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九品目 カレーライス

五十三話 ありがとう(2)

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「なっ、何これぇ!?」


 慌てて叫ぶわたしとは裏腹に、閻魔様は落ち着いた様子で言葉を続ける。


「桃花の肉体が目覚めようとしている証だよ。君はまだ生きている」

「え、生きて……?」


 その言葉が信じられなくて、自身の体から閻魔様へと視線を移すが、当の閻魔様の表情は嘘を言っているようには見えない優しいものだった。


「生死の境を彷徨った人間が、死者に混じって冥土に迷い込むことは時々ある。その見分け方は簡単、生者はその内に宿す魂が輝いているんだ。そして桃花の魂は、正に今も命の灯火ともしびを絶やすまいと、美しく輝いている」

「……生きてる」


 呆然と発光する両手を見つめると、閻魔様のふっと微笑んだ声が頭上から落ちてくる。


「――さぁ、では別れの時だ、桃花」

「え!?」


 さも当たり前のように言う閻魔様に、わたしは弾かれたように顔を上げて叫んだ。


「お別れって……、どうして!? もう閻魔様に会えないの!?」

「……そうだな、当分はもう会えないかな。私は冥土の住人。桃花は現世の住人。本来なら決して交わらない存在なんだよ」

「い、いやだよそんなの……!!」


 せっかくこうして出会えたのに!
 わたしの為に怒ってくれたのに!
 為すべき道を示してくれたのに!


「それに閻魔様、さっき〝寂しい〟言ったじゃない! なのにわたしがいなくなったら、寂しくなっちゃう!」

「桃花……」


 一人ぼっちは怖い。寂しいのは怖い。
 それを、わたしは人一倍よく知っている。
 だからわたしは必死だった。
 必死でこの人を、同じ目をしたこの人を、救いたいと思ったのだ。


「じゃあわたし、閻魔様の帰る場所にもわたしがなる!!」

「――――え?」


 わたしの癇癪に今まで困ったようにしながらも、穏やかに微笑んでいた閻魔様の表情が崩れる。
 それでも構わずわたしは叫ぶ。


「わたしが料理を作れるようになったら、その時はあなたにもいっぱいご飯を作ってあげる! みんなでご飯を食べるとね、あったかくって幸せな気持ちになって、寂しくなんてなくなるんだよ!」

「桃花」

「だからわたしの作ったご飯を一緒に食べよう! わたしがあなたの帰る場所になるから!!」


 言い切って無邪気に笑ったわたしに対し、閻魔様はサラサラと光の粒となって消えかかるわたしの小さな両手をとって俯いた。


「そう……だな」


 そして次に顔を上げた時、閻魔様は泣き出しそうな、でも嬉しそうな、そんな複雑な表情で笑っていた。


「桃花がまた冥土に来たその時は、君の料理を食べさせて貰おうかな。……まぁそんな時がくるのは、君がおばあちゃんになってからでいいんだけどね」

「約束よ! 絶対約束!!」

「――ああ、約束しよう」


 ◇◆◇◆◇


 強引なわたしの指切りにも苦笑して、ちゃんと応じてくれた閻魔様。
 優しい閻魔様。

 次に冥土を訪れるのは、わたしがおばあちゃんになってからでいいと言ってくれたあなたの思いを裏切ってしまったのに、十年後、二度目の冥土でもあなたは変わらずとても優しくしてくれた。

 わたしはあなたのことも、約束のことも、すっかり忘れていたというのに、あなたは喜んでわたしの料理を食べてくれた。

『美味しい』と言ってくれた。


 ありがとう。


 わたしはね、閻魔様。
 あなたの言葉に何度も救われたのよ――――。

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