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俺が名前を捨てた夜

幼馴染の成長

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涼哉が抱いていると知ったのは、いつだったか。



十河涼哉とがわりょうやと俺、橘川譲きっかわゆずるは幼馴染だ。
小学校六年生の時に隣に越してきた涼哉は口数の少ない大人しい少年だった。
どちらかといえば面倒見がよく、ガキ大将気質だった俺はよく涼哉の世話を焼き、クラスに馴染めるようにと動いてやっていた。
そのせいか、涼哉はよく俺に懐き、中学校に入学してからもいつも俺のそばにいた。
俺と仲間たちが馬鹿をやって騒いでいるところを、涼哉はニコニコしながら見ていた。
時々小さなツッコミを入れたり、一緒に笑ったりして、俺のそばでいつも楽しそうにしていたのだ。

だから、中二でクラスが別れた時は心配だった。
野暮ったい眼鏡をかけて、俺がいないと休み時間には一人で本を読んでいるような涼哉が、クラスでうまくやっていけるのだろうか、と。

けれど、それは杞憂だった。
十四歳になり、成長期に入った涼哉は、ぐんぐんと背が伸びて、すらりとした美少年になってしまった。
そして、身長の伸びに従って運動の成績もどんどんと向上させた涼哉は、担任の勧めでテニス部に途中入部して、一気に友人を増やしていったのだ。
俺以外、の友人を。

その頃には、涼哉に憧れる女子達もかなり増えてきていた。
隣のクラスの俺でも感じ取れるほどに、急激に。

「涼哉くんカッコイイよね」
「あした一緒に差し入れしに行こう」
「甘いもの好きなんだって」
「え、かわいー!」
「お菓子あげようよ」

後ろの席の女子達がキャッキャと話しているのを、俺はなんとなく苛々しながら聞いていた。

「……涼哉のくせに」

涼哉の顔が良いことなんて、俺は最初から知っていたのに、今更アイツの顔を見て惹かれている人間の多さに腹が立った。
テニスを始めた涼哉が、視界を良好にするために野暮ったい前髪を切り、眼鏡をコンタクトにした途端、騒ぎ出した連中を軽蔑してもいた。
テニスの時以外は元の眼鏡をかけていたけれど、その下の涼やかに整った容貌は、ちょっと眼鏡のフレームがダサいくらいじゃ隠しようもなくなっていたのだ。

「ちぇっ、一人でイケメン枠に収まりやがって」

舌打ちをしながら女子達を睨めば、「あれ、ゆずちゃんこっち見てる~!」とケラケラ笑いながら手を振られる。
成長期の到来が遅く、小柄な俺はマスコット扱いだったのだ。

「うるせぇっ!隣のクラスの男子の話なんかするんじゃねぇ!」
「やーんヤキモチ可愛い!」

毛を逆立てて怒っても、楽しげにいなされて終わりだ。
そんな毎日のせいで、俺は中学二年、三年と少しばかり涼哉との距離が開いた。
まぁ、土日になると、どちらかの家で駄弁ったり涼んだりゲームをしたり勉強をしたりしていたので、昔に比べれば、という程度ではあったけれど。






高校は地区で一番の進学校にともに入学し、ともに通った。

高校でも涼哉はテニスを続けていた。
妙に才能があったらしく全国大会にまで行ってしまったから、無論高校でもモテていた。
だが、高校に入って俺も人並みに背が伸びたので、一緒にいる時に女子達の視線が涼哉一人に集中することはなくなった。

比較的陽気で、行事では音頭をとるような明るいキャラクターの俺。
最近細縁のお洒落な眼鏡に変えた、テニスが上手くて物静かな涼哉。
静と動を表すような、対照的な俺たちは、変わりばえしない学生生活を潤す、格好の材料だったのだろう。
女の子たちは、俺か涼哉かどちら派か、なんて騒ぐようになった。
まるで、テレビの中の芸能人について話すように話すのだ。

なんだか、とても馬鹿馬鹿しいと感じた。
何度か告白もされたけれど、友達といる方が楽しいから、と全部断っていた。
と言うよりも、本当は涼哉も断っているようだったから、俺も断ったのだ。
涼哉と一緒にいる時間が減るのは、なんとなく嫌だったから。



そして厳しい受験戦争を勝ち抜き、俺と涼哉は名門と呼ばれる大学へ入学した。
大学デビューとでも言うべきか、それまでの野暮ったく真面目くさった制服を脱ぎ去り、髪を染め、涼哉は見違えるほどに生まれ変わった。
そして何故か、急に辛辣になり、人当たりが悪くなったのだ。

名前の通りの、涼やかな美貌にいつも皮肉げな笑みを浮かべ、近づいてくる人間を片っ端から撥ね付ける。

「いらない」

女子が渡そうとする、精一杯の心のこもった手紙もお菓子も、一顧だにせず切り捨てる。
泣き出す子を慰めるのは俺の役目だった。

「ごめんねー、あいつ潔癖だからさ。君のことが嫌いってわけじゃなくて、みんなにそうなの」

手を合わせて申し訳なさそうな顔を作り、ため息混じりに謝る。

「無愛想だけど、悪いやつじゃない、……気がするんだけどなぁ。マジ口が悪くてごめん」

少し離れた場所でそっぽを向いてスマホをいじっている涼哉を睨み、呆れたように言うと、大抵の女の子は泣き笑いを浮かべてくれたものだ。
そしてその子のお友達が来たら、俺はお役御免。
あぁ、違ったか。
見やすい位置で、分かりやすく涼哉の耳を引っ張り、叱りつけ、頭を叩くまでがお仕事だった。

「……お前のせいで、俺、女の子のなんだけど」

ジト目で睨み上げると、涼哉はハハッと小さく笑って肩を竦めた。

「ありがと、感謝してるよ」
「チッ」

高校の成長期で涼哉の顎程度の高さまで伸びたけれど、俺の成長を上回る速度で伸びていった涼哉に、結局追いつくことは出来なかった。
十センチ以上の身長差を苦々しく思いながら、俺は見上げるしかない美貌を怒り混じりに睨みつけてから舌を打つ。

「感謝は態度で表せってんだよ、昼飯奢れ」

軽く背をどつき、俺はふん、と鼻を鳴らす。

「分かったよ」

苦笑する涼哉は、昔と変わらない穏やかさで、女の子達を切り捨てる時とはまるで別人だ。
俺にとっては昔のままの、優しくて物静かで、どこか気弱そうな少年のままの幼馴染。

「ふんっ、腐れ縁だ。仕方ねぇからお前の面倒見てやるよ」
「ははっ、ゆずは女の子の扱いがうまいから、助かるよ」

情けなさそうに眉を落としてくしゃりと笑う、そんな顔をしても涼哉は、ムカつくくらい魅力的なイケメンだった。
俺は、、涼哉と女の子たちの折衝役になっていた。

涼哉と並ぶと相対的に小柄に見えてしまう俺は、意図して可愛らしい弟キャラを心がけた。
その方が女の子達のウケが良かったのだ。
時代は可愛い男子がモテる時代なのだ、と思ってもいたし、涼哉の無愛想をカバーできると思った。

「涼哉、お前は本当に俺に感謝しろよっ!」
「はいはい、ありがとう」

女の子達のをするたびにそんな会話を繰り返しながら、俺たちはそれなりに楽しい日々を過ごしていた。



流れが変わったのは、大学三年の終わりだ。
涼哉が彼女を、……いや、『女』を、取っ替え引っ替えするようになった。
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