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俺が名前を呼んだ夜

無機質で愛のない夜

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「あ、おはよ」
「……おはよう」

もう、二度と触れることは出来ないのかもしれないと思った。
けれど、昼の譲はやっぱりいつも通りで、少し距離は離れていても、柔らかく笑いかける顔は見慣れたものだ。

もう、訳がわからなかった。
忘れてくれと、言ったくせに。
もう終わりみたいな、手紙を残したくせに。

もう限界だと、耐えきれなくなった俺は、譲にカマをかけた。

「あいつが、どうかした?」

少しだけ嫌そうにしながらも、譲がふわりと笑った。

「さずかり……こん……。……ふぅん」

あまりにも、冷たい微笑に、ぞわり、と鳥肌がたった。

「いや。めでたいことじゃね?ちょっと、わりと、ビックリしたけど」

さらりと日常の続きのように会話を続ける譲に合わせて笑いながら、俺の心臓は不気味にどくり、どくりと、と音を立てる。

「ふふっ、てか、俺に聞くよりも、適任な奴が他にいるんじゃね?俺、彼女も子供もいないしさ」
「…… 俺も、いねぇよ」
「ははっ、…… お前にいたのは、彼女じゃなくてセフレだもんな」

結婚祝いの話題の最中、譲が閃かせた氷のような笑み。
俺を見下したような視線、突き放したような口調、そして間違いなく閉ざされた心。

「……ゅず」

その瞬間、俺の心臓は鼓動を止めたようだった。

使えない俺の脳に、一つの仮説が浮かび、背筋が凍りつくような恐怖が襲う。

あぁ、まさか、もしかして。
譲は、あの晩の相手が俺だと、気づいていない、のか。
あの晩、譲は、あの男に抱かれたと、思っているのか。
自分の、愛する男、に。

思わず震えそうになる体を押さえつけ、強張った笑みを顔に貼り付ける。

なるほど、そういうことか。
それなら理解出来る。
あの男に恋人がいることを知っていて、その上で関係を望んだのだとしたら。
あの夜が、最初で最後だと、思っていたのだとしたら。
あの手紙は、絶望を叩きつける別れの宣告なんかじゃない。
あれは、とても優しくて、 とてもとても悲しいラブレターだ。

あぁ、なんて可哀想なゆずる。
抱いたのは、お前の愛する男じゃない。
お前を愛する、この綺麗な皮を被った、泥々に醜い男なのに。






思いつめた俺は、酒の力を借りて、いつもより更に離れていた距離を、意を決して詰めた。
嘘を見逃さないように、じっと瞳を見て、一語ずつ区切るようにして尋ねた。

「お前、俺の事、嫌いなの?」

好きだ、とも言えず、好きなのか?とも聞けない、自分の臆病さは分かっている。
けれど、好きだ、と言えば「俺も」と、「好きなの?」と聞けば「好きだよ」と、軽く答えられてしまうとも思ったのだ。
譲に、『そういう対象』として、俺のことを考えて欲しかった。

きちんと向き合って欲しいのだ。
一人の男としての、俺自身に。

もしかしたら俺の立場は、使い勝手の良い、口の固いセフレなのかもしれない。
都合の良い夜の相手だと思われているのかもしれない。
でも、きっと譲は、嫌いな相手には肌を触れさせない。
そう思いたかった。
親友として愛されていることは分かっているから。
だから、男として心から愛してくれていなくても良い。
きちんと男として、少しでも好意を持ってくれているのならば、それで良い。
そう、思ったのだ。

けれど。
譲は何事もないかのように、笑った。
嫌いなわけないだろう、普段より距離が離れていることに大した理由はない、と。
まるで、日常会話の一環のように、平然とした顔で。
思い描いた通りの回答に、落胆した。

「……?」

不思議そうに首を傾げる譲に、俺は必死に笑みを浮かべて首を振った。

「いや、気にしないでくれ。俺の、勘違い、だったんだ」

あぁ、馬鹿なことを聞いてしまった、
譲は俺を『好き』だ。
当然のように。

そう、『昔から、変わらず』
それは、ひどく『今更』の話。

家族のような、兄弟のような、双子のような。
俺たちは、親友。
それで、十分なのだ。

寂しくて涙の溢れる日は慰め合い、寒くて凍える夜は温め合う。
躓けば手を差し伸べ、悲しみの泥の中に埋まっている相手を救い出す。
きっと、そんな変わることのない、美しい関係なのだから。

そこに、俺たちは、一時の関係を加えたのだ。
肌恋しい夜に、仮初めの、体温を求めて。
自分を決して裏切らない相手を、互いに利用している。

なぁ、ゆずる。
そう思っているのだろう?

今日だって、互いの熱で、欲望と寂しさを紛らわそうと、そう思っているのだ。
きっと、俺の心になんて、気づきもしないで。

「……っくそ」

度数の高い酒ばかりをひたすら煽る。
優しい譲は、そんな俺を心配そうに見つめている。

「涼哉、飲み過ぎだってば」
「へ、ーき」

今日は、あの男はいない。
俺で、寂しさを埋めるのだろう。
俺は、そのための、とても都合のいい駒なのだろう。

「……っかやろ」

何度も何度も、愛していると言ったのに。
俺が、お前を愛しているなんて、ちっとも信じていなくて。
熱く思考を溶かした夜を過ごすための時間限定の睦言とでも、思っているのか。
譲は、俺を利用して、きっと俺も、譲を利用しているのだと、思っているのだ。
酔った俺が、人肌恋しさに誰彼構わず抱き寄せているのだとでも思っているのだ。

あぁ、ちくしょう。
例え、そうだとしても。
俺は、お前だけは、そんな風には決して抱かないのに。

夜のことは、昼には持ち込ませないつもりなのだ。
そして、これからも続けていくつもりなのだ。
寂しいと泣く心を騙して、熟れる体だけを慰め合う、無機質で愛のない夜を。

やりきれなくて、顔を見たくなくて。
その夜、俺は、後ろから譲を抱いた。




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