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八品目 バーベキュー

四十六話 終わりの合図

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「――そういえば茜と葵が言っていたが、午前中は蔵の掃除をしていたのだって?」

「あっ」


 すっかり空となったお重を片付けていると、ふと閻魔様が思い出したように言う。
 それにわたしもまた蔵での出来事を思い出して、ハッと閻魔様の顔を見た。

 
「そう、そうなの! わたしもその話を閻魔様にしたかったのだけれど、すっかり忘れていたわ。実は掃除をしている時に、鉄板とか木炭を見つけたの。あれってわたしが使っても構わないかしら?」
 
「蔵にある鉄板と木炭……? ああ、あれか。別に構わないけど、何に使うんだい? 昔はあれらで縁日をしていたものだけど、今となってはなんの使い道もなく、ただ蔵の肥やしになっているだけだというのに」
 
「ええ、そう茜と葵も言っていたわ。だからこそ縁日とまではいかないけど、あの子たちが喜ぶような思い出に残ることをしてみたくて……」


 大勢で屋台を開いて歌って踊る。さすがにそんな大掛かりなものは無理だが、近いことは出来るのではないかと思う。


「〝バーベキュー〟……とか、どうかしら?」


 外でみんなで色んな食材を焼いて食べる。ただそれだけなのに、不思議と一体感が生まれて楽しい料理。
 それをわたしはみんなとやってみたい。


「桃花、そうか……」

「やるとしたら庭園を使わせてもらうことになると思うんだけど、やっぱりダメ……かしら?」

「いいや、いいよ。やってみなさい」

「!」


 閻魔様は少し考え込んだ後に、ゆっくりと頷いた。
 それにわたしの表情もぱぁっと明るくなる。


「ありがとう、閻魔様っ! じゃあ早速今夜、バーベキューをしてもいい?」

「ああ、構わないよ。……ただし条件がある」

「!?」


 閻魔様が真剣な表情でわたしを見る。そのただならぬ雰囲気に、わたしもゴクリと唾を飲み込んだ。
 条件……。やはり冥土でバーベキューはなかなか難易度が高いのだろうか?
 一体どんな条件を出されるのか、思わず正座して閻魔様の言葉を待つ。


「桃花」

「……はい」


 そして告げられたのは――……、


「火起こしは危ないから私に任せなさい」

「はい??」


 予想外の条件に思わずずっこけそうになる。
 それそんな溜めて言うこと!? 明らかにもっとシリアスな雰囲気だったわよね!?
 緊張して損したわっ!!


「そんな大袈裟な……。心配しなくても、わたしだって火おこしくらいやれば出来るわ! それに茜と葵だっているんだし、閻魔様はまだまだ病み上がりなのよ? 準備はわたし達にどんと任せて、ゆっくりしていた方が……」
 
「いや、今回ばかりは二人に譲りたくない。私だって桃花の手伝いをしてみたいのだよ。昨日だって私がうどんの盆を運ぼうとしていたのに、茜と葵が取り上げてしまっただろう?」

「ああ……」
 
 
 確かに昨日、「閻魔様に料理を運ばせるとは何事かーっ!!」って二人に怒鳴られた上に、お盆をひったくられたんだっけ。てっきり閻魔様は二人で遊んでいるだけかと思っていたけれど、本気で運ぶつもりだったんだ。


「私も桃花の役に立ちたい」

「…………」


 昨日のことを思い出したのか、閻魔様が少々むくれたような顔をする。
 でも、えっ……? 何それ、〝わたしの役に立ちたい〟って何それ……。
 偉い神様の癖に。わたしには届かないずっとずっと雲の上の人の癖に。


「…………っ」


 そんなこと言われたら、ありもしないもしかしたら・・・・・・を期待してしまうじゃない。


「……やっぱり閻魔様はイジワルだわ」

「ん? 何か言ったかい?」

「いいえ、何も。分かったわ、じゃあ閻魔様は火起こし担当ね! 宮殿に戻ったら、すぐバーベキューパーティーの準備をしましょう!」
 
「ああ、任された。……しかし〝パーティー〟か。久しく聞かなかった言葉だが、なんだかいい響きだな。今宵は久しぶりに酒も用意しようか」
 
 
 火起こしを任されたのがよほど嬉しいのか、閻魔様は輝かんばかりの笑顔を見せ、楽しそうにウキウキとしている。
 誰だ、この人が無表情で感情が読み取れないなんて言ったの。ものすごく感情表現豊かじゃないか。


「ふふっ」


 冥土に来てたったの五日。だけど時間よりも多くのことを経験をした気分だ。
 

「――……」


 わたし、閻魔様が好き。
 この人に出会えて、この人に救われて、……この人を救えて。
 本当によかったと思う。

 
「――桃花」
 
 
 不意に穏やかな声で閻魔様がわたしを呼ぶ。
 それにハッと顔を上げれば、声と同じ穏やかな表情で閻魔様がわたしを見ていた。
 さぁっと柔らかな風が吹き、薄紅色と乳白色の小さな花弁がわたし達の間を舞う。

 
「もう、空腹は・・・満たされた・・・・・のかい?」

「――――」
 
『それと空腹が満たされれば、おのずと君の記憶は戻るよ。それまでは安心して冥土ここにいなさい』
 

 それはわたしが冥土に留まっていた理由。
 そしてその質問は、この夢の時間の終わりの合図に他ならない。
 
 
「――――ええ。もうお腹いっぱい・・・・・・よ、閻魔様」
 
 
 夢から覚める時は来た。
 わたしは精一杯の笑顔を作って頷く。
 そんなわたしの頬を、風に舞った小さな花弁がくすぐった。
 
 
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