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俺が名前を捨てた夜
誤解から生まれた誤解
しおりを挟む「あ、譲先輩!」
涼哉の後を追うこともできず、固まっていると、今一番聞きたくない声が、俺の名前を呼んだ。
「……ん?なに?」
冷たい作り笑いを浮かべて顔を見れば、眼鏡の後輩は戸惑ったように視線をうろつかせている。
冷静を装えないのならば、こんなところで声をかけるな、と苛立ちが増した。
いくら世間が同性愛に寛容になりつつあるとはいえ、こいつは婚約者がいる男だ。
しかも、子どもまで生まれるらしい。
それなのに男と関係を持ったことが露見すれば、身の破滅だろう。
こいつも、そして俺も。
そんなことも分からずに、一体どういうつもりだ、と、腹立ちのままに小さく舌打ちをした。
「なに?用がないのなら、もういいか?俺、明日、早いからそろそろ帰りてぇんだよな」
にっこりと完璧な顔で笑ってやると、「あ、いや、その」と口の中で何やらもごもごと話している。
白けた眼差しで見ていると、男は深呼吸を一つして、思いもよらない名前を口にした。
「涼哉先輩、の、ことなんですけど」
「……え?」
なぜ、涼哉の名前が出る?
まさか。
思いついてしまった一つの可能性に、ヒヤリと背筋が寒くなった。
まさか、あの夜。
俺は涼哉の名を、呼んでしまったのだろうか。
凍り付いた俺の異変に、男は全く気づくことなく話を続けた。
「誤解を、解いておいて欲しいんです」
「……は?」
話の理解が追い付かず固まる俺に、後輩は溜息まじりに言葉を続けた。
「えっと、だから、……譲先輩、涼哉先輩と仲直りできたんですか?」
「へ?どういう……」
予想していなかった話の展開に、俺は目を白黒させた。
すると男は、何故か疲れ切ったような顔で薄く笑った。
「この間の飲み会で、譲先輩、僕にへばり付いていたでしょ?それで涼哉先輩、かなり不機嫌だったから、心配になっちゃって」
「へ?涼哉、あの飲み会、いなかったじゃないか?」
「え?終わりがけに顔だけ出しに来たじゃないですか!覚えてないんですか?」
「お、ぼえて、ない……」
「そっか、まぁ、酔ってましたもんね」
俺の発言をあっさりと流した男は、どこか恨みがましい目で饒舌に自分の災難を語った。
「譲先輩のこと、ガバッて取り返して、『どうも、譲が世話になったな』なぁんて、笑ってない目で言われて、……はぁ、まったくもう!前から独占欲強かったけど、なんだか悪化してません?怖かったですよ、ほんと」
「……どくせんよく?」
「え、まさか、気づいてないとか言わないで下さいよ?」
何の話か分からず混乱している俺を、後輩は信じられないものを見るような目で見る。
「えー、本当に気付いてないとか、……ありえない……本当にはた迷惑すぎる……」
深いため息とともに、後輩がやれやれと言わんばかりに首を振る。
いっそ哀れむような、呆れかえったような、生温い目で見られて、俺はもはや呆然とするしかなかった。
「一応、涼哉先輩と間違えられてるみたいで、とは言っておいたんですけど、……喧嘩したままなら、フォローしきれなくてごめんなさい。でも、譲先輩が間違えたんだから、僕に怒るのは違う気がするんですけどねー」
「そ、うか、……そりゃ、悪かっ、た」
条件反射のように謝りながら、俺は混乱の中に立ち竦んでいた。
真っ暗闇の中に突如として現れた輝く光の玉が、俺の思考と理性を眩く焼き尽くしていく。
「この間も譲先輩、目をそらすし、涼哉先輩に『近づくな』とでも言われちゃったんですか?いつも会う度に殺気ぶつけてくるし、怖くて。もう、本当に頼みますから、誤解を解いておいてくれません?
……僕と譲先輩には、何もないって」
あぁ、だめだ。
もう、なにも、考えられそうにない。
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