57 / 65
九品目 カレーライス
最終話 そしてまた、冥土へ帰る(2)
しおりを挟む「はぁ、重……」
飛び込んだお寺の井戸から降り立ち、現世と冥土を繋ぐ鬼火で照らされた不思議なトンネルをのんびりと歩きながら、わたしは背中にずっしりと重みを感じるリュックをまた担ぎ直す。
「やっぱりさすがに買い込み過ぎってみんな呆れるかしら? でも小鬼たちってみんな大食漢だし、絶対この量でも一回で食べ切っちゃうと思うのよね」
――そうそう、わたしが現世と冥土を毎週末に行き来するようになって三年。実はその間に、冥土はとても大きく変わったことがあった。
それはかつて冥土を去った閻魔様の眷属達が、少しずつ戻り始めているということ。
「オイラたちの裁判官としての活躍が高天原の新聞で一面に取り上げられたアカ」
「高天原の新聞の購読率はほぼ百パーセント。聞きつけた元掃除担当や料理担当の眷属達が、冥土に帰って来てるアオ」
そんな眷属達の人数はわたしが冥土に行く度に増えていて、いつかきっと、かつて賑わっていたという冥土に完全に戻る日も近いのかも知れない……なんて思っている。
「ふわぁっ! 着いた!」
トンネルを抜け、ガバッと井戸の底から顔を出して空を見上げれば、現世と同じ夕暮れ時の赤い太陽が目に入った。
それを井戸に留まったままぼんやりと眺めていると、すぐに見知った顔ぶれがわたしへと手を差し伸べてくる。
「おー桃花、おかえりだアカ!」
「おかえりー桃花! 一週間ぶりだけど、相変わらず元気そうだなアオ!」
「ただいま茜、葵! あなた達こそ元気そうでよかったわ! 裁判の方は調子どう? 頑張ってるの?」
「もちろん、言われるまでもなく頑張ってるアカ!」
軽口を言い合いながら二人の手をそれぞれ掴めば、大荷物を背負っているわたしの体は、軽々と井戸から外へと引っ張り上げられた。
それぞれ赤髪と青髪のてっぺんに鋭い一本角を生やし、髪と同じ赤と青の道服を着こなす二人は、見た目も中学生から高校生ぐらいに成長し、もうすっかり立派な冥土の裁判官といった風格だ。
「よしっ! 桃花も来たし、今夜は宴にするアオ! 桃花も酒飲むだろアオ?」
「ええ! わたしも二十歳になったし、喜んでお付き合いするわよ!」
――そうやってひときしり、二人との一週間ぶりの再会を楽しんでいると、
「あー! 桃花さまだー!」
「桃花さまー! 桃花さまー!」
わたし達の騒がしい声を聞きつけて、こちらへたくさんの小さな影がわらわらと駆けて来る。
それは黄、緑、橙……。色とりどりの肌をした、可愛らしいゆるふわマスコットのような小鬼たちだ。
「桃花さまー、美味しいものちょーだーい!」
「ちょーだーい!」
そう、この子たちこそが、かつて閻魔様の眷属だった子たち。
冥土の戻って来て以来、わたしの料理をすっかり気に入ってしまったらしく、こうやって顔を合わせる度にご飯をねだってくる。
「こらお前たち! いきなり飯をねだるなんて行儀が悪いアカ!」
「まずは〝おかえり〟が先だろアオ!」
わたしにまとわりつく小鬼たちに、茜と葵が注意する。その姿はもうすっかり眷属達のまとめ役だ。
ますます大きくなっちゃったなぁ……。なんて、まるで親みたいな心境で感じ入っていると、
「――ほぉ、これはまたすごい大荷物だな」
宮殿の方からクスクスと楽しそうな笑い声がして、わたしを囲んでいた小鬼たちが、自然とその声の人物の為に道を開ける。
「今日は一体どれだけ買い込んだんだい?」
そうして現れたのは、この冥土の主であり、冥土の裁判を取り仕切る神――閻魔様その人だ。
絹のようにサラサラと長い銀髪に紅い瞳。まるで物語の世界の住人かのようにあまりにも美しいその人は、しかししっかりとわたしを見て、花がほころぶように微笑み両腕を差し伸べる。
「おかえり、桃花」
もうすっかり当たり前となったその言葉に、わたしはありったけの笑顔を浮かべて、閻魔様の胸に飛び込んだ。
「――ただいま、閻魔様!!」
◇◆◇◆◇
いつかわたしも本当に三途の川より運ばれ、冥土でこの人に裁かれる日は来るだろう。
けれどそれは怖くなんかない。
だってきっと〝その時〟を迎えるまでに、たくさんの思い出を現世で、冥土で、作っていくのだから。
その時に胸を張って幸せな人生だったと閻魔様に言いたいから――……。
だからわたしは命続く限り、またこの場所へと帰るのだ。
=カレーライス・了=
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~
miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。
※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる