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五品目 牛乳寒天

二十四話 閻魔様に捧げる甘露(4)

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「月見じゃなくて、わたしは閻魔様にリクエストされていた料理を作ったんです! だから食べてほしくてお帰りをお待ちしていました!」

「え」


 わたしがそう伝えると、閻魔様は渡り廊下に置きっ放しになっている牛乳寒天へと視線を向けて、目を大きく見開いた。


「それでこんなところで寝ていたのか……!   
 それはすまないことをしたな。随分と待たせただろう? ああ、こんなに冷えてしまって」

「っ!」


 不意にスッと伸びた閻魔様の細い指先がわたしの頬を撫で、ドキリと心臓が跳ねる。
 色白で、線が細くて。そんな閻魔様の手はきっと、冷たそうだと勝手に思っていた。けれど頬に触れたその指先はとっても熱くて、触れた部分から熱がどんどんと広がっていくようだった。


「ん? なんだか頬が赤くなってきたな? 私の体温が桃花に移ったのだろうか?」

「…………うう」


 冷静に頬を撫でて、不思議そうに首を傾げる閻魔様。実は天然なんだろうか? こっちはこんなにも落ち着かないというのに……。
 なんだか胸がドキドキ? ムズムズ? 
 そんな上手く言い表せない感情がじわじわと湧き上がってしまう。


「あ、ありがとうございます! 閻魔様のお陰で温まりましたから、もう充分です! それより牛乳寒天を! お口に合うか分からないけれど、ぜひ食べてみてください!」


 むず痒い雰囲気に耐え切れず、身を捩ってわたしは、牛乳寒天とスプーンを閻魔様の目の前に突きつける。


「ああそうだな、頂こう」


 すると閻魔様は一瞬きょとんとしたが、素直にそれらを受け取って、渡り廊下に腰掛けた。


「あ」


 ここで食べてくれるんだ。
 てっきりもう遅いから、お部屋に持ち帰られるのかと思ってたのに。


「これは……、牛乳寒天か?」


「あっ! 閻魔様は知っているんですね。お風呂上がりに頂いた牛乳がとっても美味しかったから、それを使って作ってみたんです!」


 言いながらわたしも彼の隣にそっと腰を下ろすと、閻魔様は牛乳寒天をスプーンですくって頷いた。


「ああ、実際に食べたことはないが、知識としては知っているよ。神にとって甘露は特別なもの。私の漠然とした言葉からよくこれを作り出したね」

「はい。牛乳を使うってアイデアは、茜と葵と話してて浮かんだんですけどね」

「なるほど。心配したが、あの二人とも上手くやっているようで良かった」


 そう言って閻魔様は、スプーンに乗せた牛乳寒天をゆっくり口に運ぶ。


「…………っ」


 その動作の一つ一つを、わたしは固唾を飲んで見守った。
 何せこれが閻魔様にとって一千年振りの食事なのだ。
 美味しいと思ってほしい。食べることが楽しいと、幸せだと感じてほしい。
 そんな祈りにも似た気持ちをいっぱいに詰め込んだ牛乳寒天。


「――――」


 果たして閻魔様はどう感じたのか、まるでこの瞬間が永遠にも感じられたが――。


「――――美味いな」

「……本当、ですか?」

「ああ。優しいホッと安心する味がする」


 言いながら閻魔様は一口、また一口と牛乳寒天を口に運ぶ。


「…………」


 ……よかった。気に入ってくれて。
 わたしはホッと安堵の息を吐く。

 正直不安だったのだ。自分が美味しいと思っていても、茜や葵に絶賛されていても、閻魔様がわたしの料理を食べてどう感じるのかは全く想像がつかなかったから。


「あ、れ?」


 でも、なんだろう? 
 安堵とは別の、胸いっぱいに溢れるこの気持ちは――……。


「――泣くな、桃花」

「え……」


 スッと目元に細く綺麗な指が添えられ、その指先が涙を掬う。それを見てようやく自分が泣いていることに、わたしは気づいた。


「え、なんでわたし泣いて……」


 自覚したら、余計に溢れて止まらない。どうして? 零れる涙を拭い、考える。

 わたしは小鬼たちに頼まれたからではなく、わたし自身が・・・・・・この人にわたしが作ったものを食べてほしいと思っていた。
 この人に美味しいって言ってもらいたかった。

 ――それは何故?


『大丈夫、怖がらなくていい。ここは誰も君を傷つけないよ』


 そう言って玉座のような椅子から降りたその人・・・は、小さなわたし・・・・・・の前に屈み込んで、わたしの頭をそっと撫でた。
 その人の表情はボヤけていて分からないけれど、でもその時わたしは思ったのだ。

〝今度はわたしがこの人を救いたいのだと〟

 あの十年前に・・・・救われた時から・・・・・・・、ずっと――……。


「……――え? ええっ!!?」

「ど、どうした、桃花?」


 泣いていたわたしが突然大きな声を上げたので、閻魔様が驚いたように目を白黒させる。


「…………」

「桃花?」


 しかしわたしはそんな閻魔様に何も返せず、ただただ突然よみがえった記憶の断片に戸惑うことしかできない。
 ――だって、その人・・・っていうのは間違いなく……。


「閻魔様……、あの……」

「ん?」


 何度も口を開きかけては言い淀むわたしを、閻魔様が心配そうに見つめる。


「あの……」


 今ここで聞いてしまえばいいのだ。
〝わたしは昔、あなたに会ったことがあるんですか?〟――と。


「…………」


 ――でも、


『それと空腹が満たされれば、おのずと君の記憶は戻るよ。それまでは安心して冥土ここにいなさい』


 記憶の扉のロックをひとたび解除してしまえば、この冥土での時間が終わる。
 記憶を取り戻すことを熱望していた筈なのに、この時間が終わってしまうことがなんだか無性に怖い。


「……なんでもないです」


 結局わたしは何も聞けず、全てを見透かすような閻魔様の紅い宝石のような瞳からそっと目を逸らしたのだ。



=牛乳寒天・了=

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