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恋人のこども

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 あれからすぐ、勇樹は結婚した。
 決めたら早い奴だ。
 相手が件の見合い相手かはどうかは知らない。なんにせよ、あいつはさっさと相手を見つけて、さっさと口説き落として、さっさ両家に挨拶を済ませて、さっさと結婚したのだ。
 そして昨日、父親になった。
  
 随分あっという間だったように感じるが、そんなこともない。
 別れたのは、二十代の終わり。
 そして俺は今、三十半ばだ。
  
 俺の世界が、止まっているだけ。
  



  
「おめでとう」
「翔大、来てくれたんだ!」
「まぁな」
  
 気づけばなぜか、病室へと誕生祝いに訪れていた。
 結婚式以来の対面となる若い妻は、ちっとも記憶に残らない顔で、形ばかりの祝いの品を持って現れた俺にお礼を述べた。
 幸せを絵に描いたような、光に満ちた白い病室。
 窓辺の小さなベッドには、生まれたばかりの小さな嬰児。
 まだ瞳を開くこともままならぬ体には、壊れやすく、力強い生命が宿っている。
 思わず無条件に愛さずにはいられないような、命のかたまり。
 何とも言い難い恐怖を感じて、逃げるように病室を後にした。
  
 勇樹の子どもを見た時、初めて知った。
 俺と別れて勇樹が手に入れた、手に入れたかった、普通の幸せ。
 俺と付き合っていては、得られないモノ。
  
 そして、ざわり、とした。
 この天使のように愛らしい子どもは、勇樹が、ベータの女である妻を抱いて得た、産物なのだ、と。
  
 俺の腕の中で蕩け、喘ぎ、泣いていた勇樹が、女を抱いたのだ。
 当たり前のその事実は、ひどく俺の背筋を寒くさせた。
  
 何がいけなかったのだろう、と、ずっとずっと考え続けていた。
 言葉が足りなかったのか、行動が少なかったのか、態度が悪かったのか、不安にさせていたのか、甘えすぎていたのか、安心しきって無下にしていたのか、愛を伝え切れていなかったのか、……どうして俺は、幸せを、感じさせてやれなかったのか。
  
 しかし、考えてみれば勇樹だって男なのだ。
 俺に、幸せに「してもらう」必要などない。
 幸せは、自分で掴み、作り上げるものだ。
  
 無意識に勇樹を、自分と同じ男だとは考えていなかった自身に悪寒がした。
 恐ろしいことに気がついた。
  
 それが、原因だったのではないか。
  
 勇樹はベータとはいえ、男だったのだ。
 女を抱き、孕ませる機能と本能を持った、男。
 それなのに、俺は、何の疑いも躊躇いもなく、彼を抱き、女かオメガのように扱っていた。
 それが、あたかも自然なことかのように思っていたのだ。
 アルファは抱く性であり、孕ませる性であり、犯す性だから。
 自分が押し倒す側であることを疑いもしなかったのだ。

 そして、勇樹は、何も言わなかったから。
 いつだって恥ずかしげに、けれど嬉しそうに笑っていたから。
 この関係が正解なのだと、考えるまでもなく、信じていた。
  
 ……イヤ、だったのだろうか。
 男としての機能を持ちながら、その力を誇示する機会も与えられた務めを果たす場もなく、ただ生産性のない快楽を過ごす日々が。
  
 抱かれる、ということを。その意味を。
 俺は、本当のところは、考えていなかったのだ。
 その決意や、葛藤や、苦痛を。
 勇樹のアイデンティティーが崩され、踏み躙られる屈辱を。
  
 あぁ、勇樹、お前はどんな思いで俺に抱かれていたんだ。
 抱く性でありながら抱かれ続ける日々を、一体どんな心情で耐えて過ごしていたのか。
  
 分からない。分からない。分からない。
  
 お前の心が知りたい。
 どうすれば良かったのだろう。
 どうすれば、俺は、幸せになれたのだろう。
 どうすれば、俺の隣に、今もお前は居たのだろう。
  
 幸せなんて分からない。
 そんな抽象的で具体性のない概念なんて、本当は興味はない。
 けれど、俺はいつだって、お前が隣にいる未来だけを、願っていたのに。
  
 お前が、俺の幸せだったのだ。
  


 
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