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第82話 激動の予兆

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「旦那様が出兵されたの!」

俺を出迎える母さまの第一声はそれだった。

「父さま、父さまが出兵された。
母さまそうおっしゃったのですか?」

驚く俺の言葉に涙顔でうなずくしかない母さま。

王国も覚悟を決めたのか?
帝国との戦争が始まるのか??

「母さま、帝国と戦争が始まるのですか!!」

俺の声に母さまの顔に怯えが走る。
しまった、声を荒げすぎたか。

「母さま、すいません。
興奮し過ぎました。
お許しください」

「えっ、えええっと...
ああ、オイゲン、御免なさいね。
母の言葉が足りませんでした。
旦那様は、対帝国向けの大規模演習に招集されたのです」

「演習、戦争が始まった訳では無いのですね」

「そうです、急な召集で母も戦争が始まるのかと思い旦那様に聞いたのですが、実戦に即した演習として緊急召集されたのです」

緊急招集、なんだそれは。
今までに緊急招集などという物は無かった筈だ。

 「母さま、それはいつの指示ですか」

「オイゲンがポッズに向かって出発た翌日ですから一週間ほど前の事です」

「それで、父さまはいつ出立されたのですか」

「それが、5日後には帝国防衛の最前線にあるアッシュ砦に入れとの指示で、最低限の用意で翌日には兵を率いてご出発されました」

翌日に出兵した、それは本当に急な話だ。
それでも4日でアッシュ砦に入るには相当に身軽で無いと間に合わない筈だ。
輜重兵を伴っては期日までには着かないだろう。

「母さま、輜重兵は伴ったのですか」

「いいえ、輜重兵どころか、荷車も無く、身に付けられる武器と僅かな食料だけを兵に持たせて出立しました」

「そんな無茶な」

「母もそう申し上げたのですが、今回は演習だ、目的は通達からどの適度の時間で兵が集まるかだ。
だから速さを何より優先する。
実際に戦争をするわけでは無いのでそれで良いのだとおっしゃって…」

そうか、父さまは帝国との戦争にはならないと思われているのか。

「そうですか、兵はどの程度連れて行かれたのですか」

「薔薇の騎士は残しましたが、後は皆連れて行きました。
オイゲンに了承を得ずに決めて申し訳ないのですが、領地の守りは薔薇の騎士に託すとお言いでしたよ。
まあ、何かあったとしても相手はコソ泥程度だろうとお笑いでしたが」

「そうですか、当家を含めた寄子の兵を全軍出動させたのですね。
ハイネム辺境伯軍としては未曾有の大規模出兵ですね」

何故だろう、俺の言葉に母さまの顔が曇る。
そして言い澱みながら母さまが口を開くのだ。

「いいえ、オイゲン、旦那様の軍がハイネム辺境伯軍の全てです。
それもあり、旦那さまは全ての兵を率いて出兵されたのです」

そんな無茶な、おかしいだろう!

「母さま、何故その様な事になるのですか。
あり得ません、おかしいですよ」

「旦那様に聞いたのですが、ハイネム辺境伯軍の主力はポッズ方面からの帝国の侵攻に備える必要があり動かせないと辺境伯様から連絡をいただいた様です。
勿論、旦那様も不審に思われたのですが、辺境伯様の本心を確認する時間も無くそのまま出兵されたのです」

ポッズ方面からの侵攻に備える。
ポッズまでの道のりで辺境伯軍など一兵も見ていない。
それどころか王国領に帝国兵が入り込んでいた。
余りにおかしい。

「オイゲン様、まずはお屋敷でお茶でも如何でしょうか?
皆様、ポッズからの長旅でお疲れでしょう」

リリーが良いタイミングで声を掛けてくれる。
そうだな、少し頭を冷やして状況をしっかりと把握する必要があるな。

「リリー、すまないね。
久しぶりにリリーの入れたおいしいお茶が飲めるのは嬉しいな」

「はい、オイゲン様に喜んでいただける美味しいお茶を入れますので期待してくださいね」

 

☆☆☆☆☆

 

屋敷に入り、お茶を飲みながら母さまと話を続けたが、母さまはあれ以上の情報をお持ちで無かった。
これ以上の情報を得るにはハイネム辺境伯を尋ねるしか無いだろう。

そう判断した俺は亜空間倉庫を経由してハイネム辺境伯の館を目指す事にした。

「なあ、オイゲン、ハイネム辺境伯様のお屋敷に向かうのだろう。
出る所を間違っていないか?」

亜空間倉庫を出た所でサミーが不思議そうな声で俺に聞いてくる。

「いや、ここで良いんだ。
少し調べたい事があるからね」

俺達が出たのは王都から辺境伯領へ続く街道だ。
俺達がポッズに向かった時にポッズ方面に辺境伯軍の備えが無かった事は確認している。
では、王都との間ではどうなのか。
俺はそれが気になったのだ。

そして周りを気にしながら街道を王都方面から辺境伯領方面に進むと、予想通りの光景に出くわす。

「なあ、オイゲン、あれはどうなってるんだ」

「主様、あれはおかしい。
なんで、ここに陣地が築かれているんだ」

サミーと銀が揃って不信を口にする。
辺境伯軍が作ったと思われる陣地が街道を塞いでいるからだ。

ここはこの街道の難所で両側が切り立った崖になっている。
そして崖の先は山々が連なっている為、迂回路も無いのだ。
確かに王都からの兵に備えるには最適な場所なのだ。
だが、王都からの兵に備える?
辺境伯様は何を考えているのだろう?

「なあ、オイゲン、ここに陣地を築くと言うことは、王国の兵に辺境伯様は備えているのか?」

「その可能性も有るが、帝国軍に備えていると言う可能性も捨てがたいな」

「帝国軍、なんで王都からの道で帝国軍に備えるんだ?
意味が無いだろう?」

サミーが不思議そうに俺に聞いてくる。
まあ、不思議だろう。
でも、常識に囚われなければ不思議でもない話なのだ。

「なあ、サミー、前回の帝国との戦いでは運良く帝国軍を退けたが、帝国軍を退ける事になったあの一戦で王国が負けていたらどうなったと思う」

「どうなったって?
まあ王国は終わりだろう。
王都は帝国の物になっていただろうな」

「そう、王都は落ちただろう.
その後はどうなる」

「どうなるって……」

少し思い悩んだ後で、サミーの顔に衝撃が走る。

「そうか、王都を占領した帝国軍は王国の完全な平定を目指すだろうな。
そうなれば、王都からこの道を通って帝国軍が攻めてくる。
辺境伯様はその事態を想定しているのか」

「主様、それって王国が帝国に負けるって事ではないか。
辺境伯様はそれを前提に備えを進めていると言うのか」

「まあ、そう考えるしか無いだろうな。
ただ、王国が破れた状況下で帝国と本気で戦うとも思えないがな。
少しでも良い条件で降るための方策と思う方がしっくりくる気がするな」

王国を破った帝国の軍に辺境伯軍が勝てるとは思えないのだ。

「なあ、オイゲンは本気で王国が負けると思うのか?」

「勝つか、負けるか、どちらに転んでも帝国に備えるのは悪い事では無いだろう」

「それはそうだが、辺境伯軍が動かなければ王国が負ける確率は上がるだろう
それで良いのか?」

「辺境は王国に守られると言うよりは、搾取されているという意識の方が強いんだよ。
普段、偉そうにしてるんだから俺たち抜きでも帝国に勝ってみろ。
そういう事だろうな」

それに辺境伯軍が参加したとしても戦況を左右する力には成らない。
そう考えているかもしれないしな。

「主様、それは解るのですが、王国が敗れれば辺境とて生き残れないのではありませんか?」

「それは帝国が辺境にどの程度の価値を感じているかによるだろう。
大した価値が無いと思えば犠牲を払ってまで占領するよりは、戦わずに取り込むことを選択する可能性はある。
だからこその備えだ。たやすく辺境が占領できると思われれば辺境は打つ手も無くなるだろうしな」

「オイゲン、随分と冷静だな。
カルロス騎士爵家は辺境伯様のその戦略の為の捨て石として一家だけで出兵させられたのではないのか?」

そこはサミーの言う通りだ。
父さまと部下の兵士はいかにも捨て石に見える。

「今回が演習での出兵で無ければ、サミーの言う通りだな。
ただ、今回は飽くまで演習だ。
捨て石と決めつける訳にもいかないだろう」

「では、辺境伯様を信じるのか?」

「俺は辺境伯夫人の命を救った。
そして辺境伯様は娘のデイジーを俺が娶ることを許された。
その程度には信頼関係が築かれているからな」

サミーは俺の言葉に一旦は納得したみたいだ。
辺境伯様に向ける疑いの目が少し緩んだようだ。

「もちろん、無邪気に信頼する訳では無い。
この世に100%の信頼なぞそもそも存在しないしな」

「ああ、そうだな。
オイゲンがそう決めたのならそれで良いよ。
で、これからどうするのだ」

どうするか?
難かしい所だが、辺境伯様と胸襟を開いて話し合うべきか?

「辺境伯様に会う。
そしてお考えを聞く。
全てはそれからだな」

そう、全てはそれからだ。
俺は辺境伯様を信じたい。
そして、辺境伯夫人にデイジー、この2人が悲しむ顔は見たくないのだ!
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