9 / 37
幻想の錬金術師
あとひとり
しおりを挟む
それから企画部・営業部全員分の「気配」が判明したので、人事部に戻って二人してプリンを食べつつの結果発表。
「小野さんも含めて、営業も企画もみんなシロだね」
「そうですか」
実は半分くらい小野君を疑っていた。
この部屋によく来ていた小野君が来なくなってから少しずつ状況が変わったとぼんやりと記憶していたからだ。
「ところで俊郎さん。これでほぼ全員調べたことになるけど」
「あぁ、あとは社長……藤田君だけですね」
「うん」
遥が社内SNSの画面を開いてスケジュールを確認する。
「明日の午前中は社内にいる予定になっているね。俺、明日の朝は大学に行くから、社長からなにかもらっておいてくれる? 何か文字で書いてもらうとありがたいかな」
「分かりました」
「昼前には出社します」
私は終電の二つ前には乗ろうと思い、慌てて荷物をまとめて遥と共に会社を出た。
「遅い時間まで、どうもありがとう」
「夜更かしは慣れっこだから大丈夫。あ、俊郎さん。こないだ渡した満月の守り、ちゃんと肌身離さず持ってる?」
「えぇ。言われた通り、ちゃんと持っていますよ」
「よし。ではおやすみなさい!」
ビルの玄関で別れて私は駅へと向かう。あの日、遥がこの屋上に居なかったら扉は施錠されていて、私はまた別の死に場所を求めて彷徨っていただろうか。
正直に言えば、遥を疑わなかったわけではない。もしかしたら本当は大きな仕掛けがあって、何かの策略じゃないかとか、そんな風にさえ思った。
遥を信じてみようと思ったのは、私が死んだら妻や息子が悲しむからと、そのためだけに協力を申し出てくれたからだ……。
私は振り返り、遥の住む部屋があるであろう付近を見上げた。その向こうには少し欠けた月が上っていて、雲の中に隠れるところだった。今年は空梅雨と言われていたが、さすがに一雨くるかもしれない。
ポケットの中の満月の守りを握り締めて家路を急ぐ。
……今日はもう眠ってしまっているだろうから、明日の朝は、出かける前に妻と息子をしっかり抱きしめようと思う。
* * * * *
「藤田君、昨日……豪雨に遭遇してスマホが水没して、番号が消えてしまって……えーと」
考えに考えた末、自然に筆記してもらう方法がこれだった。ほかに何かいい方法があっただろうか。それ以前に棒読みの台詞を不審に思われなかっただろうか。
「なんだ、俊郎にしてはドジなことをするなあ」
何も疑わずに付箋に番号を書いてくれた。ついでに6月28日の誕生日まで。
「もうすぐなので、プレゼントもよろしくな!」
藤田君は前職での同期入社組だ。藤田君の方は早々に転職し、後にこの会社を立ち上げる際に呼ばれて来たので、いわゆる同胞でもあり腐れ縁でもある。誕生日は忘れるわけがない。
「何が欲しいか、あとでメール——」
「うまい棒ひと箱!」
私の言葉を遮って言い放ち、子供のような顔でニッと笑う。良い意味で子供っぽさを残すからこそ、大胆にも起業に打って出たのだろうと思う。
「そういえば遥君をデザイン部に欲しいって言ってる奴がいたぞ」
なんとなく想像はついたが、こちらも人手が惜しいので手放す気にはなれない。
「デザイン部も、どうにかいい人が見つかるといいですね」
「ハハハ、やんわりとお断りかぁ。……俊郎は洞察力があるし、良い人がいたら即捕まえてやって」
「えぇ。もちろん」
そろそろ昼休みという頃、遥が出社してきた。藤田君から受け取った付箋を見せようとすると、いつもと雰囲気が違う。
「あれ? ……遥君、その目は」
「あ、学校行くときはコンタクトレンズだよ」
そう言いながら、黒いコンタクトレンズを外すといつもどおりの金色の瞳が現れた。
「学校だけは、どうしても物珍しさで人が押しかけてくるからね」
「なんだか苦労してそうですね」
「慣れっこ慣れっこ」
レンズをゴミ箱に捨てると、メモを受け取ってリュックを背負ったまますぐに詠んでいる。
もし藤田君だったら……。
「ふふっ」
「ん?」
「俊郎さん、社長からすごい心配されてるよ」
一瞬涙腺が緩んだ。……彼は上司ではあるが親友なのだ。
「ね、死ななくて良かったでしょう」
「えぇ」
みっともない顔をしていたであろう私の顔を覗き込んでニッと笑う遥だったが——
「これで全員か……」
遥はすぐに怪訝な顔になると、ポケットから革袋を取り出してその結晶をしまった。
「そういえば前に結晶同士を近づけると溶けるのを見せてくれたけど、昨日の夜みたいにそれぞれ違う結晶をまとめて袋に入れるのは大丈夫なんです?」
「結晶にはちゃんと境界があるからお互いが触れ合っても平気。あの時は俺が境界を解除して反応させたんだよ」
「本当に不思議なものですね」
藤田君の思惑も知ることができたし、彼は色んな形で本当に想いを循環させているようだ。
「これで全員無実……ってことですかね?」
遥は目を閉じて何かを考えている。
「まさか社外の何者かが侵入してゴミをまき散らしたり、受話器にガラスを張り付けたり、「死ね」なんてメッセージを残したということなんですか……」
しかし、このセキュリティの甘い社内なのに盗難などの被害報告は一切ない。
デザイン部のハイスペックなパソコンや、この部屋の仮払用の現金も手つかずだ。それにSNSへの書き込みは北原さんで間違いない事実だった。
「社外の人にここまでの嫌がらせをされる覚えがまったくないんですが」
「ねぇ、俊郎さんちょっと待って。俺も社長が最後かと思っていたけど……」
「小野さんも含めて、営業も企画もみんなシロだね」
「そうですか」
実は半分くらい小野君を疑っていた。
この部屋によく来ていた小野君が来なくなってから少しずつ状況が変わったとぼんやりと記憶していたからだ。
「ところで俊郎さん。これでほぼ全員調べたことになるけど」
「あぁ、あとは社長……藤田君だけですね」
「うん」
遥が社内SNSの画面を開いてスケジュールを確認する。
「明日の午前中は社内にいる予定になっているね。俺、明日の朝は大学に行くから、社長からなにかもらっておいてくれる? 何か文字で書いてもらうとありがたいかな」
「分かりました」
「昼前には出社します」
私は終電の二つ前には乗ろうと思い、慌てて荷物をまとめて遥と共に会社を出た。
「遅い時間まで、どうもありがとう」
「夜更かしは慣れっこだから大丈夫。あ、俊郎さん。こないだ渡した満月の守り、ちゃんと肌身離さず持ってる?」
「えぇ。言われた通り、ちゃんと持っていますよ」
「よし。ではおやすみなさい!」
ビルの玄関で別れて私は駅へと向かう。あの日、遥がこの屋上に居なかったら扉は施錠されていて、私はまた別の死に場所を求めて彷徨っていただろうか。
正直に言えば、遥を疑わなかったわけではない。もしかしたら本当は大きな仕掛けがあって、何かの策略じゃないかとか、そんな風にさえ思った。
遥を信じてみようと思ったのは、私が死んだら妻や息子が悲しむからと、そのためだけに協力を申し出てくれたからだ……。
私は振り返り、遥の住む部屋があるであろう付近を見上げた。その向こうには少し欠けた月が上っていて、雲の中に隠れるところだった。今年は空梅雨と言われていたが、さすがに一雨くるかもしれない。
ポケットの中の満月の守りを握り締めて家路を急ぐ。
……今日はもう眠ってしまっているだろうから、明日の朝は、出かける前に妻と息子をしっかり抱きしめようと思う。
* * * * *
「藤田君、昨日……豪雨に遭遇してスマホが水没して、番号が消えてしまって……えーと」
考えに考えた末、自然に筆記してもらう方法がこれだった。ほかに何かいい方法があっただろうか。それ以前に棒読みの台詞を不審に思われなかっただろうか。
「なんだ、俊郎にしてはドジなことをするなあ」
何も疑わずに付箋に番号を書いてくれた。ついでに6月28日の誕生日まで。
「もうすぐなので、プレゼントもよろしくな!」
藤田君は前職での同期入社組だ。藤田君の方は早々に転職し、後にこの会社を立ち上げる際に呼ばれて来たので、いわゆる同胞でもあり腐れ縁でもある。誕生日は忘れるわけがない。
「何が欲しいか、あとでメール——」
「うまい棒ひと箱!」
私の言葉を遮って言い放ち、子供のような顔でニッと笑う。良い意味で子供っぽさを残すからこそ、大胆にも起業に打って出たのだろうと思う。
「そういえば遥君をデザイン部に欲しいって言ってる奴がいたぞ」
なんとなく想像はついたが、こちらも人手が惜しいので手放す気にはなれない。
「デザイン部も、どうにかいい人が見つかるといいですね」
「ハハハ、やんわりとお断りかぁ。……俊郎は洞察力があるし、良い人がいたら即捕まえてやって」
「えぇ。もちろん」
そろそろ昼休みという頃、遥が出社してきた。藤田君から受け取った付箋を見せようとすると、いつもと雰囲気が違う。
「あれ? ……遥君、その目は」
「あ、学校行くときはコンタクトレンズだよ」
そう言いながら、黒いコンタクトレンズを外すといつもどおりの金色の瞳が現れた。
「学校だけは、どうしても物珍しさで人が押しかけてくるからね」
「なんだか苦労してそうですね」
「慣れっこ慣れっこ」
レンズをゴミ箱に捨てると、メモを受け取ってリュックを背負ったまますぐに詠んでいる。
もし藤田君だったら……。
「ふふっ」
「ん?」
「俊郎さん、社長からすごい心配されてるよ」
一瞬涙腺が緩んだ。……彼は上司ではあるが親友なのだ。
「ね、死ななくて良かったでしょう」
「えぇ」
みっともない顔をしていたであろう私の顔を覗き込んでニッと笑う遥だったが——
「これで全員か……」
遥はすぐに怪訝な顔になると、ポケットから革袋を取り出してその結晶をしまった。
「そういえば前に結晶同士を近づけると溶けるのを見せてくれたけど、昨日の夜みたいにそれぞれ違う結晶をまとめて袋に入れるのは大丈夫なんです?」
「結晶にはちゃんと境界があるからお互いが触れ合っても平気。あの時は俺が境界を解除して反応させたんだよ」
「本当に不思議なものですね」
藤田君の思惑も知ることができたし、彼は色んな形で本当に想いを循環させているようだ。
「これで全員無実……ってことですかね?」
遥は目を閉じて何かを考えている。
「まさか社外の何者かが侵入してゴミをまき散らしたり、受話器にガラスを張り付けたり、「死ね」なんてメッセージを残したということなんですか……」
しかし、このセキュリティの甘い社内なのに盗難などの被害報告は一切ない。
デザイン部のハイスペックなパソコンや、この部屋の仮払用の現金も手つかずだ。それにSNSへの書き込みは北原さんで間違いない事実だった。
「社外の人にここまでの嫌がらせをされる覚えがまったくないんですが」
「ねぇ、俊郎さんちょっと待って。俺も社長が最後かと思っていたけど……」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
エルフは住処を探してる!〜アイルランドから来たエルフは只今ホームシック(T-T)です〜
麻麻(あさあさ)
キャラ文芸
これはエルフの女の子がひと夏、「懐かしい」を探す
為に旅をする話。
2024年、アイルランドのエルフの郷は隕石により消滅した。
エルフのエルシーは幼なじみの男の子アルヴィンと安全な国、日本に高校生として暮らす。
エルシーの事が好きなソータや、魔導書がない生活を不満にしていたが、グリーンの写真集とエックスの写真家souが彼女の癒しになっていた。
「家はあるけど家じゃない」とエルシーは孤独を感じていた。
しかしソータと仲良くなり、ソータは夏休みに長野の写真撮影旅行にエルシーを誘う。
エルシーは彼に世界旅行の提案をすがー。
これはエルフの少女の成長記
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
式鬼のはくは格下を蹴散らす
森羅秋
キャラ文芸
陰陽師と式鬼がタッグを組んだバトル対決。レベルの差がありすぎて大丈夫じゃないよね挑戦者。バトルを通して絆を深めるタイプのおはなしですが、カテゴリタイプとちょっとズレてるかな!っていう事に気づいたのは投稿後でした。それでも宜しければぜひに。
時は現代日本。生活の中に妖怪やあやかしや妖魔が蔓延り人々を影から脅かしていた。
陰陽師の末裔『鷹尾』は、鬼の末裔『魄』を従え、妖魔を倒す生業をしている。
とある日、鷹尾は分家であり従妹の雪絵から決闘を申し込まれた。
勝者が本家となり式鬼を得るための決闘、すなわち下剋上である。
この度は陰陽師ではなく式鬼の決闘にしようと提案され、鷹尾は承諾した。
分家の下剋上を阻止するため、魄は決闘に挑むことになる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる