βの恋人を抱くのが当然だと思っていたαが、ふと恐ろしい傲慢に気づいてしまった話

トウ子

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悍ましいチャンス

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「翔大くん、マジで綺麗っすよね!」 
「はぁあ?」

 珍しく一人で参加した事務所の創業記念パーティーの三次会。勇樹というお目付け役がいないからか、俺の周りには普段とは違う面子が集まっていた。その中でも、ひときわ積極的に俺に話しかけてくるのは事務所の後輩だ。周りに人が減ったタイミングでそいつから唐突に言われた言葉に、俺は目を丸くした。

「いきなり何の話だよ」
「いや、俺、結構女の子とか付き合ってきてますけど、翔大くんより綺麗な子は見たことないっすよ!アルファだから背は高いけど細身だし、筋肉ついてるけどムキムキではないし、顔も髪も体も指も何もかも、とにかく綺麗っす!」
「ははっ」

 酒の席の戯言だと流していれば、俺よりだいぶ年下の後輩は、調子に乗ってますます饒舌に語りだした。

「俺、翔大くんが女やオメガと付き合ってるところ、もはや想像できないっすもん。あはは、並んでたら絶対相手が霞んじゃいますよ。気の毒だわぁー」
「ばーか、何を言ってんだか」

 酔って火照った身体を持て余しながら、笑えないジョークをいなす。
  
 誰かと付き合うだなんて、したくもない。
 あいつ以外に、抱きたいと思うやつなんて、いないのに。
 もう二度とあの固くて柔らかな体を抱きしめることが叶わないというのなら、一生ひとりで自分を慰めていた方がマシだ。
  
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ」
「いや、マジっすよ。俺、翔大くんならイケますもん」

 ますます調子よく口説いてくる後輩に、俺は声をあげて笑った。
 面白い冗談だ。

「あっはははっ、おま、バッカだなぁ!」
「いや、ホントですってぇ!……余裕で抱けます」

 チラリ、と、若い瞳に露骨な焔が燃えるのを見た。
 そういえばこいつもアルファだった、とふと思い出した。
こちらを見る後輩は舌舐めずりせんばかりの捕食者の目をしていた。だが、その欲望を同じアルファである俺に向けるとは……こいつの脳も、アルコールでだいぶ融けているらしい。
 そう、愉快に思った、だけのはずだったのに。

「ふはは、……あ、」
「へ?」
「いや……」
  
 チャンスだ、と、思った。
  
「ふふ……それなら、試してみるか?」

 意識して作った誘う声。
 上目遣いに挑発すれば、目の前の男前は馬鹿面で固まっている。
 予想外の展開に頭が追いつかないのだろう。

「…………え」
「言っとくけど、俺、抱かれる経験なんかないんだから、精々丁寧に優しくしろよ?」

 先輩口調で決定事項として言いつければ、やっと理解が及んだのか、二重の目を大きく見開いた。

「ぅあっはい!」

 舞い上がったような顔で、真っ赤になりながら威勢の良い返事を寄越した後輩に、俺は口元へ薄い笑みを掃いた。


  
 ***


  
 妙に熱い声で名前が呼ばれている。
 熱のこもった息が耳元で荒れている。
 しかし、そんなことはどうでも良かった。
  
 あぁ。
 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
  
 なんていう違和感と圧迫感と不快感。
 微かに性感を掠めても、それを上回る嫌悪と忌避が精神を直撃する。
 勇樹は、いつもこんな気分だったのだろうか。
 初めての夜も、痛みの中で縋り付きながら、嬉しいと、気持ちがいいと、笑っていたけれども。
 本当は、こんな吐き気のする思いをしながら、この行為を許してくれていたのか。
 俺は、なんて可哀想なことをしてしまっていたのだろう。
  
 男に抱かれてみれば分かるかと思った勇樹の気持ち。
 けれど、分からなかった。
  
 欠片も気持ちよくなんかない。
 何故抱かれてくれていたのか、さっぱり分からなかった。
 愛してくれていたから、あんな非道な行為も許してくれていたのだろうか。
  
 いや、そんなはずはない。
 だって、それなら何故、勇樹は俺から去ったんだ。
  
 ……もっと抱かれてみれば分かるだろうか。
 男に抱かれる気持ちが。
 勇樹の気持ちが。
  
 そうだ。
 そうすれば、分かる気がする。
 分からなくても、あの頃の勇樹を疑似体験できる。
 苦しみを、共有できる。
 お前だけが苦しんでいたのだとしたら、それは不公平だものな。
 俺はあんなに気持ち良くて、幸せだったんだから。
  


 ***
  


「翔大君」
「翔大さん」
「しょうだいくん」

 気づけば俺は随分と上の立場で、下の奴らは俺の言うことに逆らえない。
 これはほとんどパワハラでセクハラなんだろうな、と思いながら、俺は毎夜毎夜に違った後輩を誘う。バース性がアルファだろうと、ベータだろうと、男であればお構いなしに。

「翔大サン」
「ショウダイくん」
「翔大くん」

 憐れな後輩たちは、先輩の言うことは絶対だというこの世界の習わしに従って、素直に俺に従うのだ。
 可哀そうに。
 だが、まぁ気にする必要もないだろう。
 一夜きりの間柄なんていうものは、性別を問わず、この世界にはそこらじゅうに転がっている。
  
「ねぇ、俺を見て?」

 ねだる声の方向に視線を向ける。

「あぁ」

 人からは何故か褒められるこの顔で、まっすぐフワリと笑んでやれば目の前の顔は嬉しそうに紅潮する。

「大好きです」
「……あぁ」

 熱のこもった声で告げられて、俺は機械的に口角を上げて笑みを作る。
 誰に名前を呼ばれているのか、もう分からない。
 けれど、俺に口づけようとする忌々しい顔が誰のモノだか、認識する気も、最早なかった。
  
 だって、勇樹でないことだけは、確かなのだから。
  


 ***


  
 あぁ、嫌だ嫌だ嫌だ。
 何度繰り返しても、吐き気がする。
 コイツらは馬鹿なのか?
 俺がこんなに不愉快なのに、好き勝手腰を振りやがって。
 俺が言える台詞ではないけれど。
 あぁ、心底嫌だ。
  
 けれども、これで。
 勇樹と一緒だ。
 俺が勇樹にしてきたことを、今、俺がされている。
 まるで、勇樹が数年越しに、俺を罰しているようだ。
 そう考えると、少しだけ。
 見えない光へ伸ばした指先を、快感が掠めるのだ。
  

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