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「くそっ、いつもお前は余裕ぶって、必死な俺を弄ぶんだ」

ガンッと壁に叩きつけられた国王の両手は、やり切れなさを表すように、苦しげに壁に爪を立てていた。今にも食らいつきそうに尖った牙を見せながら、国王は腕の間の宰相に牙を剥く。壁際に追い詰められたはずの宰相は、しかし余裕のある笑みを見せた。

「おやおや、また子供のように泣きそうなお顔をして。まぅたく、逞しいお身体をなさっているくせに可愛いらしい方だ」

涙を浮かべて悔しげに唇を噛み締める国王を、宰相は苦笑を浮かべながら見上げる。文官然として、国王と並べば華奢にすら見える体で、国王の激情を目の前にしても宰相は悠然と笑む。

「お前が悪い……俺の気持ちを知っていながらッ」
「貴方のお気持ちとは?」

耐えかねたように絞り出された叫びに、宰相は柔らかな問いを返した。唇がゆるりと歪み、意地の悪い笑みを形作る。紅い唇が、あえかな吐息とともに、年下の狼を追い詰める言葉を吐く。

「ねぇ、貴方のお気持ち、とは?」
「っ、う」

誘惑するように重ねられた問いに、一国の王が、降伏するように口を開いた。

「……お前が、好きなんだ」
「ふふっ……よく出来ました」

ふわり、と頭に手を伸ばし、宰相はまるで幼子に対するように国王の頭を撫でた。そして耳元に唇を寄せ、蕩然と目を細める国王に甘く囁く。

「素直なワンちゃんは、ベッドの上で可愛がってさしあげないとね」
「っ、なにを」

普段は冷酷に凍る目を甘く溶かして、宰相は妖艶に笑った。

「アナタもアナタの御子息も、キチンと私ので甘やかして差し上げますよ」

甘く蕩ける熱に浮かされた目に誘われ、そして囁く。

「さぁ、寝所へゆきましょう?陛下」





…………ってことよね?

「ってことよね!?かぁー!!イイ!最高!妄想が捗るぅ!」

脳内で繰り広げられる薔薇色遊戯に、私は耐えられずに床に突っ伏した。

「悪いオトコぉー!眼鏡をくいっと上げて、片方だけ口角を上げてね!あー!最高ッ!」

色っぽく眼鏡をクイクイしている脳内の宰相に、私は全力で声援を送りたい。小説で書こうと思ってたけど、漫画にしちゃおっかな!?いや漫画はセンスなくてテンポ悪くなっちゃうし、挿絵多めの小説だな!決まりだわ!

「これぞ誘い受け!眼鏡宰相は最強最悪なスーパー誘い受けよ!」

ガッツポーズをしながら窓に向かう。窓越しに先ほどの通路が見えるが、もう二人はいない。二人ともまじめくさった顔つききで、足早に執務室へと向かったからだ。でも分かる。アイツらは今、仕事なんてしていない。熱いをしているに違いない。

「あっはぁああんっ、最高ッ!出歯亀したぁあああいっ」

私はかけもどった私室で一人身悶えのたうちまわっている。あれだけ煽っておいたから、きっとこれから盛り上がると思うのよ!

「いでよ!魔法の筒!」

死ぬほど苦労して作り上げた魔法の筒すなわち双眼鏡を片手に、私は二人が入って行った部屋の対角線にある図書室へと向かった。

もちろん、出歯亀するために。



***




「なんなんだあの人間の雌はっ!?お前もなんであんな奴を俺の番にしようとした!?」

国王の苛立った怒声にも、勤続十年を越す宰相は慣れた様子で、微笑を揺るがせることもない。

「そんなの簡単ですよ。独占欲です」
「は?」

あっさりとした答えに、国王はキョトンと振り向いた。国王の年齢相応の幼い表情に笑みを深め、宰相はくすりと目を細めた。

「あの雌なら、あなたは絶対に惚れないでしょう?だからです」

そっと近づき、逆立つ銀の髪を掌で撫で付ける。首に両手をかけて抱き寄せれば、宰相よりも背の高い狼は、簡単に腕の中にやってきた。

「従順なワンちゃんだ」
「っ、やめろ、くすぐったい」

首元を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細めながら文句を言う仔狼に、成豹はごくりと唾を飲む。かつては家庭教師として仕えたこの仔が次第に成長し、肉感的な美を手に入れていく様は、宰相にとって眼福の一言だった。そしてその目には、自身への憧れがいつまでも変わることなく宿されていたのだ。耐えられる訳がなかったし、耐える必要も感じなかった。

「幼い頃からあなたの好みは、意地悪で年上の、冷たい美形ですものね?」
「ぅ、っな!おまえ、それ言ってて恥ずかしくないのか!?」
「なにが?」

動揺して顔を赤くする初心な狼を、豹は獲物を見る目で眺め、舌舐めずりする。

「だって、自分のことを、そんな」
「おや。ふふふっ」

駆け引きなど知らぬまま育った、素直で純情な自分の仔犬に、したたかな豹は楽しげに笑った。

「何を笑っている!?」
「いえ、本当に可愛らしいお方だなぁと」

秀でた額に、ちゅ、と可愛らしい口付けを落として、宰相は悪戯っぽい表情で首を傾げた。

「そんなに私はあなたの好みですか?」
「くっ、……馬鹿がっ」

しかし、揶揄うつもりの台詞は、真正面からの愛の言葉にねじ伏せられる。

「お前が俺の好みなんじゃなくて、俺の好みがお前なんだよ」
「……ははっ」

思わず止まった呼吸を隠すように小さく笑って、宰相はぐしゃりと顔を歪める。恍惚と、さも幸せそうに。

「これは、陛下に一本取られましたね」

情欲が煽られ、もう手加減は出来そうになかった。

「可愛がって差し上げますよ、私の王様」
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