閻魔様のほっこりご飯~冥土で癒しの料理を作ります~

小花はな

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八品目 バーベキュー

五十話 思い出は消えない

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 ――どうして楽しい時間というのは、あっという間なのだろう?
 バーベキューの後片付けを済ませたわたし達は、四人並んで渡り廊下に腰掛け、ぼんやりと月を眺めていた。
 今夜は満月。まんまるの綺麗なお月様が、冥土を優しく照らしている。


「あぁ~っ! 熱燗もいいけど、冷酒もまたキリッとしてて最高だアカ!」

「しかも閻魔様とっておきの〝鬼殺し〟が飲めるだなんて、今宵は最上の日だアオ!」

「お、鬼殺し??」


 わたし以外の三人はお酒を開けて、すっかり月見酒としゃれこんでいた。
 茜と葵なんて見た目は中学生くらいなのに、機嫌良くガンガンお酒をあおっているけれど、そのお酒の名前、あなた達が飲んでも大丈夫なの……?


「――うん、美味いな」


 完全に出来上がってきゃっきゃっと賑やかな茜と葵とは対照的に、閻魔様はわたしの横で静かにお酒を飲んでいる。その姿はまさに大人の男性って感じで、なんだかドキドキしてしまう。


「…………」


 それでもその姿をしっかり目に焼き付けておきたくて、ジッと見ていると……。


「あ」


 わたしの視線に気づいた閻魔様がこちらに顔を向けた。
 ドキリと胸が跳ねる。


「どうした? 桃花も一緒に飲むかい?」

「いっ、いいえ! 遠慮しておくわ。だってわたし十七歳だから、まだお酒は飲めないのよ」

「「えっ!!?」」


 ぶんぶんと真っ赤になって首を横に振れば、茜と葵が驚いたように叫んだ。
 さっきまでの酔いが嘘のように、焦った顔で二人がわたしを凝視している。


「も、桃花っ! お前……、まさかアカ」

「なぁに? 二人ともポカンとした顔をして」

「もしかして、記憶が戻ったんだアオ?」

「あ……」


 そういえばまだ二人には記憶が戻ったことを伝えていなかったことに、今更気がついた。
 最初は不安でいっぱいだった冥土生活がこんなにも楽しく幸せなものになったのは、二人の存在がとても大きい。にもかかわらず、肝心なことをすっかり伝え忘れてしまって、申し訳なくなる。


「うん、そうなの。戻ったのは昨日の晩あたり……かな? ごめんね、すぐに伝えられていなくて」

「……ああいや、それは別に気にするなアカ」

「でもそうか、戻ったのは昨日かアオ。ならば桃花は……」


 茜と葵は互いに顔を見合わせ、一瞬だけ複雑そうな表情をしたが、しかしすぐに「よかったな」と言って笑ってくれた。
 きっとわたしも今、二人と同じような顔をしているのだろう。


「……うん、よかった」


 記憶が戻った以上、もうわたしが宮殿ここに留まる理由はなくなる。
 茜とも、葵とも、――閻魔様とも。もう一緒には居られない。


「ありがとう、茜、葵」


 最初は茜と葵の言動が怖かったり、閻魔様を人形みたいで無機質な人なんだって思ったりしていた。
 だけどみんなのことを少しずつ知る内に、優しかったり、お茶目だったり、温かかったり……。とっても素敵な人達なんだって分かって、どんどん好きになっていった。


「わたし、みんなに出会えてよかった」


 何よりみんなのいる冥土が、もうすっかりわたしにとって、かけがえのない大切な場所になっていた。
 今にも零れてしまいそうな涙を、わたしはぐっと堪える。


「よしっ!! オイラ決めたアカ! こうなれば桃花が記憶を取り戻した祝いだアカ!!」

「えっ!?」

「おおっ、賛成だアオ! 景気づけにド派手に騒ぐアオ!!」

「ええっ!?」


 すると何を思ったのか、唐突に茜と葵が叫んだ。
 しんみりとした雰囲気が一気に崩れて困惑するわたしが口を挟む前に、二人の間でどんどん話は進んでいく。


「確か蔵に花火が大量に残っていたのを、今朝見たアカ! 取りに行くぞ葵!!」

「了解だアオ! 桃花! ひとっ走りしてくるから、ちょっと待ってるアオ!!」

「ええっ!? ちょっ……、二人ともーーっっ!!?」


 呼び止めるより先に勢いよく蔵目掛けて飛び出していく茜と葵を、わたしはぽかんと見送る他なかった。
 そんなわたしの耳に、クスクスと閻魔様の笑みが落ちる。


「二人の好きにさせてあげなさい。あの子達も桃花に何かしてあげたいのだよ。桃花がバーベキューをしようと言ったようにね」

「あ……」

「今この瞬間を大切に思っているのは、何も桃花だけではない。茜も葵も、……もちろん私も。生涯今日という日を決して忘れることはないだろう」

「閻魔様……」


 ――そっか、みんな同じことを思っていてくれたのね。
 わたしは、ただの人間。……でも、誰の記憶にも残らないちっぽけな人間じゃ、きっとない。
 冥土からいなくなっても、ここにいたことが消えてしまう訳じゃない。
 思い出は残る。それぞれ、みんなの心に。


「うんっ! ありがとう、閻魔様……!」


 それが分かっただけで、わたしはもう十分に幸せだと思った。

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