上 下
34 / 65
七品目 煮込みうどん

三十四話 変わるもの、変わらないもの(2)

しおりを挟む

「それに今はわたしの記憶よりも閻魔様の体調の方が心配だわ。朝ご飯だってまだだし、きっと茜と葵もお腹を空かせてる」


 ――そう、閻魔様にめいを与えられ、大きく姿が変化した茜と葵。
 実はあの子達とは昨日、あれから顔を合わせることがなかった。お昼に差し入れを持って行った時も会えなかったし、恐らく裁判が大変なんだろう。
 しかしあまり無理をして、閻魔様みたいに倒れたらと思うと心配だ。


「昨晩は台所に二人の夜ご飯は作っておいたけれど、あの子たちちゃんと食べてくれたかしら? 着替えたら見に行ってみないと……」


 顔を洗った後、部屋の箪笥から群青色のワンピースを選び取り、着替えて鏡台の前に座って髪を丁寧にすく。
 するとドタバタと覚えのある騒がしい足音が渡り廊下から響き渡り、わたしは弾かれたようにふすまに顔を向けた。


「「桃花っっ!!!」」


 元気な男の子二人分の声と共に勢いよく襖が開き、ドスドスと一応女性の部屋に遠慮なく踏み込んで来たのは――……。


「茜、葵! おはよう!」


 鏡台から立ち上がって、わたしはパタパタと二人に駆け寄る。


「てっきり今朝も早々に裁判所に行っちゃったかと思ってたから、会えてよかったわ」


 わたしは目の前に並び立って道服をビシッと着こなした、赤髪と青髪の頭上に立派な一本角を生やした鬼らしい精悍な顔つきの少年二人をしみじみと見つめる。


「でもあなた達ってば、すっかり大きくなっちゃって……。喜ばなきゃなんないけど、やっぱりなんだかちょっと寂しいわね」


 マスコットのような二頭身じゃなくなった彼らの身長は、もうわたしより少し高いくらいだ。ちょっとアニメちっくだった声も、少年特有の幼さはありつつも男性らしく低い声。
 二人の成長は素直に嬉しい。でもそれはそれとして、寂しいものは寂しいのだ。
 感慨深いものを感じてわたしが少し涙ぐむ。すると当の茜と葵は、きょとんとした顔で首を傾げた。


「寂しい?? オイラたちでっかくはなったけど、別に何も変わってないアカ!」

「……え?」

「そうだアオ! そんなことよりお腹空いたアオ! 裁判所に行く前に桃花の飯が食いたくて、ここに寄ったアオ!」

「ん……??」


 ??? なんだろう……、この違和感。
 いや、いつも通りと言えばいつも通りなんだけど、この姿だとギャップがすごいというか……――っああ!?


「そうか語尾だわっ!! えっ、二人共その語尾どうしたの!? 昨日は言ってなかったでしょ!?」

「え、あー……アカ」

「あれはー……アオ」


 わたしが指摘すると、二人がお互いの顔を見合わせて何やらバツが悪そうに口をモゴモゴさせる。
 その様子も普段通りの茜と葵そのものなのだが、やっぱり姿が違うと違和感がすごい。


「ほらっ! 分かるだろアカ?」

「え? 何よ?」

「だからっ! あの場面ではちょっとカッコつけたかったんだアカ!!」

「はぁ??」


 なんだそのしょーもない理由。
 確かにその語尾でシリアスは似合わないから、気持ちは分からなくないけど……。
 ていうか、語尾が変って自覚してたんかい!


「でもやっぱりいつもの話し方の方がオイラたちらしくて、しっくりくるアオ」

「なるほどね。まぁ、あっちの方が凛々しかったけど、こっちの方がアンタたちって感じで安心はするかも」


 言うなれば、あっちはよそ行きの姿?
 ならわたしには素の姿を見せてもいいって、思ってくれているってことなのかしら?
 そう思うとなんだか嬉しいかも……。


「よし! じゃあ二人が元気にお仕事出来るように、美味しい朝ご飯を作らないとね! 確か鮭があったから切り身にして塩焼きにしましょう!」

「よっしゃー! オイラ脂の乗った鮭は大好きだアカー!」

「米炊きはオイラたちに任せるアオー!」


 言うが早いか、バタバタと台所に向かって駆け出す二人に、わたしはクスクス笑う。
 小鬼たちが正式に冥土の裁判官となったことで、きっとこれから冥土は大きく変わっていくのだろう。


「けど、変わらないものだってちゃんとあるわ」


 見た目は変わっても中身は相変わらずの二人に、わたしはこっそりホッとしたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~

miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。 ※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...