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「確かに筋肉もつきにくいし、体力ではアルファやベータにも劣るけど。鍛えれば鍛えた分だけ、それなりの成果は得られるしね」
「……え?」
確かにそれはそうだけれど、でも、もしアルファならもっと、と思わないのだろうか?
そう尋ねても、アベルは困った顔で首を振るだけだ。
「性別も、才能と同じ。誰もが生まれもって与えられたものだけで戦わなきゃいけない。それは、みんな同じさ」
「……そうか。お前、大人だな」
さらりと返された言葉に絶句する。俺の憐れみが、とても上っ面で、浅はかなものだと思い知らさせた。恥ずかしくて唇を噛み締めた。
「ははっ、そりゃもう二十歳だからねぇ」
「……発情期って、高熱病と同じくらいにしんどいんだろ?よく耐えてると思うぜ」
あぁ、敵わない。そんな気持ちでつぶやいた俺の本気の讃辞に、アベルは苦笑する。
「僕、別に発情期はそんなに嫌いじゃないんだ。オメガであることを実感できるからね」
「え?」
意外な台詞に顔を上げる。アベルの表情は自然で、強がりでも何でもないのだとわかった。
「自分の性がなんなのか、たまに分からなくなるから。ほら、僕ってば王都で一番強いからさ?ヒートくらいないと、オメガであることを忘れそうでさ」
「……言ってろ」
ウインクを寄越してくる男に、俺はため息を吐く。俺みたいな凡人がこいつに同情するなんて、馬鹿馬鹿しかったのだと、俺はようやく理解した。
「お前、オメガじゃなければと思ったことないのか?」
「ないよ」
試しに、これまで疑問だったことを問うてみたが、あっさり否定される。
「なんでだ?オメガって、普通は他の性別が良いって思うんじゃないのか?」
「人によると思うけど、僕は……オメガなら、好きな人間の子が孕めるかもしれないから。オメガで良かったなぁって思ってるよ?」
「……そ、か。ロマンチストなんだな」
姉さんが、初産の後に「幸せ!女に生まれてよかった!」と叫んだことを思い出しながら、俺は相槌を打った。そうか、子供か。考えたこともなかったな。俺は剣のことしか頭にないから。だから、俺は。
「俺は、お前がアルファなら、もっと凄かったろうなと思うと、どんな剣士になったんだろなと思うと……神様勿体無いことするよなぁ、て思うけどな」
「っ、な」
俺が最上級の賛辞のつもりで伝えた言葉。それを聞いて、それまで普通に話していたアベルが、急に顔色を変えて立ち上がった。
「え?どうした?」
「……ロドリグは、本当にデリカシーがないね」
「へ?」
青ざめた顔で俺を見返すアベルの目には、普段と違う冷たさが宿っている。感情が読めなくて戸惑った。
「僕は何度も言っただろ?僕は君を運命の番だと思ってる、って」
「あ、あぁ、そうだったな」
「……ふふ、まだ分からない?僕が産みたいと願っているのは、君の子だよ」
「…………え?」
唐突にぶつけられた告白はあまりにも強烈で、俺はあからさまに動揺した。瞠目して息を呑む俺に、アベルはひんやりと優しい声で問いかける。
「それなのに君は、僕がオメガでなければ良いのに、と言うのかい?」
「あ……」
凍りつく俺に、アベルは「ははっ」と自嘲するよう笑った。いつもの快活で剽軽で、軽薄な笑い方とは違う。見慣れない顔が恐ろしかった。
「いや、まぁ君にとって僕はフェロモンすら香らないらしいからね。僕の一方的な願望を押し付けても悪いか。これは勝手な八つ当たりだ。すまなかったね」
表情をなくしたアベルが自己完結していく。背筋を怖気が走った。
けれど、愚かな俺はなんと声をかければいいのか分からず、黙りこくってしまった。
「ふふ、困らせて、ごめんね……しばらく、離れるよ」
「ア、アベル……」
アベルはそのまま、無言で訓練場から出て行ってしまった。
「アベル……」
追いかけても、何と言えば良いのか分からない。
俺は座り込んだまま、こんな時でも美しい後ろ姿をただ見送った。
「…………ア、ベル……」
分からない。
どうすればいいのか、どうすべきだったのか。
ちっとも分からない。
俺は、剣のことしか頭にないから。
アベルの心は難し過ぎて、分からないのだ。
「……え?」
確かにそれはそうだけれど、でも、もしアルファならもっと、と思わないのだろうか?
そう尋ねても、アベルは困った顔で首を振るだけだ。
「性別も、才能と同じ。誰もが生まれもって与えられたものだけで戦わなきゃいけない。それは、みんな同じさ」
「……そうか。お前、大人だな」
さらりと返された言葉に絶句する。俺の憐れみが、とても上っ面で、浅はかなものだと思い知らさせた。恥ずかしくて唇を噛み締めた。
「ははっ、そりゃもう二十歳だからねぇ」
「……発情期って、高熱病と同じくらいにしんどいんだろ?よく耐えてると思うぜ」
あぁ、敵わない。そんな気持ちでつぶやいた俺の本気の讃辞に、アベルは苦笑する。
「僕、別に発情期はそんなに嫌いじゃないんだ。オメガであることを実感できるからね」
「え?」
意外な台詞に顔を上げる。アベルの表情は自然で、強がりでも何でもないのだとわかった。
「自分の性がなんなのか、たまに分からなくなるから。ほら、僕ってば王都で一番強いからさ?ヒートくらいないと、オメガであることを忘れそうでさ」
「……言ってろ」
ウインクを寄越してくる男に、俺はため息を吐く。俺みたいな凡人がこいつに同情するなんて、馬鹿馬鹿しかったのだと、俺はようやく理解した。
「お前、オメガじゃなければと思ったことないのか?」
「ないよ」
試しに、これまで疑問だったことを問うてみたが、あっさり否定される。
「なんでだ?オメガって、普通は他の性別が良いって思うんじゃないのか?」
「人によると思うけど、僕は……オメガなら、好きな人間の子が孕めるかもしれないから。オメガで良かったなぁって思ってるよ?」
「……そ、か。ロマンチストなんだな」
姉さんが、初産の後に「幸せ!女に生まれてよかった!」と叫んだことを思い出しながら、俺は相槌を打った。そうか、子供か。考えたこともなかったな。俺は剣のことしか頭にないから。だから、俺は。
「俺は、お前がアルファなら、もっと凄かったろうなと思うと、どんな剣士になったんだろなと思うと……神様勿体無いことするよなぁ、て思うけどな」
「っ、な」
俺が最上級の賛辞のつもりで伝えた言葉。それを聞いて、それまで普通に話していたアベルが、急に顔色を変えて立ち上がった。
「え?どうした?」
「……ロドリグは、本当にデリカシーがないね」
「へ?」
青ざめた顔で俺を見返すアベルの目には、普段と違う冷たさが宿っている。感情が読めなくて戸惑った。
「僕は何度も言っただろ?僕は君を運命の番だと思ってる、って」
「あ、あぁ、そうだったな」
「……ふふ、まだ分からない?僕が産みたいと願っているのは、君の子だよ」
「…………え?」
唐突にぶつけられた告白はあまりにも強烈で、俺はあからさまに動揺した。瞠目して息を呑む俺に、アベルはひんやりと優しい声で問いかける。
「それなのに君は、僕がオメガでなければ良いのに、と言うのかい?」
「あ……」
凍りつく俺に、アベルは「ははっ」と自嘲するよう笑った。いつもの快活で剽軽で、軽薄な笑い方とは違う。見慣れない顔が恐ろしかった。
「いや、まぁ君にとって僕はフェロモンすら香らないらしいからね。僕の一方的な願望を押し付けても悪いか。これは勝手な八つ当たりだ。すまなかったね」
表情をなくしたアベルが自己完結していく。背筋を怖気が走った。
けれど、愚かな俺はなんと声をかければいいのか分からず、黙りこくってしまった。
「ふふ、困らせて、ごめんね……しばらく、離れるよ」
「ア、アベル……」
アベルはそのまま、無言で訓練場から出て行ってしまった。
「アベル……」
追いかけても、何と言えば良いのか分からない。
俺は座り込んだまま、こんな時でも美しい後ろ姿をただ見送った。
「…………ア、ベル……」
分からない。
どうすればいいのか、どうすべきだったのか。
ちっとも分からない。
俺は、剣のことしか頭にないから。
アベルの心は難し過ぎて、分からないのだ。
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