俺を運命の番だと言う天才剣士はオメガで、ヒートの時は俺の使用済みパンツを盗む。

トウ子

文字の大きさ
上 下
5 / 11

しおりを挟む
「確かに筋肉もつきにくいし、体力ではアルファやベータにも劣るけど。鍛えれば鍛えた分だけ、それなりの成果は得られるしね」
「……え?」

確かにそれはそうだけれど、でも、もしアルファならもっと、と思わないのだろうか?
そう尋ねても、アベルは困った顔で首を振るだけだ。

「性別も、才能と同じ。誰もが生まれもって与えられたものだけで戦わなきゃいけない。それは、みんな同じさ」
「……そうか。お前、大人だな」

さらりと返された言葉に絶句する。俺の憐れみが、とても上っ面で、浅はかなものだと思い知らさせた。恥ずかしくて唇を噛み締めた。

「ははっ、そりゃもう二十歳だからねぇ」
「……発情期って、高熱病と同じくらいにしんどいんだろ?よく耐えてると思うぜ」

あぁ、敵わない。そんな気持ちでつぶやいた俺の本気の讃辞に、アベルは苦笑する。

「僕、別に発情期はそんなに嫌いじゃないんだ。オメガであることを実感できるからね」
「え?」

意外な台詞に顔を上げる。アベルの表情は自然で、強がりでも何でもないのだとわかった。

「自分の性がなんなのか、たまに分からなくなるから。ほら、僕ってば王都で一番強いからさ?ヒートくらいないと、オメガであることを忘れそうでさ」
「……言ってろ」

ウインクを寄越してくる男に、俺はため息を吐く。俺みたいな凡人がこいつに同情するなんて、馬鹿馬鹿しかったのだと、俺はようやく理解した。

「お前、オメガじゃなければと思ったことないのか?」
「ないよ」

試しに、これまで疑問だったことを問うてみたが、あっさり否定される。

「なんでだ?オメガって、普通は他の性別が良いって思うんじゃないのか?」
「人によると思うけど、僕は……オメガなら、好きな人間の子が孕めるかもしれないから。オメガで良かったなぁって思ってるよ?」
「……そ、か。ロマンチストなんだな」

姉さんが、初産の後に「幸せ!女に生まれてよかった!」と叫んだことを思い出しながら、俺は相槌を打った。そうか、子供か。考えたこともなかったな。俺は剣のことしか頭にないから。だから、俺は。

「俺は、お前がアルファなら、もっと凄かったろうなと思うと、どんな剣士になったんだろなと思うと……神様勿体無いことするよなぁ、て思うけどな」
「っ、な」

俺が最上級の賛辞のつもりで伝えた言葉。を聞いて、それまで普通に話していたアベルが、急に顔色を変えて立ち上がった。

「え?どうした?」
「……ロドリグは、本当にデリカシーがないね」
「へ?」

青ざめた顔で俺を見返すアベルの目には、普段と違う冷たさが宿っている。感情が読めなくて戸惑った。

「僕は何度も言っただろ?僕は君を運命の番だと思ってる、って」
「あ、あぁ、そうだったな」
「……ふふ、まだ分からない?僕が産みたいと願っているのは、君の子だよ」
「…………え?」

唐突にぶつけられた告白はあまりにも強烈で、俺はあからさまに動揺した。瞠目して息を呑む俺に、アベルはひんやりと優しい声で問いかける。

「それなのに君は、僕がオメガでなければ良いのに、と言うのかい?」
「あ……」

凍りつく俺に、アベルは「ははっ」と自嘲するよう笑った。いつもの快活で剽軽で、軽薄な笑い方とは違う。見慣れない顔が恐ろしかった。

「いや、まぁ君にとって僕はフェロモンすら香らないらしいからね。僕の一方的な願望を押し付けても悪いか。これは勝手な八つ当たりだ。すまなかったね」

表情をなくしたアベルが自己完結していく。背筋を怖気が走った。
けれど、愚かな俺はなんと声をかければいいのか分からず、黙りこくってしまった。

「ふふ、困らせて、ごめんね……しばらく、離れるよ」
「ア、アベル……」

アベルはそのまま、無言で訓練場から出て行ってしまった。

「アベル……」

追いかけても、何と言えば良いのか分からない。
俺は座り込んだまま、こんな時でも美しい後ろ姿をただ見送った。

「…………ア、ベル……」

分からない。
どうすればいいのか、どうすべきだったのか。
ちっとも分からない。

俺は、剣のことしか頭にないから。
アベルの心は難し過ぎて、分からないのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なぜか大好きな親友に告白されました

結城なぎ
BL
ずっと好きだった親友、祐也に告白された智佳。祐也はなにか勘違いしてるみたいで…。お互いにお互いを好きだった2人が結ばれるお話。 ムーンライトノベルズのほうで投稿した話を短編にまとめたものになります。初投稿です。ムーンライトノベルズのほうでは攻めsideを投稿中です。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

どうも。チートαの運命の番、やらせてもらってます。

Q.➽
BL
アラフォーおっさんΩの一人語りで話が進みます。 典型的、屑には天誅話。 突発的な手慰みショートショート。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜

西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。 だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。 そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。 ◆ 白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。 氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。 サブCPの軽い匂わせがあります。 ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。

処理中です...