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俺が名前を呼んだ夜
浮かんだ疑問
しおりを挟む「飲み過ぎだって」
「ぅあ……」
飲み会の席。
最近はいつも隣に座ってくれる譲が、笑い混じりにため息をつく。
柔らかで、そしてどこか蠱惑的な響きを含む声の窘めに、俺はふわりと理性を手放した。
そして、酒の助けを借りて、そっと譲を抱き寄せる。
「……も、帰る」
今日も、いつもと同じ。
浴びるほどのアルコールに背中を押されて、俺はやっとのことで、譲を誘うのだ。
まるで寝言のような、間抜けな台詞で。
「…………ははっ、寝ちゃったの?」
そうすると譲はいつも、何かを確認するように、アルコールに濁った俺の視界をふっと覗き込み微笑む。
とても美しく、艶めいた、そしてどこか酷薄な顔で。
「馬鹿な涼哉」
「……ん」
全てを許すような、全てを嗤うような声が落とされて、俺の体は愛する体温に抱え込まれる。
譲の呟きに、俺はいつも喉の奥が擦れてこぼれた吐息のような、短い返事しか出来ない。
俺を覗き込む瞳の濡れた熱に、俺の脳は沸騰してしまって、俺の意思では何一つ動かせなくなるのだ。
「悪いけど、先に帰るなー、お疲れー」
どこかの誰かに向けて譲が挨拶している声が聞こえてくる。
そうすれば、あとは、いつも同じ。
俺の家へ辿り着き、二人で燃えるような熱い情事に身を投じるだけだ。
暗闇に響く、蕩けた啼き声。
「あっ、ッんあ、あぁあッ」
甘やかに喘ぎ、縋るように背中へ腕が回される。
「もっ、とッ」
「ぅあッ、ぐっ」
煽るように揺らめく腰に呼吸の自由さえ奪われて、俺は本能の塊になって腰を振る。
「好きッ、あいしてるっ」
「くっ、うぅっ」
嬌声の合間の短い愛の言葉が俺を絶頂へと押し上げる。
幸福の頂点で達し、揺蕩うような眠りに落ちる。
そして、目が覚めれば『ヒトリ』という絶望に堕とされて、俺は胸を掻き毟るのだ。
心臓が止まりそうな幸福感と、呼吸すら危ういほどの不安。
相反する二つの感情が、俺の内部でめまぐるしく暴れまわる。
もう、おかしくなりそうだった。
そんなある日。
譲との間に、距離があることに気が付いた。
「……え」
何度か、夜を過ごしてからだ。
原因なんて、それ以外に思いつかない。
嫌われたのだろうか、と。
最初に思ったことは、それだった。
これまでは、間違いなく愛されていた。
その自信があった。
たとえ親友への愛だとしても、確かな情愛が注がれていた。
その親友としての『愛』を、俺が裏切ったから?
それとも、何か、嫌なことをしてしまっただろうか。
けれど、譲は俺の求めに応じ続けている。
夜を過ごすことが嫌ならば、俺を嫌いになったのならば、そんなことをするだろうか。
それに、物理的に距離が開いたこと以外は、これまでと一切変わりはないのだ。
もっと言うならば、夜になれば愛していると言ってくれさえする。
いや、少なくとも、前回は言ってくれた。
今夜も言ってくれるとは限らない、けれど。
そう悶々と考え込んでいれば、譲がにっこりと笑いながら、教室移動の時間を告げに来る。
「涼哉、次は実験棟だから、もう行かないとヤバいぞ」
「あ、あぁ、ありがと」
「ははっ、ボーっとしてんなよ」
笑う顔は爽やかで、夜の淫靡な香りはちっともしない。
あぁ、やっぱり、いつも通りだ。
それが良いことなのか、悪いことなのか。
もう俺には、分からないけれど。
なぜ、譲はあんなにも、変わらないのだろう。
俺に、変化を許す隙を与えないほど、譲は一貫して、完璧に『何一つ変わらない』ままだった。
俺達は、愛を交わしたのではなかったのか。
愛していると、言ってくれたのではなかったのか。
あれは、気紛れなのだろうか。
それとも、ただ空気を盛り上げるためだけの、偽りの睦言なのだろうか。
状況は、俺には理解しがたいものだった。
最初の夜に、酒の勢いで、無茶をしたからだろうか。
告白ひとつせずに、まるで溜まった熱をぶつけるように乱暴に抱いてしまったのが、良くなかったのだろうか。
アルコールに任せた、欲望ありきの行動だとでも思われてしまったのだろうか。
もしかして、……カラダの関係、なんて思われているのだろうか。
「……そ、んな」
それは、ぞっとするような恐怖だった。
譲と割り切った体だけの関係になんて、なりたくない。
体も心も、現在も未来も、俺は譲の全てが欲しいのだ。
何一つ、誰にだって与えたくない。
俺のものだ。
奪われることは、我慢できない。
俺は、ずっと諦めていた。
諦めきっていたから、期待しなかった。
考えないように、期待しないようにしていたのだ。
けれど、思いがけず一つ手に入ってしまったから、俺の貪欲な願望はどんどんと肥大して、手に負えなくなってしまった。
そのうち俺は、膨れ上がった欲に潰されて死ぬのではないかと思うほどに。
俺が譲に向けているのは、重く、暗く、底のない欲望だった。
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