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九品目 カレーライス
五十二話 ありがとう(1)
しおりを挟むぐるぐると、記憶がまるで映画のように頭の中で次々と映し出される。
これが走馬灯ってやつなのかしら?
「あなたも、寂しいんでしょ?」
――あ、
朱色の柱が幾重にも建つ冥土の裁判所。そこで小さなわたしが閻魔様にそう言った。
ああ、この場面。見覚えがある。つい最近見た夢の続きだわ。
今にして思えば、あの頃のわたしは閻魔様の気持ちなんてまるで考えず「寂しい?」なんて、とても無邪気に聞いてしまっていたわね。
……でも、そんなわたしにあなたはとても優しかった。
「ああ、そうだな。確か私も寂しいのかも知れない。でも桃花は、どうしてそんなに寂しいんだい?」
「それは……お母さんもお父さんも、わたしを見てくれないから。いつもお仕事だって言って、ご飯もくれなくなっちゃった。ねぇどうして? わたしがいい子じゃないから? そんなにお仕事って大切なの?」
「うーん。大切かと聞かれれば、大切だとは言えるな。私にとっても、仕事こそが私自身の存在そのものだとも言えるから。……しかしご飯をくれないのはいけないな。人間は神と違って、簡単に衰弱するというのに」
閻魔様はわたしの頭を優しく撫で、にじみ出る怒りを隠さずに眉を寄せた。
そんな様子にわたしは嬉しくなる。
何故なら自分の為に怒ってくれたことが、とても嬉しかったのだ。
「ところで桃花はお腹が空いていると言っていたな。どんなものが食べたいんだい?」
「食べたいもの? いっぱいあるよ! ハンバーグにから揚げ! あとエビフライにケーキも! それから他にはねー……」
指折り数えて無限に出てきそうなくらい、わたしは様々な料理をあげたと思う。そんなわたしの言葉を閻魔様は遮ることなく、全てに頷いて聞いてくれた。
そんな優しい閻魔様に、わたしはずっと隠していた本音をポツリと漏らす。
「……でもね、わたしが本当に食べたいのは、一つだけなの」
「それはなんなんだい?」
優しく頭を撫でて続きを促す閻魔様にわたしは堪えきれず、その藤色の道服にすがりついて泣きじゃくった。
「カレーライス! お母さんとお父さんのカレーライスが食べたい! またみんなで笑って食べたいよぉ……っ!!」
ボロボロと大粒の涙を溢すわたしの背中を抱えてさすり、「そうか」と閻魔様が呟く。
「そうであれば、……なぁ桃花、君が両親に〝カレーライス〟を作ってあげるのはどうだろうか?」
「えっ……!?」
予想外の言葉に驚いて、わたしは涙に濡れた瞳で閻魔様の顔をじっと見つめる。
するとその表情はとても穏やかで、瞳は色はまるで血のように紅いのに、ちっとも怖くない。
「両親が仕事しか見えていないというのなら、君が両親の帰る場所になるんだ。カレーライスだけじゃない、たくさんの料理を覚えて振る舞ってあげなさい。そうすればきっと、――桃花、君が両親の帰る場所になる」
「帰る……場所……?」
今まで考えもしなかった提案に、わたしは目を丸くする。
でもわたしが料理を作ることで両親の帰る場所になれるなら、それはとても素敵なことだと思った。
「うん、なる! わたし、わたしがお父さんとお母さんの帰る場所になる!!」
「そうだ、偉いな。その意気だ」
力強く頷くと、閻魔様が褒めてくれる。
それが嬉しくて、「えへへ」と笑ったところで、ハタと思い至った。
「……でもわたし、死んじゃったんでしょ? じゃあもう……」
気づいた事実に、収まりかけた涙がまたじわりと溢れ出す。
しかしそれに閻魔様は、穏やかに首を横に振る。
「いいや、桃花はまだ死んじゃいないさ。自分の体をよく見てご覧」
「〝体〟……?」
閻魔様の言葉にハッと体を見回せば、手も足もお腹もみんな淡く発光している。
「ええ……っ!?」
なんと足先の方からサラサラと光の粒のようになって、体が消えかかっていたのだ……!
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