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九品目 カレーライス

五十四話 現世へ(1)

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「あ…………」


 目を開くと真っ白な天井が見える。何ここ……、もしかして天国?


「っ! 目が! 桃花の目が覚めた……!」

「ああ桃花! よかった……っ、本当によかった……!」

「? お父さん……、お母さん……?」


 白い天井だけだった視界に、お父さんとお母さんの顔がアップで現れる。二人ともゲッソリと頬がこけていて、目は真っ赤だ。


「そうだ、お父さんとお母さんだぞ! 桃花、覚えているか? お前は一週間前に高校に行く途中にトラックに轢かれて……」

「お医者さんから命に別状はないと聞かされていたけど、一週間全く目を覚まさないから、本当に本当に怖かった! またあの十年前・・・みたいなことが起きたって……、心臓が凍りついたわ」

「…………」


 ……十年前。

 そういえばあの時もわたしが真っ白な病室で目を覚ますと、こんな風に両親がすがりついて泣いていたんだっけ?
 当時七歳のわたしは仕事人間な二人の出張が重なったことと、僅かな伝達ミスによって、一週間一人っきりで家に放置されて餓死しかけた。


「あ……」


 ボロボロと涙を流す両親と、わたしの体にたくさんくっつけられている医療機器を見て、ようやく今の状況を察する。

 そっか。わたしは一週間前に遭った事故が原因で生死の境を彷徨って、冥土に迷い込んだのね。
 先ほどの夢の中でも、閻魔様は小さなわたしに言っていた。


『生死の境を彷徨った人間が、死者に混じって冥土に迷い込むことは時々ある。その見分け方は簡単、生者はその内に宿す魂が輝いているんだ』


 魂の輝き・・・・
 そういえばわたしが最初に閻魔様の塩おむすびを食べて、茜と葵に大目玉をくらった時、閻魔様は二人にこう言っていた。


『茜、葵。少し落ち着きなさい。私とてただの気分で言っている訳ではないよ。ほら、よく見てご覧。――その娘の魂を・・・・・・


 どうして閻魔様はわたしの裁判を中止したのか。
 茜と葵がわたしの何を見てそれに納得していたのか、ようやく分かった。
 わたしはまだあの時、死者ではなく生者だったのだ。


「……お父さん、お母さん。ごめんなさい、また心配かけて」


 かすれて上手く出せない声で両親に謝ると、二人は即座に首を横に振った。


「そんなことは気にしなくていいんだ、桃花が生きてさえいてくれたら、それだけでいいんだ」

「わたし……、夢を見ていたわ。夢の中で色んなものを作って食べたの。サバの味噌煮に和風ハンバーグに、煮込みうどんにバーベキュー……。どれも美味しくて、すごく楽しかった。……でも、結局一番食べたかったものは食べられなかったなぁ……」

「……何が食べられなかったの?」


 唐突に〝夢の話〟をし始めたわたしに、両親はきょとんとする。
 しかしそれでも話を合わせようとしてくれているのか、お母さんに尋ねられて、わたしはポツリと答えた。


「…………うちの、カレー」


 言った瞬間、両親は破顔して、


「そうか! お父さんが作ったカレーか! 退院したらすぐに作ってあげるから楽しみにしてなさい!」

「あらちょっと! 桃花が言っているのは、お母さんが作ったカレーに決まってるじゃない! 桃花! 退院したら私が作ってあげるからね!」

「ふ……、ふふっ」


 競い合いようにそう主張する両親に、わたしも自然と笑みが溢れる。


 ――ねぇ、閻魔様、
 十年前にあなたが示してくれたこと、わたしはちゃんと叶えられたんだよ。


「……みんな」


 夢であって夢じゃない。
 そんな思い返せばたった一週間の出来事。
 でもその〝夢の欠片〟は、わたしの手の中にしっかりと残っている。


「ありがとう」


 わたしは最後に茜と葵に渡された木札の感触を確かめるように、ギュッと握りしめた。

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