上 下
14 / 65
三品目 和風ハンバーグ

十四話 閻魔様のリクエスト(2)

しおりを挟む


「そんな、不自由どころかすごく贅沢させてもらっていますよ。こんな素敵な浴衣まで用意して頂いて本当にありがとうございます。わたし、閻魔様にとても失礼なことをしてしまったのに……」


 わたしは緩く首を振って閻魔様の言葉を否定し、頭を下げた。
 そもそもわたしは人様の食事をいきなり横取りするという狼藉を働いたのだ。本来ならこんなに良くしてくれる理由はない。寧ろ卑しい女だと言われて問答無用で地獄行きになってもおかしくなかった。
 であるならば、今の扱いに感謝こそすれ、不満などある訳がない。
 しかし閻魔様はゆったりと首を横に振り、「顔を上げなさい」と穏やかに言った。


「宮に滞在させると決めたのは私自身だ。裁判所での件は気にしなくていい。どの道記憶を失っている者を裁くことは出来ない。自分の行いを振り返る術がないのだからね。もうすでに食事は済ませたのだろう? 何か思い出したことはあるかい?」

「はい。宮殿の台所をお借りして、サバの味噌煮と和風ハンバーグを作って食べました。けど、思い出せたことは何もなかったです……」


 最後の方は声が小さくなってしまった。顔を上げるようにも言われたが、閻魔様の顔を見れない。
 だってせっかく閻魔様がここまで気を遣ってくれているのに、結局何一つ記憶を取り戻せていないなんて。
 ただただお腹いっぱいになって、ぐっすり寝て、お風呂でピカピカになっているだけの自分が情けない。対する閻魔様は今の今まで裁判にかかりっきりだったというのに。


「すみません。せっかくここまでしてくれてるのに……」


 しいていうなら分かったことと言えば、わたしは存外料理が得意ってことくらいだけ。
 昼寝した時に見た夢は記憶とは関係ないだろうし。


「…………」


 ――もし、わたしがずっと何も思い出せなかったら、どうなるんだろう?

 茜と葵にはわたしがずっと宮殿にいたらなんて話もしたけれど、万が一本当にそんな状況になったとしたら?
 わたしはいつまでここにいていいのかな? 
 ……いさせてくれるのかな?


「…………っ」


 考えれば考えるほど言いようのない恐怖が湧き上がってきて、体が自分でも分かるくらいに震えてしまう。
 どうしよう、怖い……!


「――桃花」

「っ!?」


 するとそんなわたしの頭に〝温かいなにか〟が触れ、ビクリと肩が揺れる。
 俯いたままだった顔をそろそろと上げれば、閻魔様の紅い宝石のような瞳とぶつかった。


「大丈夫、何も怖がることはない。ここは誰も桃花を傷つけないよ」

「あ……」


〝頭の上の温かいなにか〟の正体が閻魔様の手だと気づいたのは、頭にじんわりと手のひらの温もりを感じたからだ。


「閻魔様……」

「急いで思い出そうとしなくていい。桃花のペースで、ゆっくり思い出せばいいんだよ。それまではいつまでだってここに居ていい。桃花が不安がることは、何もないんだよ」

「閻魔様、はい……」


 優しい言葉に手から伝わる柔らかな温もり。何故だかとても懐かしくて、どうしようもなく泣きたくなるほどの安心感に包まれる。
 ついさっきまでわたしを苛んでいた先の見えない恐怖が、跡形もなく消えていた。


「ありがとうございます、閻魔様。なんだか心が落ち着きました」

「そうか、ならば良かった」 

「はい、でも――」

『大丈夫、何も怖がることはない。ここは誰も桃花を傷つけないよ』


 この手の感触と、あの言葉。


「なんだかわたし、前にも・・・こんな風に誰かに撫でられたことがある気が――……え?」


 ポロリと口をついた言葉。
 それに自分でも驚く。


「〝前〟って……?」

「桃花……思い出したのか?」

「え」


 戸惑っていて気づかなかったが、わたしの頭を撫でる閻魔様の手がいつの間にか止まっていた。
 その瞳は驚いたように見開いている。


「え、閻魔様?」


 あれ? もしかしてわたし、また何か変なことを言ってしまったのだろうか?
 口は災いの元とはよく言ったもので、さっきだってそのせいで小鬼たちから難題な頼まれ事をされてしまった。以後は気をつけようと心に決めたのに、またもやってしまったらしい。


「あの、閻魔様?」


 恐る恐る様子を伺うように呼んでも、閻魔様は固まったように動かない。
 それに困っていると、不意にわたしの頭から手を下ろされ、「桃花」と呼ばれた。


「はい」

「桃花……思い出し・・・・たのか・・・?」

「はい?」


 よく分からない質問に問い返そうとして、ギクリと体が固まる。
 何故なら閻魔様は、吐息すら感じるほど間近でわたしを見つめていたから。
 そして熱をはらんだような真剣な声がわたしの耳に落ちる。


「私との〝約束〟を、思い出したのか?」


 約束・・??

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

処理中です...