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見合いの噂

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「は?アベルが見合い?なんだそれ!?」

アベルと気まずくなってから、幸いにも顔を合わせることはなく二週間が過ぎた。
だが、いくら鈍い俺でも、流石にアベルを見ない期間が長すぎると思い、仲間に尋ねた。
そうしたら、「今更か?」と首を傾げられたのだ。

「アイツ、見合いをするために休んでるんだろ?有名な話だぞ、知らなかったのか?」
「なんであいつが見合いなんてするんだよ?」

食ってかかる俺に、仲間はむしろ不思議そうに眉を寄せた。

「だって、あいつも一応貴族だろ?」
「え、でもオメガだろ?ベータかオメガの嫁さんをとるのか?」

ベータがほとんどの田舎で育った俺には、そのへんの感覚が分からない。
あいつが女を抱くのか?あんな綺麗な顔して、発情期のたびに赤い顔してハァハァしてるのに?ずっと抑制薬を飲みながら、旦那さんをしていくのか?
あまりにも大変すぎるじゃないか、気の毒だ、と思っていたら。

「まさか!貴重なオメガだぞ?嫁に欲しいと山ほど釣り書きが送られてきてるだろうさ」
「ええっ!?あいつが嫁になるのか!?」
「そりゃそうだろ」

たしかに、考えてみればあいつはオメガだ。なぜ思いつかなかったのだろうか。

あいつは、であり、なのだ。
……俺の知らない、どこかのアルファと?

「アベルが十歳すぎた頃から、貴族界じゃあいつの取り合いだぞ?どこの家があいつの血を手に入れるか、って」
「そ、そうなのか?」
「……おまえ、何にも知らないんだなぁ。でもまぁ、アルファもオメガも、田舎には珍しいもんな」

そんな大人気だなんて思いもしなかった。
発情期のたびに俺のパンツを抱えて号泣しながら
「発情期に付き合ってくれる恋人もいない可哀想な僕に、慈悲の心を見せてくれても良いじゃないか!」
とか叫んでいた情けない男が、そんな引く手数多だったとは。

唖然とする俺に、仲間は物知らずを憐れむような目で、彼らのを教えてくれた。

「オメガはアルファを産む確率が高いから、貴族にとっては貴重なんだ。しかも、たいていのオメガは能力が低いが、アベルは天才とか神の使いとまで言われる実力者。みんなが欲しがってるさ」
「そ、んな……」

アベルの血筋が欲しいアルファたちから、縁談が来ているということか。アベル自身を欲しているわけではなく?
……そんな馬鹿な。それが、貴族の当たり前なのか?

アベルの意思は、幸せは、どこにあるんだ?

「じゃ、じゃあ、どうなるんだ?」
「だから、嫁になるんだよ。大貴族からも見合い話が来てるらしいし、玉の輿だよなぁ!」

アベルがいつ、そんな御輿に乗りたいと言ったんだ?……ふざけるな。

「剣は、剣はどうするんだ」
「はぁ?そんなのやめるんだろ」
「なんで!?そんなの、世界の損失だぞ!」

ぞっとして叫ぶ。あいつが、剣神から愛された才能をもつあいつが、剣を捨てるだなんて。そんなばかな。そんなふざけたことがあってたまるものか。

しかし俺の怒りに、ともに剣の道を志しているはずの仲間はちっとも同意してくれなかった。

「ははっ、乱世ならともかく、この平和な時代に必要なのは、剣の腕があることよりも、高い能力のあるアルファを数多く産むことだろ?アベルはオメガなんだから」

アベルはオメガ。
その通りだ、だけど、その言い方はどうだ?
あまりにも……あまりにも。

何か言ってやりたいのに、脳みそがぐちゃぐちゃで、言葉が出なくなる。

「……アベルはそれを望んでいるのか?」
「いやだから、本人の希望なんか関係ねぇよ。貴族の結婚てのはそういうもんなんだって」
「わからねぇ……全く理解できない」
「まぁ、ロドリグは田舎出身の平民だもんな」

泣き出しそうな俺の肩を、仲間は慰めるかのように叩いた。

「価値観が違うんだ。分からなくても、仕方ないさ」



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