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唐突な別れ

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「ごめん、翔大……別れてくれ」
「え?」

 いつも通りに体を重ねた後、唐突に恋人が口にした言葉に、俺は咥えようとしていた煙草をポロリと落とした。

「……じょうだん、だろ?」

 そう尋ねながらも、俺は理解していた。勇樹とは高校時代からの付き合いだ。こいつがその手の冗談を口にしないことくらい、よく知っている。じわり、と背中に冷や汗が滲んだ。

「ごめん」

 ぐっと唇を噛んだ勇樹が、悲しそうに笑って、俺の手を取った。ふと視線を下せば、俺の手は震えていた。握りしめたせいで、爪が掌を食い破りかすかに血が出ている。それをそっと宥めるように撫で摩りながら、勇樹は疲れた顔で言った。

「実は、ずっと母さんから恋人はいないのかって言われてたんだけど、誤魔化しきれなくて……来週お見合いするんだ」
「へ、ぇ」

 俺たちの関係を知る者はほとんどいない。察している人間はいるかもしれないけれど、口にされたことはない。

 俺はアルファで、勇樹はベータ。そして一次性も同じ男同士。子をなすことのできない同性愛は褒められたものではない。昔ほどではなくとも、嫌悪する人の方が多いだろう。
 しかも俺はモデルで、勇樹はそのマネージャーだ。担当タレントとの恋愛など、気軽に口にできるようなものではなかったのだ。

 だから、俺たちはずっと、隠れて愛し合ってきた。俺には不満はなかった。愛する人と愛し合う日々を、幸せだと思っていた。けれど。

「翔大……俺、ベータの女の子と結婚しようと思う。母さんに、孫の顔見せてやりたいんだ」
「……そ、うか」

 どこか吹っ切れたような顔で言う勇樹の顔には、疲れと諦めが色濃く滲んでいた。
 頷く以外、俺に何が出来ただろうか。

 勇樹とは高校時代から、かれこれ十年も体を重ねあってきた。けれど俺たちの間には何も生まれない。
 男同士でも勇樹がオメガならば何の問題もなかった。もしくは女であれば、バース性など関係なかった。
 けれど俺たちはアルファとベータの男同士。何も生まない関係なのだ。

「……ほんと、ごめんな。仕事は、ちゃんと続けるから。あ、でも、翔大が嫌だったら担当変わるし」
「…………仕事は、続けてよ。俺、勇樹以外とうまくやれる自信ないし」

 いくら外見が良くても、他人に興味なんてかけらもない社会不適合者な俺が、モデルなんて仕事を続けられるのは、勇樹が常にうまく立ち回ってくれて、俺をコントロールしてくれているからだ。

「離れていかれたら、困る」
「……わかった」

 困ったように、でもどこかほっとしたような顔で苦笑する勇樹に、俺は思わず目を逸らす。柄にもなく泣き出しそうだった。

「……ずっと、別れたかったの?」
「ううん、最近母さんが倒れてから、いろいろ考えちゃってさ」
「そうか。……お前なら、きっとすぐ良い子が見つかるよ」
「ははっ、だと良いけど」

 肩をすくめて笑う勇樹の裸身を、俺は名残惜しい思いで盗み見る。俺はこの体しか知らないし、今は勇樹も俺しか知らないはずだ。でももうすぐ、勇樹はこの体で女を抱くのだろう。

「……っ」

 ぐっと唇を噛む。
 勇樹がベータ女子から人気なのは知っていた。優しい勇樹は人当たりが良く、誰に対しても丁寧に接する。いくら将来有望なアルファであっても、人付き合いが苦手でぶっきらぼうな俺より、勇樹の方に人は集まった。
 俺と仲が良すぎるとやっかまれて、一部のアルファ女やオメガからは嫌われていたみたいだけれど、勇樹は「有名税みたいなもんだよ、お前が売れてる証だから嬉しい」と笑って気にしていなかった。俺も勇樹以外には興味がなかったから、なんと言われても気にならなかった。でも、きっと、それではいけなかったのだろう。

「ごめん。俺が弱かったからなんだ。翔大は何も悪くないよ。だから、そんな顔しないでくれ」

 ただ悲しげに、無理に笑ってみせる顔に、どうしようもなく苦しくなった。
 ごめん、と、なぜか謝罪の言葉が口を出る。掠れ声の謝罪に、目の前の見慣れた顔がくしゃりと歪んで、ますます悲しげになった。

「謝らないでよ。お前のせいじゃないんだから。全部、俺が悪かったんだ。俺がもっと強ければ、きっと大丈夫だった。でも……なぁ、俺たち、普通の幸せ探そう?その方が、きっといいんだよ。ベータはベータ同士で、アルファはアルファ女性かオメガと結ばれる。それが『正解』……なんだと思う」
「……そう、だな」

 そうか。
 俺には、勇樹に、普通の幸せがあげられない。
 ……いや、ちがう。
 

「ごめんな」

 泣きそうな笑みを残して、勇樹は去った。
 泣き虫なくせに、涙も流さず。
  

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