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俺が名前を捨てた夜
解放された腕
しおりを挟む妙に浮き足立った気分で、出向いた部のミーティング。
来年度に向けての話し合いと、OBOG会への対応を話し合いながら、俺はチラチラと涼哉を盗み見た。
涼哉は相変わらずの無口ぶりで、しかし、どこか俺を避けているようにも思える。
その様子に、少し首を傾げたけれども、俺は気にしないことにして、いつも通りの笑みを浮かべていた。
いつもより、少しだけ上機嫌が滲んで、喜びが溢れていたかもしれないけれど。
きっとこの違和感は、俺の心の問題なのだろう。
俺は、そう結論付けた。
膨らむ期待が、俺を欲張りにしている。
涼哉が、俺へ向けている感情は、俺と同じ種類の愛情なのではないか、という期待が。
俺の調子の良さが周囲へ伝わったのか、不機嫌とローテンションを隠そうともしない涼哉を避けて、後輩たちは俺の周りに集まった。
後輩たちの相談に対応し、意見を聞き、助言をしながら、俺は涼哉に話しかけるタイミングを伺っていた。
けれど。
「……どうしたんだ?あいつ」
涼哉の機嫌は、明らかに徐々に下降していった。
そして、結局涼哉に話しかけることは出来ないまま、終わってしまったのだった。
「なんで今日に限って、なんだよ……」
ミーティングが終わり、飲み会へ移動しようとしたら、掛け持ちしていた部活でお世話になっている先輩……今は院生として研究に励んでいる女性に捕まった。
結婚が決まったという彼女にお祝いを述べ、少しばかり雑談をしていたら、完全に遅くなってしまった。
「ちっくしょ」
久々に、飲み会で涼哉を一人にしてしまった。
焦燥と不安に駆られ、俺は早足で飲み会が行われている焼肉屋へ向かった。
「遅くなりまし、たぁ……」
「お、譲、お疲れ様!」
「お疲れ様ですー」
陽気に手を挙げる同級生、酔って浮かれた顔の後輩の向こうで、壁と友達になっている涼哉がいた。
そして、その横には。
「……あい、つ」
以前追っ払った、後輩がいた。
怒鳴り散らしたいほどの腹立ちと不快感に、俺は些か乱暴な仕草で涼哉の隣……自分の指定席へと向かった。
「お疲れサン」
「っ、あ、お疲れ様です!」
俺が声をかけると、ぼうっと涼哉に見惚れていた後輩が弾かれたように立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
そのよく分かっている態度ににっこりと笑って、その肩をトン、と叩いた。
「涼哉の世話、ありがとな?」
もう、この場所から去れ、という意思を込めて見つめると、後輩は青い顔で頷いて、簡単に場所を空けた。
他愛もない。
随分と根性のないことだ。
そう心の中で独りごちながら、俺は涼哉の隣に腰掛けた。
「涼哉、酔いすぎじゃね?」
にっこりと、柔らかな声で告げれば、とろりとアルコールに溶けた瞳が向けられた。
「ゆず、る……」
「っ、涼哉?」
ギリッ、と力任せに、酔いきった顔の涼哉が俺の腕を掴む。
「ちょ、痛いって」
無駄に鍛え上げている涼哉の腕力で、本気で掴まれては、正直冗談ではない。
意味が分からず、慌てて離させようとすれば、何故か傷ついた目をする。
「お前、ほんと、は」
「ぇ、……どうした?」
何事か言いかけようとした涼哉に、俺が顔を上げて首を傾げた、その時。
「お疲れ様です、遅くなってすみません」
「あ、お疲れさんー」
一人の男が、入ってきた。
茶髪で、眼鏡をかけ、今は会計係として部の中心を担っている男。
もうすぐ夫となり、父となるという後輩。
今、俺が、一番会いたくない、人間。
なんで、あいつが来るんだ。
心の中で毒づき、理不尽に彼を憎んだ。
サッと強張った俺の表情に、涼哉の顔が何故か泣きそうに歪む。
「わ、りぃ……」
「涼哉……?」
突然に、力なく、解放された腕。
俺は声もなく、戸惑うしかなかった。
跡がつくほど握られていたその場所をそっと撫でさすっていると、涼哉が疲れ切ったような声で呟いた。
「も、いい」
「……え?」
俺を見た涼哉の目には、光がなかった。
まるで、全てを諦め、捨て去ったかのように。
「帰る」
「え、……りょ」
「ちょ、涼哉先輩!?」
慌てて引き止めようとする周りの声にも耳を貸さず、涼哉は財布から数枚の紙幣を取り出し、机に置いた。
そして、呆然と見送る俺のことなど一顧だにせず、全ての人間の手を振り払って、涼哉は帰ってしまった。
ひとりで。
「な、んで……」
カタカタと、手が震える。
何が、いけなかったのだろう。
この短い間で、一体、何があった。
俺は、何をしたんだ。
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