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九品目 カレーライス

最終話 そしてまた、冥土へ帰る(2)

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「はぁ、重……」


 飛び込んだお寺の井戸から降り立ち、現世と冥土を繋ぐ鬼火で照らされた不思議なトンネルをのんびりと歩きながら、わたしは背中にずっしりと重みを感じるリュックをまた担ぎ直す。


「やっぱりさすがに買い込み過ぎってみんな呆れるかしら? でも小鬼たちってみんな大食漢だし、絶対この量でも一回で食べ切っちゃうと思うのよね」


 ――そうそう、わたしが現世と冥土を毎週末に行き来するようになって三年。実はその間に、冥土はとても大きく変わったことがあった。
 それはかつて冥土を去った閻魔様の眷属達が、少しずつ戻り始めているということ。


「オイラたちの裁判官としての活躍が高天原の新聞で一面に取り上げられたアカ」

「高天原の新聞の購読率はほぼ百パーセント。聞きつけた元掃除担当や料理担当の眷属達が、冥土に帰って来てるアオ」


 そんな眷属達の人数はわたしが冥土に行く度に増えていて、いつかきっと、かつて賑わっていたという冥土に完全に戻る日も近いのかも知れない……なんて思っている。


「ふわぁっ! 着いた!」


 トンネルを抜け、ガバッと井戸の底から顔を出して空を見上げれば、現世と同じ夕暮れ時の赤い太陽が目に入った。
 それを井戸に留まったままぼんやりと眺めていると、すぐに見知った顔ぶれがわたしへと手を差し伸べてくる。


「おー桃花、おかえりだアカ!」

「おかえりー桃花! 一週間ぶりだけど、相変わらず元気そうだなアオ!」

「ただいま茜、葵! あなた達こそ元気そうでよかったわ! 裁判の方は調子どう? 頑張ってるの?」

「もちろん、言われるまでもなく頑張ってるアカ!」


 軽口を言い合いながら二人の手をそれぞれ掴めば、大荷物を背負っているわたしの体は、軽々と井戸から外へと引っ張り上げられた。
 それぞれ赤髪と青髪のてっぺんに鋭い一本角を生やし、髪と同じ赤と青の道服を着こなす二人は、見た目も中学生から高校生ぐらいに成長し、もうすっかり立派な冥土の裁判官といった風格だ。


「よしっ! 桃花も来たし、今夜は宴にするアオ! 桃花も酒飲むだろアオ?」

「ええ! わたしも二十歳になったし、喜んでお付き合いするわよ!」


 ――そうやってひときしり、二人との一週間ぶりの再会を楽しんでいると、


「あー! 桃花さまだー!」

「桃花さまー! 桃花さまー!」


 わたし達の騒がしい声を聞きつけて、こちらへたくさんの小さな影・・・・がわらわらと駆けて来る。
 それは黄、緑、橙……。色とりどりの肌をした、可愛らしいゆるふわマスコットのような小鬼たちだ。


「桃花さまー、美味しいものちょーだーい!」

「ちょーだーい!」


 そう、この子たちこそが、かつて閻魔様の眷属だった子たち。
 冥土の戻って来て以来、わたしの料理をすっかり気に入ってしまったらしく、こうやって顔を合わせる度にご飯をねだってくる。


「こらお前たち! いきなり飯をねだるなんて行儀が悪いアカ!」

「まずは〝おかえり〟が先だろアオ!」


 わたしにまとわりつく小鬼たちに、茜と葵が注意する。その姿はもうすっかり眷属達のまとめ役だ。
 ますます大きくなっちゃったなぁ……。なんて、まるで親みたいな心境で感じ入っていると、


「――ほぉ、これはまたすごい大荷物だな」



 宮殿の方からクスクスと楽しそうな笑い声がして、わたしを囲んでいた小鬼たちが、自然とその声の人物の為に道を開ける。


「今日は一体どれだけ買い込んだんだい?」


 そうして現れたのは、この冥土のあるじであり、冥土の裁判を取り仕切る神――閻魔様その人だ。
 絹のようにサラサラと長い銀髪に紅い瞳。まるで物語の世界の住人かのようにあまりにも美しいその人は、しかししっかりとわたしを見て、花がほころぶように微笑み両腕を差し伸べる。


「おかえり、桃花」


 もうすっかり当たり前となったその言葉に、わたしはありったけの笑顔を浮かべて、閻魔様の胸に飛び込んだ。


「――ただいま、閻魔様!!」


 ◇◆◇◆◇


 いつかわたしも本当に三途の川より運ばれ、冥土でこの人に裁かれる日は来るだろう。

 けれどそれは怖くなんかない。

 だってきっと〝その時〟を迎えるまでに、たくさんの思い出を現世で、冥土で、作っていくのだから。

 その時に胸を張って幸せな人生だったと閻魔様に言いたいから――……。


 だからわたしは命続く限り、またこの場所へと帰るのだ。



 =カレーライス・了=

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