい……」
男たちが立ち去ると、オレは詰めていた息を吐き出した。
……アイツら、教会の人間だ。
男たちが身につけていた鎧の文様には、見覚えがあった。
大地に突き刺さった聖槍を中心に、それを囲む2匹のヤモリが互いの尻尾を噛み合っている。
それは大陸宗教の教会のシンボル。
オレはすぐさま踵を返した。
男たちはユリアが住む屋敷に向かっている。
目的は多分『バケモノ退治』。
話から考えるに、彼らはユリアの叔父を追ってここまで来たようだ。
彼が連れていたという人間は、オレのことに違いない。
「後で迎えに行くから。森から出るなよ」
オレは馬と合流すると轡を取り外してその尻を叩いた。
ついで屋敷に向かって駆け出す。
男たちがユリアと出会ったら?
彼が教会の男たちに何かすることはないだろう。けれど、獣は?
もし、ユリアが意識を失って、獣が表に出てくるようなことがあったら……
ヤツは容赦なく、殺すに違いない。
そうしたら、ユリアは――
「……殺させねぇ。絶対に」
オレは最新の注意を払いながら森を迂回し、屋敷を目指した。
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