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一品目 塩おむすび

二話 閻魔様と二匹の小鬼

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 つまりわたしは閻魔様の死後裁判の真っただ中……て、


「…………え」


 それってヤバくない?
 今更ながらに自分の置かれた状況を思い出して冷や汗が出てくる。


『あーーっっ! 小娘! それは閻魔様にご用意した握り飯だアカーー!!』


 小鬼たちが運んでいたおむすびに目を奪われて思わずがっついてしまったけれど、それは閻魔様に用意されたものだった。
 それを全部横取りして食べちゃったなんて、冷静に考えなくてもわたし、かなりマズい状況なのでは!?
 さっき閻魔様は「別によい」とか言ってたけど、本心ではものすごく怒ってて、問答無用で地獄に堕とされるとか……ないよね??


「…………」


 わたしは恐る恐る、眩しいくらいに美しい閻魔様のご尊顔を仰ぎ見るが、まるで精巧な人形のように無機質な無表情でどんな感情も読み取れない。
 逆に小鬼たちは「やーいやーい、怒られろー」みたいな顔でこちらをチラチラ見てきて、ムカつくので無視だ。
 被害妄想じゃない。絶対そんな顔してる。ていうか閻魔様がこんなキラキラした美形って有りなの? なんかもっと厳つくって、怖~い鬼のイメージでしょ? 普通。

 ……なんて、現実逃避にどうでもいいことを考えていた時だった。


 ぐうぅぅぅぅ。


「あ」


 空気を読まないわたしのお腹が、朱色の柱が幾重にも建つ広い空間に高らかに鳴り響いた。
 これにはわたしも小鬼たちも、……そして恐らく閻魔様も固まったと思う。


「…………」


 暫しの静寂の後、一番に口を開いたのはやはり騒がしい小鬼たちだった。


「こいつ、まだ腹を鳴らしてるぞアカ」

「握り飯全部食っといて、なんて図々しいヤツなんだアオ」

「……う」


 小鬼たちはひそひそと囁き合い、呆れたような視線が体にグサグサと突き刺さった。
 やめて。わたしだってさすがに恥ずかしいんだから、そんな目で見ないで。


〝お腹空いた。お腹空いた〟


 ああでも、まだ頭の中で小さな女の子のか細い声がする。
 これではまた見境なくご飯を食べてしまいそうだ。
 居た堪れなくなって俯くと、「ぷっ」と何やら前方で吹き出すような音がした。


「……?」

「っははははは!」


 すると突然響いた大きな笑い声にわたしは弾かれたように顔を上げ、そして思わず我が目を疑った。
 何故なら先ほどまでピクリとも表情筋の動かなかった閻魔様が、楽しそうに笑っていたのだ!

 ていうかもう、お腹抱えて大爆笑してるんですけど!? いいの、そんな姿見せて!? 小鬼たちギョッとしちゃってるんですけど!?

 呆気にとられるわたしと二匹の小鬼をよそに、なおも閻魔様は笑い続ける。


「ははは……はぁ……」


 しかしわたし達の微妙な視線を感じたのか、閻魔様は口を閉じてサッと居住まいを正す。
 それでも口元に寄せたしゃくの隙間からまだクスクスと小さな笑い声が漏れ出てるのは隠せてはいないが……。


「……ふむ、どうやらこの娘はまだ腹が満たされていないらしい。茜、葵。この娘をみやに連れて行き、何か食べさせてあげなさい。裁判はひとまず中止だ」

「「えっ!?」」


 閻魔様の言葉に小鬼たちが驚き目を丸くする。それはもちろん、わたしもだ。
 だって、え? 裁判は中止? それに〝宮〟って……、何??


「待ってくださいアカ!! 裁判を中止にするって……。いや、それよりも閻魔様の宮殿にこんな人間の小娘を入れるのですかアカ!?」

「部屋なら有り余っているんだ、別にいいだろう?」

「余ってるかどうかの問題じゃないんですアオー!! 人間を入れるのがおかしいんですアオー!!」


 なんてことのないことのようにケロッとしている閻魔様とは対照的に、小鬼たちはあわあわと頭を抱えている。


「……えっと?」


 話の流れ的にその〝宮〟っていうのは、閻魔様の宮殿のことなのよね? 人間わたし宮殿そこに行くのは、そんなにマズいことなんだろうか?
 まぁ裁判を中止にすること自体異例だっていうのは、彼らの反応でよく分かるけど。


「茜、葵。少し落ち着きなさい。私とてただの気分で言っている訳ではないよ。ほら、よく見てご覧。――

「え」


 ……魂?

 閻魔様がスッと笏でわたしを静かに指す。すると小鬼たちの視線もわたしへと移り、そして驚いたように目を見開いた。


「――なっ、アカ!」

「これは……アオ!」

「え、何……?」


 先ほどまでと二匹の雰囲気が変わるのを感じて、思わず後ずさる。
 見た目がまるでマスコットみたいで可愛らしいと思っていたけど、やはり人ならざる者達に無表情でジッと見つめられるというのは、本能的な恐怖を感じてしまう。


「ふーん、なるほど……。はぁ、仕方ないアカ」

「ほら小娘、オイラたちに着いて来いだアオ」

「え、え、ちょっ!? 何よ急に!? 引っ張らないでっ!!」


 パッとわたしから視線を外したかと思ったら、次の瞬間二匹はわたしの両腕をそれぞれ引っ張り、無理やりに立ち上がらせようとしてきたのだ。
 その可愛い見た目に反したあまりの強い力にわたしは成す術なく、そのままどこかへと歩き出す二匹に従うしかない。


「ちょっと! 聞いてる!? 待ってってば!!」

「「…………」」


 先ほどまでうるさいくらいだったのに、小鬼たちから返事がない。


 ――どうしよう、怖いよ。

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