閻魔様のほっこりご飯~冥土で癒しの料理を作ります~

小花はな

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九品目 カレーライス

五十五話 現世へ(2)

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「よいしょ、よいしょ……」


 ――さて、まずはあれから・・・・の話をしようかしら?
 昏睡状態だったこと以外は奇跡的に目立った外傷がなかったわたしは、目が覚めてからはわりとあっさり退院することが出来た。

 ……ということで、


「冥土通いの井戸を探すわよーーっ!!」


 退院したわたしが真っ先にしたことは、もちろん消える直前に閻魔様に言われた〝冥土通いの井戸〟を探すことである。
 てっきり何かとてつもなく探し出すのが難しい特殊な井戸なのかと気合いを入れたのだが、意外にもそれはすぐに見つかった。


「ん? 冥土通いの井戸? なんだ大学の課題か? それなら家の近くの寺に、お父さんの子どもの頃からそんな風に呼ばれている井戸があるぞ」

「ほんとっ!?」


 軽く情報収集がてらお父さんに尋ねたのだが、灯台下暗し。なんと〝冥土通いの井戸〟は、家の近所にあったのである!


「おや、君は天宮さんとこの……。若いのに寺に興味があるとは珍しい。確かにこの井戸が冥土通いの井戸だよ。うちの寺は閻魔様を祀っているからね。ちなみにそう呼ばれる井戸は、他にも全国各地に存在するんだ」


 早速お寺を訪ねると、住職さんは珍しい客人に驚いていたが、大学の課題の為と説明すれば、すぐに快く様々なことを教えてくれた。


「全国に? じゃあ冥土から日本全国あちこちに入り口が繋がっているってことですか?」

「そうだよ。この冥土通いの井戸が、冥土と現世を繋ぐトンネルのような役割をしているのだそうだ。閻魔様もこの井戸を使って、たまに現世へお忍びで遊びに来たりもしてたとか。……なんて、言い伝えも残っているね」

「へぇー……」


 恐らくそれは、江戸の頃に花火大会に行ったと言っていたから、その際に使っていたことが伝承となったのかも知れない。


「じゃあ井戸に飛び込めば、誰でも冥土に行けちゃうんですか?」

「いいや、そんなことがまかり通ったら、冥土は生者で溢れてしまう。井戸に飛び込んでも、生者は決して冥土に行くことは叶わない」

決して・・・?」

「……唯一の例外があるとすれば、それは閻魔様が発行した、冥土への〝通行手形〟。それを持つ者ならば、例え生者でも冥土への道は開かれる。……と、我が寺には伝わっているな」


 通行手形がどんなものか、すぐにわたしにはピンと来た。
 ――そう、あの時茜と葵がくれた木札。
 これこそが、生者が冥土へ行く唯一の手段。


「うう……、行くわよ! 行くわよ!」


 初めてこの通行手形を使って冥土に行った時は、そりゃもう驚きの連続だった。人目を忍んでいたから決行は夜だったし、真っ暗な井戸に飛び込むは怖いし、その井戸から這い出るのも怖かった。


「え、ええーーっ!? ここに繋がってるのーーっ!!?」


 ちなみに近所の寺の井戸が冥土のどこに繋がっているのかと言うと、なんと宮殿の庭園にある、あの私が落ちかけた懐かしいひょうたん池の古井戸だったのだ! 
 それを知った時は、本当に驚いた。
 世間は狭いな! ……なんて。


「よいしょっと……。はぁ、ちょっとカレーの材料買い込み過ぎちゃったかしら? めちゃくちゃ重いわ……。まぁでも、また増えた・・・って茜と葵も言っていたし、多過ぎるくらいでちょうどいいわよね……?」


 さて今日は大学の講義を終えた金曜日の夕暮れ時。
 荷物をいっぱいに詰め込んだリュックを担ぎ直し、周囲に誰も人がいないのを見計らって、わたしはいつものようにお寺の裏にある井戸の中に通行手形を胸に携えて飛び込む。


「さぁ、いざ冥土へ!」


 ――これが天宮桃花、二十歳。あの頃から三年経った今のわたしの日常だ。

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