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八品目 バーベキュー
四十二話 残された時間で出来ること(2)
しおりを挟む「なんでこんなものが冥土にあるのかしら……?」
屋台の骨組みやのれんに花火セット、それに大きな鉄板や木炭。
見つけた謎のお祭りセットを前にして、わたしは首を捻る。
するとギシギシと階段を降りてくる足音が聞こえたので、わたしはハッとそちらを見た。
「おーい、桃花。そっちは掃除終わったかアオ?」
「茜、葵、いいところに! ちょっとこっち来て!」
「ん? なんだぁ? どうしたアカ」
タイミングよく現れた二人を呼ぶと、茜と葵はギシギシと少し急ぎ足で二階から下りて来る。
「ほらこれ見て! 奥に固まってたのを見つけたの!」
「はぁ? 何を見つけたってアカ……」
手招きするわたしに不思議そうにしながらもこちらに来た二人に、わたしが見つけた品々を示すように指差すと、茜と葵は同時に「ああ~っ!?」と驚いた声を上げた。
「懐かしいアカ! これは盆や正月の祝い事の時に使っていた行楽用の屋台だアカ!」
「ああ、そうだったアオ! 昔はこの宮殿には本当にたくさんの眷属がいたもんだから、屋台を出してのお祭りもちょくちょくやっていたんだアオ!」
「えっ!? 冥土って、昔はそんなことしていたのっ!? それって閻魔様も参加して!?」
以前聞いた二人の話から、てっきりそういったイベント事は一切なし! 眷属達を顧みずひたすらに仕事に打ち込む閻魔様というイメージだったから、その根底が覆された気分だ。
目を丸くして思わず叫ぶと、茜と葵は楽しそうに笑い出した。
「当時は今よりは少し、冥土の裁判を待つ死者も少なかったアオ。ほんの少しではあるけど、閻魔様も参加されてたアオ」
「騒ぐオイラたちをそっと後ろから見守ってくれてたアカ!」
「そっか……、それは楽しそうね」
ならよかった。二人の表情を見て、心からそう思う。
一千年もの間、閻魔様も茜も葵も、決して負の感情だけを蓄積させ過ごしてきた訳ではないのだ。
それを知れたことで、なんだか安心したような……、救われた気持ちになった。
「そりゃあもう楽しかったアカ! 射的をしたり、金魚すくいをしたり……。最後は全員で歌って踊ったアカ!」
「そうだ、そうだったアオ! それにこの鉄板で作った焼きそばをみんなで食べるのは特別に美味かったアオ! ああ……懐かしいアオ」
「そうだなアカ。あの時の焼きそば……確かにあれは特別な味がしたアカ」
「〝特別な味〟……」
くしくも先ほどわたしが考えていたのと同じことを茜が言った。それにわたしはハッと目を見開く。
人間にとってお祭りの高揚感は特別だけど、神様やあやかし……人ならざる者にとってもそれは同じなのね。
「また食べたいなぁ……アオ」
「そうだな……アカ」
二人が在りし日を懐かしむように目を細める。
あんなことをした、こんなことをしたと話題が尽きない様子を見ると、本当に楽しかったんだろう。
「……そういえば」
それだけ大勢いた眷属達は、冥土を去った今はどこにいるのだろう?
彼らが出て行った頃とは状況も変わったのだし、戻って来てはくれないかしら?
「ああーーーーっ!!?」
「えっ、何!?」
そんなことを考えていたら、いきなり茜が絶叫したもんだから、わたしはビクリと肩を揺らした。
当の茜は懐から懐中時計を取り出して、焦ったように葵を見る。
「葵っ!! そろそろ支度しないと、午後の交代に間に合わなくなるアカ!!」
「えっ、もうそんな時間かアオ!? 桃花、オイラたちは裁判の準備があるから、先に戻るアオ! 蔵の鍵は預けとくアオ!」
「わ、分かったわ! あ、だったら台所に二人のお弁当を作っておいてあるから持ってって!」
バタバタと慌ただしく蔵から出て行く茜と葵の背中にそう叫ぶと、二人が了解とばかりに手を振っているのが見えた。その背中が完全に見えなくなるまで、わたしは二人を見送る。
「……ふぅ。ちょっと危なっかしいけど、二人ともだんだん裁判官が板についてきた感じ。これなら閻魔様も頼もしいでしょうね」
枯渇していた神力を取り戻してすっかり元気になった閻魔様が、今朝はいつもの紫色の道服をまとって裁判所へと赴く様子を思い出す。
「なんでも裁判の担当を当番制にしたんだっけ? それで今日の午前は閻魔様の担当で、午後は茜と葵の担当……と」
確かにそれはいいアイデアだと思う。閻魔様も二人もそうすることによって、一日の内に裁判以外のことをする時間を持つことが出来るのだから。
「……まぁ、そのせっかくの自由時間を宮殿の掃除に使っちゃうのは、茜と葵らしいけどね」
クスクスひとしきり笑って、わたしは視線を下に落とす。目に映るのは、かつての冥土の賑わいを象徴した名残だ。
当時の話をする茜と葵はとても楽しそうだったけれども、同時にとても寂しそうでもあったことを、わたしは見逃さなかった。
わたしはそっと鉄板に触れ、思案する。
「まだまだ綺麗だし、このまま寝かせておくのは勿体ないわね。何かに使えないかしら……」
――わたしは天宮桃花。
ハッキリと自分を思い出した今、もうわたしがこの冥土を去るのは時間の問題だろう。
「なら……、せめて最後に何かみんなで楽しめることをしたいわ」
自己満足かも知れないけど、そしたらきっと、わたしは笑ってこの世から去ることが出来る。
預かった鍵で蔵をきっちりと施錠しながら、わたしはそんなことを考えていた。
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