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しおりを挟む「……っ、おまえ、いつの間に」
「あらまぁっ、宰相閣下!」
これぞ天の助け、命の恩人、とばかりに、私は足早に宰相の元に駆け寄った。身の安全第一である。
「閣下、こちらにいらしてたの?」
しれっと立っているが、ここは王族の私的な空間である。この場所に当たり前のような顔でおいでのこの方は、涼やかな美形の豹獣人だ。つまりネコちゃんである。ピッタリかよ。
「ええ、少々陛下に、外ではしにくいご相談がございまして」
「それはお邪魔したわね。ゆっくりしてらして?」
私には伝えられない政治の話だとボンヤリ匂わせる宰相に、私はにこやかに頷いた。お仕事頑張って。私はなるべく仕事は少ない方が嬉しいから除け者万歳だわ。
「ははっ、王妃様のご夫君をお借りして申し訳のうございます。早めに本日の仕事は終わらせて、王妃様の元へと」
「おほほほほっ、それはそれは」
私の寝室への国王を送り込むとか言い出した宰相に、私は顔が引き攣りそうになった。余計なことをするな。
「本当に、全く、全然、金輪際ッ、不要のお気遣いですわ!」
力強くお断りさせて頂く。本気で勘弁させて頂きたい。私は白い結婚を貫いて国に帰るのだ。
ちなみに国王は後ろで瞠目して、呆然と凍りついている。恋人(?)には妻の元へドナドナされ、妻には全身全霊で拒まれ、色んな意味でショックだったらしい。ちょっと憐れみを感じた。
しかし、そんな幼気な私たちの前で、百戦錬磨の政治家と日々渡り合っている宰相閣下は余裕の表情だ。
「おや……それは困りましたね。人獣の架け橋となるお二人のお世継ぎの誕生を、人間も獣人も、皆が熱望しておりますのに」
決して私や国王や、ついでに自分の希望とは無関係に、政治的に必要だとアピールしてくる胡散臭い眼鏡に、私はふんわり苦笑いして眉を下げてみせた。
「一途な狼は、外から当てがわれた私という雌はお嫌なのですわ。だって、己の番は己が選ぶ、それが狼の本性でございましょう?」
知ったかぶりの私が頬に手を当てて小首をかしげると、宰相はわざとらしく目を丸くして朗らかな笑い声をあげた。
「はははっ、王妃様は驚くほどに物分かりの良い女人でございますね。人間にしておくのは惜しいほどです」
「おほほ、私のような人間のか弱い小娘には、狼の閨房の相手は難しゅうございますもの」
互いに挑発しあい、バチバチと火花が飛び散りそうな会話である。人間と獣人という、手を取り合わねばならないにもかかわらず、相入れる気のない私たちの態度は、国の未来にとってはよろしくないのだろう。しかし残念ながら、私は引く気はないし、向こうも人間の小娘相手に引く気はないらしい。
「ふふっ……なんでしたら」
私は小さく笑うと、すっと扇を取り出し、顔に寄せた。打ちひしがれている国王には見えないように口元を隠して、食えない男に囁く。
「早々に側室を置かれても、構いませんことよ?」
「おや、新婚とは思えぬお言葉」
片方の口角だけ上げて「やれやれ」と呟くと、宰相は人を食ったような笑みを浮かべたまま肩をすくめた
「ふふっ、閣下にお任せ致しますわ」
まるで本命の愛人とお飾りの正妻の会話みたぁい!と内心はしゃぎながら、一筋縄ではいかない御仁のお相手していたら、それまで気配を消していた国王陛下が急に怒鳴った。
「おい、貴様ッ!」
「あら陛下、まだいらっしゃいましたのね」
わぁびっくりした。すっかり存在を忘れていたよ。唐突な怒声に思わず若干ジャンプしてしまった。
「俺の側近に色目を使うな、この色情魔の痴女め!」
「いやですわ、そんなことしておりませんのに」
とんでもない汚名を着せようとする国王に、私は眉を顰めた。
「あぁ、嫌ですこと。狼さんは乱暴なんだから!……あとはお任せ致しますわ」
「俺の側近に指図するな!」
「……私はモノではありませんが」
「お前は俺の臣下で側近だ!俺のモノみたいなものだろうが!」
あらやだ、俺のモノですって!これはもう痴話喧嘩になってきたわね?はいはい、邪魔者はさっさと消えますよぉっと。
「では、あとはよろしくお願いしますわね、宰相閣下?」
さっさと失礼しようと宰相に目配せすれば、澄ました顔で頷かれる。
「はい、お任せくださいませ妃殿下」
「何故目で通じ合っている!?お前も承るな馬鹿者!」
何もかもご不満らしい国王陛下だった。嫉妬するわんちゃん可愛いね。
さて、ところで私は地獄耳なんですがね。
「お前は何なんだ!エリック、あんな奴に無駄にへりくだるな」
「そうは言いましても、彼の方は陛下の奥方、つまり王妃様ですからねぇ」
ゆっくり歩いて二人の元を去ったんですが、私は角を曲がったところで、諸事情で……なぜか靴が脱げてしまってね。ええ別にわざと脱いだ訳ではないんですけれどね。立ち止まったのですよ。だからお二人の会話が聞こえちゃったんですけどね。
「やめろ、言うな。……お前の口からそんなこと聞きたくない」
「ふふふ、ほんとうに……お可愛らしいお方だ」
切なげにかすれた国王の言葉と、幸せそうに蕩けるような笑い声。そして、鼓膜を愛撫するかのような艶めいた呟き。
「俺は、お前が言うから結婚したんだ。……そこを分かっておけよ」
「……ふっ、御意に」
くぅうううなにあれ!なにあの会話!滾るぅ!
きっとこの後はアレね!
二人の甘い時間よね!
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