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番外編 他者視点
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しおりを挟む思いもかけない言葉に固まって振り返る。隣ではエミも同じように硬直して、真っ青になっていた。
「俺には手に余る。それなら、優しくて一途で、ずっと一緒にいてくれる男探せよ」
「な、なに言ってるの!?これからは、アカリをきちんと大事にすればいいでしょ!?」
思いがけない方向に向かってしまった話し合いに、動揺が隠さず体が震えた。そんな馬鹿な、そうではなくて、涼哉は反省してアカリをきちんと彼女として大切にするべきで、そうなるようにユキは必死に説教した、のに。
「無理だから、それ。そういうのを望むんだったら、アイツは俺じゃないヤツと付き合った方がイイと思うよ。じゃね」
「ちょ、ちょっと待って!ねぇ、ごめん!ごめんなさい!私が言ったことが気に障ったなら謝るから!今別れるなんてことになったら、あの子……」
さっさと帰ってしまいそうな涼哉に、ユキは慌てて駆け寄り縋り付く。ただでさえショックを受けて落ち込んでいるアカリが、涼哉から別れを告げられでもしたら、今度こそ、本当に……。
「……知るか」
「え?」
「譲を消えればいいと思ってる女のことなんか知るかよ、って言ったんだよ」
「……なっ!?」
「今日来たのだって、あいつが行けって言ったから来ただけだ。次はもう来ねぇぞ」
「アイツ?」
さっきのアイツとは違う響きに、ユキは思わず鸚鵡返しに問うてしまった。答えなど分かり切っていたのに。
「譲だよ、譲。物凄い剣幕で、今すぐ行け!って」
あいつ。それが誰を指すのか、本当は言われずとも分かってしまう自分がユキは嫌だった。
「あいつに言われなかったら、来なかったさ。譲がアカリを気にかけてるのは気に入らねぇけど、家から叩き出されたから仕方なく来たんだよ」
おそらくは無意識に、ふわりと浮かぶ柔らかい微笑。会話の内容とはかけ離れた穏やかさは、その名前を口にする時特有のものなのだろうか。
アカリを呼ぶ時と同じ、冷たい指示語なのに、ふくまれるのはどこか柔らかで優しい響き。
同じ言葉が、こうも違って聞こえるものだろうかと、呆れてしまいそうなくらいだ。
「アカリもお前らも、勘違いしてるだろ。あいつがいなかったら、俺とアカリが上手くやっていけるとか。……ありえねぇな。あいつがいなくなったら、ココから俺もいなくなる。そんだけだよ」
ここから。
それは、大学から?それとも、……この世から?
淡々としていながらもどこまでも深い暗闇を思わせる言葉に、ぶるりと背筋を震えが走った。
「……あ」
「じゃあな」
腕から力が抜けて、涼哉はあっさりユキの手を振り払う。引き留める力もなく、ユキは呆然と涼哉を見送った。やっぱ女はめんどくせぇなー、なんてふざけたことを呟きながら、なんの躊躇いもなく病院から出て行く後ろ姿を。
「……ユ、キ」
後ろからエミがとん、と肩を叩いてきた。
「行こう、アカリのところ」
「……うん」
心細さと恐怖感に、エミとユキは無言で手を繋いで暗い廊下を歩いた。
「無理、だね、あれは」
「うん」
小さく囁いて、頷き合う。
かすかな震えを抑えながら、絶望的な気持ちで手を強く握り合った。
「……アカリに、なんて言おう」
ポツリと聞こえたエミの言葉に、ユキも俯く。余計な真似をしなければ良かった、と思いながらも、どのみち無理だった、とも思った。
あれは、無理だ。
無理だよ、アカリ。
あなたじゃ、無理だ。
あなたには、無理だ。
あの男は、狂っている。
***
「結婚かぁ~みんな着実に人生の階段のぼってるなぁ」
「ふふっ、譲くんはどうなの?」
「おれぇ?俺はいつも通り、王子の尻拭いに奔走してて相手が見つかんないんだよねぇ」
「大変だねぇ」
嘘ばっかり。
昔から王子様の後始末、のふりをして、せっせとお掃除とお片付けをしていたくせに。
「王子様をお任せできる相手が出来たら、俺にもカノジョできるかもしれないけどな」
「そんな日、来ないと思うなぁ」
「えー!まじ!?俺一生彼女出来ないじゃん」
「あははははっ」
軽口を叩き合いながらも、アカリは自分たちの救世主を眩しい気持ちで眺めた。ちっとも邪気のなさそうな、少年のような笑顔に目を細める。
「譲くんは頑張って王子様の手綱を握っててよ、その方が被害は広がらないと思うから」
「ははっ、アカリちゃんに言われると説得力がやばいなー。ほんとうに元気になってくれてよかったよ。あの時は、アイツがごめんな」
いつものように、王子様の代わりに頭を下げる譲くん。真摯ではあるけれど軽妙で、手慣れた謝罪のセリフに、被害者としては苦笑しか浮かばない。
「ううん、もう平気だから。それに、譲くんがこっぴどく叱ってくれたおかげで、傍若無人な王子様もちょっと考えを変えたみたいだし」
「あー、それでアイツ、途中で女の趣味変わったのか……一応選ぶようになったのか……?いやそれもどうだよ……まぁでも死人は出なかったから……いいのか……いや良くないだろ……」
「ふふっ」
ぶつぶつと呟く譲くんの首筋には、角度によってはギリギリ見える位置に、ぐろいくらいのキスマーク。ほとんど傷のような赤黒い所有印は、きっと王子様からの牽制だ。
「……ねぇ、譲くんは今幸せ?」
「へ?」
黒髪・二重のつぶらな瞳・身長差十センチメートル・声が女子にしては低い、つまり男子にしては高い・なで肩・指が長い、などなどの条件すべてに当てはまる目の前の綺麗な青年は、悪魔のような王子様の恋のお相手だ。
「ん?まぁ、普通に幸せだけど?」
「そっか。……よかった」
最近『王子様の被害者の会』への新規参加者がいないということを鑑みるに、おそらく、王子様の傍迷惑な恋は実ったらしい。
噂によると男の子すら毒牙にかかっていたらしいから、本当に酷い。猛毒を持つあの王子様の悪行がストップしたのなら何よりだ。
「私も今幸せだから、譲くんも幸せだったら良いなって思ったの。私の幸せは譲くんのおかげだから」
「えー?いや、俺がやったのは、マサ先輩を紹介したくらいだけど?」
「そんなことないよ。学園の平和は譲くんの手腕にかかってるんだからね」
「へ?」
不思議そうな譲くんに私は自分が一番綺麗に見える顔で微笑んだ。
「地獄の魔王みたいな王子様を、ちゃんと捕まえておいてね」
願わくば永遠に、あの悪魔を解き放つことのないように。
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