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二品目 サバの味噌煮

五話 閻魔様の宮殿(2)

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 人間の娘ってのは鬼にとってご馳走……。

 ――って、ご馳走!?


「ええぇぇぇ!? 何それ!? そんなヤバい鬼がここにいるの!?」


 ついさっき食べられるかもと危惧してたことがまさか現実になるとは思わず、わたしは青ざめて小鬼たちの元へと駆け寄る。
 そんなわたしを呆れたような目で見て、赤い小鬼が大袈裟に溜め息をついた。


「……ただの冗談だアカ。鬼はグルメな生き物だアカ。間違ってもお前みたいな貧相な小娘は食べないから安心しろアカ」

「はぁ!? 冗談!? しかも貧相ですって!? マスコットみたいなゆるふわ二頭身のアンタにだけは言われたくないわよ!!」

「なんだとアカ!?」

「まーまーあかね、落ち着けアオ。貧相かはともかく、この宮殿にはオイラたちと閻魔様しか住んでいないから、安心するアオ」

「いや、その貧相かどうかが重要なんだけど……って、え……?」


 こんなだだっ広い建物に閻魔様と小鬼たちだけ? 
 確かに妙に静かだなとは思っていたけれど、まさか他に誰もいないなんて。  
 ヤバい鬼がいないのはホッとしたけど、誰もいないのはそれはそれで、なんだかもの悲しいような……。


「おいっ! そんなことよりいつまでもボサッと突っ立ってないで、早く歩くアカ!」

「そうだアオ! 冗談じゃなく、本当に置いて行くぞアオ!」

「あ」


 ……でも、ってことは誰かいたのかな?
 知りたかったけど、聞きそびれてしまった。


「ごめんごめん! 置いてかないで! 待ってーっ!」


 ずんずんとこちらを無視して歩いていく二匹を、わたしは慌てて追いかけた。


 ◇◆◇◆◇


「着いたぞアカ」


 それからしばらく歩くと、小鬼たちがあるふすまの前で止まった。
 藤色と白の市松模様が目を引く、和モダンな襖。その襖の取っ手に青い小鬼が手をかけてスッと開く。


「この部屋は藤の間というアオ。今日からここがお前の寝床だアオ」

「え……、わぁ! すごいっ……! かわいいーっ!!」


 飛び込んできた光景に、わたしは思わず目を輝かせて室内へと足を踏み入れる。
 寝殿造の宮殿ならば、てっきり部屋も畳の和室なのかと思っていたのだが、床は板張りのフローリングだ。
 それだけでも意外なのに、更に置かれている家具がとても目を引いた。全てが和洋折衷の、いわゆる大正ロマン風のインテリアでまとめられていたのだ。


「ええー素敵素敵! こんな素敵なお部屋、本当にわたしが使っていいの!?」


 思わず興奮気味に小鬼たちに尋ねると、二匹はわたしのテンションの高さに驚いたような表情を見せつつもコクンと頷いた。


「もちろん、好きに使えアカ。そんなに気に入ったんなら何よりだアカ」

「さて、そこの机に茶器と湯は一式揃ってるから、お前は自分で茶でも淹れて飲んで待ってろアオ」

「え? あなた達はどうするの?」


 わたしを置いてさっさと部屋から出て行こうとする小鬼たちを呼び止めると、二匹は揃ってきょとんとした顔で振り向いた。


「どうってそりゃあ、閻魔様の言いつけ通りお前に飯を作ってくるに決まっているんだアカ」

「えっ!? じゃあさっきの塩おむすびって……、もしかしてあなた達が作ったのーっ!?」


 わたしが大袈裟に指差して言えば、それがどうしたとばかりに二匹は小さな鼻を鳴らした。


「そうだアカ! あれはオイラたち渾身の塩むすびだアカ!」

「……なんかお前、今とてつもなく意外そうな……、失礼な顔をしているアオ」

「べ、別に意外だなんて思ってないわよ!? だってわたし、あんまり美味しいから、作った人と握手したいって思っていたくらいなんだから! ……えーと、じゃあはい! 握手!!」

「「??」」


 労いの意味も込めて、二匹の小さな赤色と青色の手をにぎにぎ。この鋭い爪でどうやっておむすびを綺麗な三角に握ったんだろう? うーん、気になる。
 小鬼たちは褒められるのは満更でもなかったのか、ソワソワと体を揺らし、こちらを伺うように見上げてきた。
 

「ふぅん、そうか! よしっ、それだけ気に入ったんなら心して待ってろアカ!!」

「お前にはオイラたち特製の塩むすびを腹がはちきれるほどにご馳走してやるアオ!!」

「ええっ!? ちょっと待って!!?」


 ニヤニヤと嬉しそうな二匹に水を差すのは申し訳ないが、しかし聞き捨てならない言葉に、わたしは慌てて待ったをかける。


「ご飯を作るって……、まさかまた塩おむすびを作る気!? そりゃ美味しいけど、さすがに二連チャンは飽きるわよ!!」

「なにぃ!? 絶賛していた舌の根も乾かぬ内に、別のものが食いたいと抜かすのかアカ!?」

「人間っていうのは毎食違うもんを食うとは聞くが、噂にたがわぬ贅沢口だアオ!!」

「いやいやいや! だって色んな料理に触れ合い味わうことで記憶を思い出せるって、閻魔様も言ってたじゃない! もし記憶が戻らないままだったら、わたしがずっとここにいるってことなのよ! それはあなた達だって本意じゃないでしょう!?」

「「う……ぐ……」」


 わたしの必死の訴えに、小鬼たちは苦虫を噛んだような顔をした。


「むむ。確かに神聖な宮殿にいつまでも人間がいるというのは良くないアカ」

「けど、色んな料理と言っても、オイラたちは……アオ」

「…………?」


 二匹が互いに目配せ合ってる。
 なんだろう? 
 首を傾げて小鬼たちの様子を見守っていると、二匹の視線がジロリとわたしに戻った。


「……そこまで言うならいいだろうアカ。特別にお前に台所を使わせてやるアカ」

「え?」

「材料はこっちでなんでも用意してやるアオ。どうせ有り余ってて処理に困ってたアオ」

「ん??」


 あ、れ? 話の流れがなんだか不穏……?

 嫌な予感に早く何か言わねばと口を開くわたしより先に、二匹の小鬼はビシッっとこちらに指を突きつけて叫んだ。


「「オイラたちは塩むすび以外作れないから、お前が飯を作れアカ(アオ)!!」」

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