10 / 11
愚か者には終焉を
しおりを挟む「そんな!アサ……アサァ……ッ!」
「おほほほほほ、愚かしいこと!これは勝負よ?死ぬ気で勝負しているのに、負けたからと言って、何を嘆くことがあるのかしら?」
目を見開き、紙のような白い顔で慟哭する王太子の前で、ヨルは高笑いした。
「ふふっ、これでアサとヨル、どちらが勝っても私が勝者だわ!」
号泣しながら地面で打ちひしがれる王太子を、ヨルは冷酷な目で見下ろした。もはや勝利を得て、王太子の機嫌を取る必要など感じないのだ。どこまでも温度のない冷え切った目は、光の差さない夜の暗闇そのもののようだ。
「さて。ねぇ王子様、あなたはどちらのカラダと結婚したい?」
「そんな……何も考えられないよ……」
混乱と恐怖と悲嘆にまみれて、王太子は涙でドロドロの顔をしている。情けないその姿をなんの興味もなさそうに一瞥して、「ふっ、無様な」とヨルは短く嘲笑した。
「まぁアナタの意見は不要なのだけれどね。……アナタ、結婚するのはアサの体にしておきなさい。残念だけれど、アナタと私は姉弟ですもの。子を作るには差し障りがあるわ」
「は?」
ポンポンと出てくる情報の強烈さに、王太子は何も理解ができない。衝撃が強すぎたのか涙も止まって、王太子はまじまじとヨルの顔を見た。
「存在しない魔女王の娘、それが私よ。今代の王は産み分けの呪を失敗したのよ。だから、私を殺すように命じた。けれど産婆が憐れんで孤児院に預けたの。そして生き延びたのが私。わかった?」
簡潔明瞭な説明の後で、これは復讐なのよ、と甘やかに囁くヨルに、王太子は恐怖の目を向ける。
「さぁ、アナタの愛する『アサ』と、真実の愛を貫きなさいな?愚かな我が弟ちゃん。……これは、復讐の亡霊たるお姉ちゃんからの命令よ?」
「……は、い…………わ、かりま、した…………」
ガタガタと震えながらなんとか頷けば、ヨルはいつものように唇に笑みを掃いて頷く。
「うん、良い子ね」
笑っているはずなのに真っ暗な瞳はどこまでも深く暗い闇そのもので、感情など浮かんではいない。
何故これまで気づかなかったのだろう、この瞳の冷たさと残酷さに。
後悔したところで、何の意味もない。
「さぁ、行きましょう?」
「私たちの栄光の玉座へ」
差し伸べられる二つの手に、王太子は真っ白で震える手を重ねる。
玉座への通行証としてしか価値のない自分は遠からず処分されるだろうと確信しながら。
存在しないはずの魔女王の娘は、絶対的強者であり、そして、まさに恐怖そのものだった。
アサとヨルの百合戦争は、番狂せが目立ち、事実が羅列されているのみの歴史書を読むだけでも大変愉快である。歴代でも国民に好まれる戦争譚の一つで、劇や物語の題材として多く用いられている。
当時も多くの国民が、推しに掛けた賭け金を思って、大いに泣いて笑ったことだろう。
ずっと優勢を保ち、ほとんどヨルに決まったかと思われた勝負だったのだ。
しかし、最後の最後でアサが魔法勝負を申し込み、ヨルはその申し出を受けた。
全力を賭けた決死の対決の末、苦手とされていた水魔法を克服したアサが伝説級の大魔法を使って城一つ吹き飛ばしながらヨルを完全に制圧したのだ。
国で最も有能な魔法使いと、この国で最強のはずの魔女王がおわす、王城を。
「こんな魔力、見たことがない。……どうか、僕と結婚して下さい」
恐怖ゆえか、感極まったのか、泣きながら求婚した王太子に、アサは晴れ渡る笑顔で答えた。
「ええ、もちろん」
と。
アサが逆転して女王の座を勝ち得た後、アサとヨルは女王戦時代の不仲などなかったかのように、極めて仲良く暮らした。
ヨルは宰相となり、女王となったアサの一番そばに仕えた。
アサにとってヨルは、有能極まる懐刀であり、忌憚なき意見をくれるよき相談相手であり、そして半身のようであったと伝えられる。
そして王太子は強すぎる魔力に当てられたのか、常に何かに怯えていたと歴史書には記載されている。
アサが男児を産んだ頃に発狂したため、その後は先代女王とともに離宮で暮らしたとされる。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。
白藍まこと
恋愛
百合ゲー【Fleur de lis】
舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。
まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。
少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。
ただの一人を除いて。
――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)
彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。
あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。
最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。
そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。
うん、学院追放だけはマジで無理。
これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。
※他サイトでも掲載中です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
初めて本気で恋をしたのは、同性だった。
芝みつばち
恋愛
定食屋のバイトを辞めた大学生の白石真春は、近所にできた新しいファミレスのオープニングスタッフとして働き始める。
そこで出会ったひとつ年下の永山香枝に、真春は特別な感情を抱いてしまい、思い悩む。
相手は同性なのに。
自分には彼氏がいるのに。
葛藤の中で揺れ動く真春の心。
素直になりたくて、でもなれなくて。
なってはいけない気がして……。
※ガールズラブです。
※一部過激な表現がございます。苦手な方はご遠慮ください。
※未成年者の飲酒、喫煙シーンがございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる