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六品目 卵がゆ
三十一話 心ほどく卵がゆ
しおりを挟む「うん、体調が悪い時に食べるものと言ったら、やっぱりこれしかないわよね」
閻魔様のお部屋を退出し台所へ来たわたしは、いつものようにエプロンを結んで料理の準備に取り掛かっていた。
なにせわたしに出来ることと言えば、やっぱり料理しかないのだ。前に葵に〝料理馬鹿〟だと呆れられたが、その通り。甘んじて受け入れよう。
「ということで早速お料理タイムよ」
と言っても、今回はとってもシンプル。超カンタン。
そのお料理の作り方は、お米を一人用の小鍋に入れてぐつぐつと煮込み、煮立ったら溶き卵を回し入れて塩で味を調えるだけである。
「ふふふ。味は濃過ぎないように、お塩は控えめにー」
そうして出来上がったのは……。
――そう、卵粥だ。
卵のまろやかさと優しい塩味がさらさらと食べやすく、体調を崩した時に食べる定番料理だ。今の弱った閻魔様にはピッタリのメニューだろう。
「えーっと、卵粥はオッケーだし。それに水差しと……。あ、追加の氷も必要ね」
時間を確認すれば、もうお昼を過ぎている。お昼ご飯にはちょうどいい頃合いだろう。
「残ったお米で茜と葵にも差し入れのおむすびを作ったし、一先ずやることはこんなものかしらね」
エプロンを外して必要なものを全てお盆に乗せ終えたわたしは、その足でパタパタと閻魔様のお部屋へと急いだ。
◇◆◇◆◇
「閻魔様、起きてる……?」
寝室の襖の前で声を掛けるが、閻魔様からの反応が無い。仕方ないので許可は貰っていないが、そろっと襖を開けて寝室の中へと入る。
するとすーすーっと穏やかな寝息立てて、閻魔様は未だぐっすりと眠っていた。
「…………」
それにわたしはホッと息を吐いて持っていたお盆を置き、閻魔様の布団の横に腰を下ろす。
眠ったことで少し体調も回復してきたのだろうか? 今朝は青白かった顔色も、幾分か血色が戻ってきているように見えた。
「あ」
そのまま閻魔様の額に視線を移すと、思ってた通り氷嚢がもう溶けて水になっている。
取り替えようと、そっと氷嚢に手を伸ばす。
「……んん」
すると気配を察したのか、閻魔様の長いまつ毛が震えて、まぶたがゆっくりと持ち上がった。
「ん……もも、か……?」
「あ、ごめんなさい閻魔様。氷嚢を替えようと思ったんだけど、起こしちゃったわね」
「いや、大丈夫だ。…………、しかし私はすっかり寝入ってしまったのだな。こんなに深く眠ったのはいつ振りだろうか……」
寝ぼけまなこでゆっくりと布団から起き上がった閻魔様は、まだどこかぼんやりとしていて、普段の凛とした近寄りがたい雰囲気とは違い、どこか幼げだ。
わたしは水差しから湯呑みに水を注ぎ、そんな閻魔様に差し出した。
「はいお水。たくさん寝て喉が渇いたでしょ? 水分補給しないと脱水症状になっちゃうわ」
……まぁ、神様に人間の症状を当て嵌めていいのかは謎だけどね。
でも閻魔様は受け取ってぐびぐびとあっという間に飲み干したから、やっぱり喉が渇いていたのは合っていたみたい。
そしてそのまだとろんとした視線が、私の横にある小鍋を捉える。
「……何やらいい匂いがするな」
「あ、気づいた? 実は卵粥なら食べられるかなと思って作ってきたの。手軽でつるっとしたものではないから、閻魔様のお口に合うかは分からないけれど……」
言いながら小鍋の蓋を開けて、取り分け用の器に卵粥をよそう。
「はは。私とて何もつるっとしたものに限定せず、桃花の作ったものならどんな料理でも食べるよ」
「そ、そうなの? そんなにわたしの料理が気に入ってくれたのなら嬉しいけれど……」
不意打ちで料理を褒められて、思わず虚をつかれたような気分になる。なんだかむず痒いような、恥ずかしいような、そして嬉しいような……。
色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、じわじわと頬が熱くなる。
「う、う! ご期待に添えるかは分からないけど、はいどうぞ、召し上がれ!!」
「ああ、美味しそうだ。いただこう」
照れ隠しに半ばヤケクソみたいな言い方になってしまったが、閻魔様は特に気にした様子もなく器を受け取り、お粥をスプーンに一口分掬ってから息をフーフーと吹きかけた。
「ふーふー」
「…………」
しかもそれを何度も何度も繰り返している。
「……もしかして、閻魔様って猫舌なの?」
「!」
わたしが小首を傾げて聞くと、閻魔様は肩をビクリと震わせて、わたしから顔を背けるようにくるりと反対側を向いてしまう。
それに「あれ?」と思う間もなく、その背中越しにフーフーとまた息を吹きかける音がしたので、わたしは思わず吹き出してしまった。
何それ、可愛過ぎない!?
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