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騎士団長と陰あり文官1
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「おや、妃殿下」
「あら」
諸事情で国王に早急に直談判したい事案があり、足早に王宮を競歩していた私に声をかけてきたのは、私の推しの一人。
「騎士団長。いらしてたのね」
優れた騎士を多く輩出する家系に生まれ、幼い頃から才覚を示し、麒麟児と呼ばれ持て囃されながらも、倦まず弛まず努力を続けて生きてきた漢の中の漢。名実ともにこの国で最強の雄、当代の騎士団長だ。
「はい、来月の冬告祭のパレードの警備について、会議がございまして」
ニュートラルな態度で答えてくれるのが嬉しい。この国では私はわりと腫れ物扱いだから。もっともこのままでいるつもりはない。着々とお仲間を増やして楽しく愉快に過ごす心積りではいるし、その目処も立ってきたところだが。……まぁそれは良い。
「陛下達とご相談?私も陛下と宰相閣下お聞きしたいことがあるのだけれど、ご在室かしら」
「会議は終わりましたので、執務室には宰相閣下と、あとはアウエル文官がまだいらっしゃいます」
「ありがとう」
にっこりと笑いかければ、騎士団長の丸っこいお耳がひょこりと動く。お辞儀のつもりらしい。
「ふふ、可愛らしいお耳ね」
「光栄でございます。妃殿下のお耳もお美しい形です」
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
耳を褒められたら耳を褒め返す、生真面目な御仁である。人間の私にも礼儀正しく接してくれる武骨な騎士団長は、熊獣人だ。相変わらず大樹のような安定感がある。見た目通り口が立つ方ではなく寡黙だが、私にとってはこの国でトップクラスにコミュニケーションが取りやすい。他の奴らがわりと面倒な性格なので。
「それでは失礼いたします」
「ええ、お仕事頑張ってね」
「はっ」
ピタリと完璧な礼をしてから去っていく騎士団長を少し思案しながら見送って、私は再び執務室へ向けて急いだ。
「アウエル文官かぁー。あの人に反対されたら面倒だけど、頑張るしかないわね」
執務室にいると聞いたアウエル文官は、国王の側近の狐獣人だ。線が細く、影も薄いが、持っている情報量が只者ではない。人間国にまで広がる情報網がエグい。絶対間諜の親玉だろと睨んでいる。狐って変装が得意でよく物語にも出てくるしなぁ。
多分私のことをこの国で一番知ってるのはあの狐だ。
「入れ」
「失礼いたしますわ」
「……なんだお前か」
顔を上げたもののすぐに眉を寄せて書類に視線を戻した国王に、私はにこやかにウインクしてから軽い礼をした。
「はい、この国の王妃ですわ」
「……鬱陶しい奴だな。要件は」
舌打ちせんばかりに嫌そうな顔の国王に、私は単刀直入に切り出した。
「国から便りがありました。先の話ですが、三ヶ月後に祖国に一時里帰りさせて頂きたくて」
「はぁ?一国の王妃が……無理に決まってるだろ」
バッサリと切り捨てられたが、もちろん想定済みだ。そんなことでは怯まない。
「あら何故ですの?神託があり、聖人が御降臨されると分かったのですよ!?」
「だから?」
「つまり!聖人生誕祭が開かれるのです!人間の中で最もビッグでエキサイティングな祭典ですわ!」
「は?意味がわからない。却下」
チッ
「おい、お前今舌打ちしたか?」
「あら、気のせいですわ」
思わず飛び出た下品な仕草を聞き咎められたが、私は華麗にスルーする。それどころではない一大事なのだ。
「五十年から百年に一度と言われる聖人生誕祭が生きているうちに見られるのですよ?行かないわけにはいかないでしょう!?」
「私情じゃないか」
おう、私情だとも。オタクたるものイベントは逃してはならない。
「王族は皆、禊の上で神託を待つと八百年前から決まっておりますのに!」
「お前は獣人国に嫁いだのだ。ならば、既に人の国の王族ではない。諦めよ」
悲鳴のような声で主張する哀れな私に興味も共感も示さない。情緒を解さない馬鹿犬が、いとも簡単に言い放ちやがったので、私もカチンとときた。だから、室内に宰相閣下とアウエル文官しかいないことを確認の上、にっこり笑いながら爆弾を投下してやった。
「でも私まだ清い体ですもの。つまりまだ混じり気のない純然たる人ですし、そんな女体は王族の姫として貴重ですわ!」
「ぐふっ、にょ、にょた!?い!?」
唐突なイケナイ夜の夫婦生活についての暴露と、思いもかけない色気ムンムンなワードのダブルパンチに、国王は動揺して咳き込んだ。国王夫妻が夜は他人だなんて、本来は本当にいけない。大問題だ。
「生娘は聖人様にご加護が頂けるかもしれませんもの!行かずにはおれませんわ!」
「ごほっ、ぐへっキムス、おま!?人前でッ、言って良いことと悪いことがな!?」
慌てて周囲を見回して、己の信頼のおける部下たちだけであることを咄嗟に確認しているあたり、国王にもワルイコトをしている自覚はあったらしい。笑える。
「おほほ、ウブなご反応ですこと。さすがは童貞陛下」
「どっおま、馬鹿にするのも大概に」
完全にカチンときたらしい国王が切れる前に、私はにっこり笑って切り返した。
「あら、童貞卒業されましたの?おめでたいわぁ、どなたと?」
「え?陛下、そうなのですか?」
私のセリフに乗っかってきた宰相閣下と一緒に、ノリノリで国王ににじり寄り、そして詰め寄る。
「宰相閣下も気になるわよねぇ?」
「ええ、気になりますねぇ」
「ねぇねぇどなたと?初夜はどうでした?ん?」
「うううるさい!俺の話はやめろ!」
形式上の妻と、秘密の恋人(笑)からの攻撃に、国王は真っ赤になって喚いた。まぁこんなもんにしておこう。話が逸れる。
「そうですわね、私の話をしましょう。私はお祭りに参加したいです国に帰ります」
「もはや私情丸出しじゃないか」
言葉を尽くし、説得に励む私に国王はうんざりした様子で呆れ顔だ。あと一息だ。話題に飽きて早く終わらせたそうな国王に、私はしたり顔で話を続けた。
「良いじゃないですか、加護付きになれたら箔がついて、この国にもメリットございますでしょう?ねぇ?アウエル文官はどう思います?」
「げ」
おい。
げっ、て言ったな?この狐。
「あら」
諸事情で国王に早急に直談判したい事案があり、足早に王宮を競歩していた私に声をかけてきたのは、私の推しの一人。
「騎士団長。いらしてたのね」
優れた騎士を多く輩出する家系に生まれ、幼い頃から才覚を示し、麒麟児と呼ばれ持て囃されながらも、倦まず弛まず努力を続けて生きてきた漢の中の漢。名実ともにこの国で最強の雄、当代の騎士団長だ。
「はい、来月の冬告祭のパレードの警備について、会議がございまして」
ニュートラルな態度で答えてくれるのが嬉しい。この国では私はわりと腫れ物扱いだから。もっともこのままでいるつもりはない。着々とお仲間を増やして楽しく愉快に過ごす心積りではいるし、その目処も立ってきたところだが。……まぁそれは良い。
「陛下達とご相談?私も陛下と宰相閣下お聞きしたいことがあるのだけれど、ご在室かしら」
「会議は終わりましたので、執務室には宰相閣下と、あとはアウエル文官がまだいらっしゃいます」
「ありがとう」
にっこりと笑いかければ、騎士団長の丸っこいお耳がひょこりと動く。お辞儀のつもりらしい。
「ふふ、可愛らしいお耳ね」
「光栄でございます。妃殿下のお耳もお美しい形です」
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
耳を褒められたら耳を褒め返す、生真面目な御仁である。人間の私にも礼儀正しく接してくれる武骨な騎士団長は、熊獣人だ。相変わらず大樹のような安定感がある。見た目通り口が立つ方ではなく寡黙だが、私にとってはこの国でトップクラスにコミュニケーションが取りやすい。他の奴らがわりと面倒な性格なので。
「それでは失礼いたします」
「ええ、お仕事頑張ってね」
「はっ」
ピタリと完璧な礼をしてから去っていく騎士団長を少し思案しながら見送って、私は再び執務室へ向けて急いだ。
「アウエル文官かぁー。あの人に反対されたら面倒だけど、頑張るしかないわね」
執務室にいると聞いたアウエル文官は、国王の側近の狐獣人だ。線が細く、影も薄いが、持っている情報量が只者ではない。人間国にまで広がる情報網がエグい。絶対間諜の親玉だろと睨んでいる。狐って変装が得意でよく物語にも出てくるしなぁ。
多分私のことをこの国で一番知ってるのはあの狐だ。
「入れ」
「失礼いたしますわ」
「……なんだお前か」
顔を上げたもののすぐに眉を寄せて書類に視線を戻した国王に、私はにこやかにウインクしてから軽い礼をした。
「はい、この国の王妃ですわ」
「……鬱陶しい奴だな。要件は」
舌打ちせんばかりに嫌そうな顔の国王に、私は単刀直入に切り出した。
「国から便りがありました。先の話ですが、三ヶ月後に祖国に一時里帰りさせて頂きたくて」
「はぁ?一国の王妃が……無理に決まってるだろ」
バッサリと切り捨てられたが、もちろん想定済みだ。そんなことでは怯まない。
「あら何故ですの?神託があり、聖人が御降臨されると分かったのですよ!?」
「だから?」
「つまり!聖人生誕祭が開かれるのです!人間の中で最もビッグでエキサイティングな祭典ですわ!」
「は?意味がわからない。却下」
チッ
「おい、お前今舌打ちしたか?」
「あら、気のせいですわ」
思わず飛び出た下品な仕草を聞き咎められたが、私は華麗にスルーする。それどころではない一大事なのだ。
「五十年から百年に一度と言われる聖人生誕祭が生きているうちに見られるのですよ?行かないわけにはいかないでしょう!?」
「私情じゃないか」
おう、私情だとも。オタクたるものイベントは逃してはならない。
「王族は皆、禊の上で神託を待つと八百年前から決まっておりますのに!」
「お前は獣人国に嫁いだのだ。ならば、既に人の国の王族ではない。諦めよ」
悲鳴のような声で主張する哀れな私に興味も共感も示さない。情緒を解さない馬鹿犬が、いとも簡単に言い放ちやがったので、私もカチンとときた。だから、室内に宰相閣下とアウエル文官しかいないことを確認の上、にっこり笑いながら爆弾を投下してやった。
「でも私まだ清い体ですもの。つまりまだ混じり気のない純然たる人ですし、そんな女体は王族の姫として貴重ですわ!」
「ぐふっ、にょ、にょた!?い!?」
唐突なイケナイ夜の夫婦生活についての暴露と、思いもかけない色気ムンムンなワードのダブルパンチに、国王は動揺して咳き込んだ。国王夫妻が夜は他人だなんて、本来は本当にいけない。大問題だ。
「生娘は聖人様にご加護が頂けるかもしれませんもの!行かずにはおれませんわ!」
「ごほっ、ぐへっキムス、おま!?人前でッ、言って良いことと悪いことがな!?」
慌てて周囲を見回して、己の信頼のおける部下たちだけであることを咄嗟に確認しているあたり、国王にもワルイコトをしている自覚はあったらしい。笑える。
「おほほ、ウブなご反応ですこと。さすがは童貞陛下」
「どっおま、馬鹿にするのも大概に」
完全にカチンときたらしい国王が切れる前に、私はにっこり笑って切り返した。
「あら、童貞卒業されましたの?おめでたいわぁ、どなたと?」
「え?陛下、そうなのですか?」
私のセリフに乗っかってきた宰相閣下と一緒に、ノリノリで国王ににじり寄り、そして詰め寄る。
「宰相閣下も気になるわよねぇ?」
「ええ、気になりますねぇ」
「ねぇねぇどなたと?初夜はどうでした?ん?」
「うううるさい!俺の話はやめろ!」
形式上の妻と、秘密の恋人(笑)からの攻撃に、国王は真っ赤になって喚いた。まぁこんなもんにしておこう。話が逸れる。
「そうですわね、私の話をしましょう。私はお祭りに参加したいです国に帰ります」
「もはや私情丸出しじゃないか」
言葉を尽くし、説得に励む私に国王はうんざりした様子で呆れ顔だ。あと一息だ。話題に飽きて早く終わらせたそうな国王に、私はしたり顔で話を続けた。
「良いじゃないですか、加護付きになれたら箔がついて、この国にもメリットございますでしょう?ねぇ?アウエル文官はどう思います?」
「げ」
おい。
げっ、て言ったな?この狐。
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