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4、バーにて 前編
しおりを挟む思わず見入っていると、右隣に座っていた先客に声をかけられた。
「お兄さん、ここは初めてなんだって?
ここはいい店だろ?」
おそらく俺よりも年上と見られる男だった。
短く切りそろえられた黒髪をセンスよくセットしており、いかにも遊びなれているという風体をしている。
グレーの三つ揃えのスーツに、値が張りそうな黒の革靴、ブランド物のシルバーの時計。
どうやら俺が接待する取引先のお偉方と同じ部類と見て取れる。
自信有りげな表情から成功者の匂いが香ってくるようだ。
俺もこんなふうになれたらいいが、などと考えれば考えるほど虚しいものだ。
イケメン爆ぜろ。
「はい。とても雰囲気が良くてまだ来たばかりなのに居心地の良さを感じるほどです。それに、お酒も美味しそうで楽しみです。」
顔色をうかがいつつ、相手がほしい言葉選びをするのに長けてきたのは、あの接待のおかげという他ないだろう。
不快感を与えず、相手が話を繋げやすいように気を配るのはなかなかに神経を使うものだ。
ここには安らぎを求めてきたと言うのに.....。
まあ、いつものことであるし顔には出ないのだが。
「そうだろう!ここは俺のお気に入りのバーなんだ。
酒の味も保証するよ。なぁ、カイくん。」
男は嬉しそうに口角を上げ、バーテンダーにも話をふった。
どうやらバーテンダーの名前はカイくんと言うらしい。
話を振られたカイくんとやらは、
「ちょっと!紫吹さん!!!
そんなにハードル上げるようなこと言わ
ないでくださいよー!!
ただでさえ顔なじみじゃない人が久々に来て緊張してたのに!
さらにやりにくいじゃないですか!!!」
慌てて紫吹さんと言うらしい右隣の客にまくし立てていた。
この会話を聞く限り、この二人は親しい間柄にあるようだ。
「はははっ
まあそう言うなって!
カイくんの腕は確かなんだから。」
そう軽口を叩くところを見ると、とてもフレンドリーな人なんだと感じ取れる。
「お兄さんだって、カイくんの手さばきに見とれてたじゃないか!!
ねえ、お兄さん?」
....まさかこっちに飛び火するとは。
今日はつくづく疲れる。
「いえ、まあ…はい…。
とても手際が良くて驚きました。
すみません...不躾にじろじろと.....。」
そうわざと恥じ入ったように見せ、感想を述べると大体の人が気を良くするのは実証済みだ。
最後に思ってもいない謝罪の言葉を口にすると効果は抜群だ。
こうすれば大抵契約をとって帰えることができるから、やはり処世術というものは世を生きるうえで大切だなぁとしみじみ思う。
「いえっ!お客様を責めたつもりはまったくないんです!!!
そんなに気になさらないでください!!!!!」
先程から慌ててばかりで忙しそうな表情筋がもっと活躍してしまっている。
このカイくんはきっと普段からあの紫吹さんにからかわれているんだろうなぁ....。
イケメンはイケメンでも、カイくんのような人なら嫌味がなくていいと思う。
隣に視線をやると、思わずといったように紫吹さんが吹き出して爆笑している。
細めた目のはじから涙まで流すほどだ。
ひとしきり笑ったあと紫吹さんはまた俺に話を振ってきた。
「いや、すまないとてもカイくんの慌てようもそうだが、お兄さんもそんな反応をするとは思わなかったから。
ところでお兄さん、まだ名前を聞いていなかったね。
俺は、紫吹 昴と言う。お兄さんは?」
気を取り直し、居住まいを正すと自己紹介を始めた。
「俺は、秋神 偲と言います。」
「じゃあ、しのくんと呼ぼう!
しのくんは甘口のお酒が好きなのかい?」
「はい。辛口はどうも苦手でして、甘口は普段から好んで飲みますね。」
「そうか、騒がせてしまったお詫びに今夜の分は俺が払うよ。」
勝手にあだ名まで決めた紫吹さんは、そう言ってウィンクした。
「いえそんな訳には....!」
俺は狼狽えてそう答えた。
「いやいや、遠慮しないでくれ。
俺が奢りたいだけだから。」
紫吹さんが言うと、何故かカイくんまで、
「そうですよ!
紫吹さんはすぐ人口説きますけど、お金は持ってるんで気にしないでください!!」
となんとも失礼極まりない発言をして、紫吹さんに小突かれていた。
「カイくんの言うことは気にしないでくれ!
まあ俺が少し稼ぎがいいのは確かだから、一晩分奢るくらいならどうと言うことはないよ。
だから奢らせてくれ。」
そう言って聞き入れてくれる雰囲気がなさそうなので、俺は渋々奢ってもらうこととなった。
「すみません....。
初対面の方に奢ってもらうだなんてなんだか申し訳ないです。」
殊勝な態度で眉尻を下げて告げれば
「君と出会えた記念と考えれば随分と安いもんさ」
などと俺が言ったら確実に引かれるであろう気障な台詞も、紫吹さんは物にしてしまっている。
というか、この台詞は男に使うものなのだろうか…?
「?」
俺の困惑した表情を見て、紫吹さんは目を細めて笑みを深める。
どういう状況なのか全く掴めないが....
まあ気にすることはないか。
どうせ合うのは今夜限りだろうし。
そう考えているうちに、カクテルが出来上がっていたようで、カイくんがこちらの様子を見てタイミングを伺っていた。
目が合うとすぐに笑顔を浮かべ、
「どうぞ!」
とカクテルを出してくれた。
カクテルを受け取りお礼を言うと早速一口含んでみた。
「美味しい....。」
思わず口に出すと、カイくんが
「ホントですか!?
お口にあったようで良かったです!
これは一段と張り切って作ったので嬉しいです!!」
そう嬉しそうに笑っていた。
「俺の好きな味です。これはなんていうカクテルなんですか?」
これは次もいただきたいと思い、カクテル名を聞いておくことにした。
「これ、普通は女性に出すカクテルなんですが、秋風さんは甘口で女性が好みそうなのをよく飲むとおっしゃってたので “ルシアン” というカカオリキュールを使ったものをお出ししました。」
俺と紫吹さんの会話からも俺の好みを探っていたのか?
とても気遣いができる。
なるほどこれはバーテンダー向きの性質だなぁ、と妙に納得してしまった。
「ルシアンですね。
初めて飲みましたがとても気に入りました。」
そう言って笑顔を向けると、カイくんはなぜか顔を赤くして目を逸らしてしまった。
それを見た紫吹さんの目が、笑っていないような気がした。
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読んでくださった方ありがとうございます!
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区切りが悪くなってしまいました。
主人公∶秋風 偲(あきかぜ しのぶ)
気障なイケメン∶紫吹 昴(しぶき すばる)
バーテンダー∶カイくん
となっております。
わかりにくくてすみません。
カイくんは何故赤くなってしまったのか、そしてなぜ紫吹さんの目は笑っていなかったのか。
ルシアンのカクテルに込められた思いとは
今回は主人公偲にとって謎多き会となりました。
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